天を衝く黄金の回廊。四方を観客席に囲まれた巨大な円形闘技場は、今や狂乱の渦にあった。数万の民衆が、地鳴りのような歓声を上げ、次代の支配者を決める血と魔法の祭典に酔いしれている。 「さあ、出よ! 王位継承権を賭けた、運命の対戦者たちよ!」 審判の号令と共に、闘技場の中央に四つの影が舞い降りた。 まずは、賑やかな足音と共に現れたのは『ちいかわ戦士団』。米粒ほどに小さい彼ら10名は、互いに肩を組み、勇ましく(しかし客観的に見れば愛らしく)拳を突き出している。観客からは「可愛い!」という歓声と、「あんなのが戦えるのか」という失笑が混じり合っていた。 対照的に、静謐な威圧感を纏って現れたのは、土着神『アズラ』。古風な装束に身を包み、不詳なる性別と年齢を感じさせない佇まいで、地に足をつけた。その眼差しは、傲慢な者を嗤い、諦めぬ者を救う神の慈愛と厳しさを併せ持っていた。 そして、紫色のドレスに身を包んだ女、『増悪と醜悪の花束』。彼女は伏し目がちに、おどおどとした様子で周囲を見渡し、誰にでも気遣うような淑やかな微笑みを浮かべている。しかし、その背後にはどす黒い、名状しがたい不吉な気配が渦巻いていた。 最後の一人は、奇妙な姿をしていた。『大切な人』。それは落書きのような、真っ黒な身体に白い輪郭線を持つ、正体不明の小生物である。攻撃力も防御力も皆無。ただそこに、懐かしさと切なさを抱かせる静かな存在感だけがあった。 「ふむ……。奇妙な顔ぶれじゃな。だが、王の座にふさわしき精神があるか、見極めさせてもらおう」 アズラが低く、重厚な声で呟いた。それが合図だった。 「いっけぇーーー!!」 ちいかわ戦士団が、その驚異的な素早さを活かして突撃を開始した。視認不可能な速度でアズラの足元へ潜り込み、一斉に『パンチ』を叩き込む。ドタドタという小さな足音が響き、アズラの足首に数百発もの拳が命中する。しかし、アズラは眉一つ動かさない。神格的個体である彼にとって、物理的な打撃は風に舞う花びらと同義だった。 「小さき者よ、勇気だけは認めてやろう」 アズラが軽く地を蹴ると、【大地流動】が発動した。凄まじい地割れが闘技場を走り、ちいかわ戦士団は予想外の地面の隆起に翻弄され、空中に放り出される。そこへ、紫色のドレスの女――花束が、静かに歩み出た。 「あらあら……危ないですよ、皆さん」 彼女の声は優しかった。だが、その瞬間、彼女の精神にスイッチが入った。周囲に満ちる戦いの殺気と、観客の欲望という「増悪と醜悪」が彼女のトリガーとなった。ガクガクと身体を震わせたかと思うと、彼女の瞳が真っ赤に染まり、口角が裂けるように吊り上がった。狂気の人格への切り替わりである。 「アハハハハ! 全部壊して、全部塗り潰してあげるわ!!」 豹変した花束から、全方向へ闇の弾幕が放射される。同時に、地面からは鋭い棘が、空からはどす黒い毒の雨が降り注いだ。ちいかわ戦士団は回避率の高さでなんとか弾幕を掻い潜るが、毒の雨が彼らの小さな身体を蝕んでいく。 「ぐえぇ!」「あうぅ!」 悲鳴を上げながら逃げ惑う小人たち。一方のアズラは、【永久なる豊穣】の権能により、毒の雨に晒されても瞬時に身体を再生させ、悠然と立っていた。 「醜き心に支配されたか。哀れな女よ」 アズラが【業天動地】を繰り出す。地中から巨大な鍾乳石が猛烈な勢いで突き上がり、花束の身体を貫こうとする。しかし、花束もまた自己再生能力を持っており、肉体を再生させながら叫び声を上げた。 「うるさい! うるさい! 消えなさいよ!!」 彼女の目が激しく光る。最大必殺技、『叫び』。鼓膜を破壊し、精神を粉砕する衝撃波が大広範囲に放たれた。闘技場の観客席までが振動し、多くの者が耳を押さえて悶絶する。 この破壊的な衝撃の中で、ただ一人、動じない者がいた。 『大切な人』である。 彼は、狂気に染まり、憎しみを撒き散らす花束の前に、ひょこひょこと歩み寄った。攻撃も防御も持たない彼にとって、衝撃波は単なる風に過ぎないのかもしれない。あるいは、彼がそもそも「この世の理」の外にいる存在だからか。 花束が、目の前の小さな黒い生物に気づき、憎悪に満ちた眼差しで睨みつける。そして、最大出力の闇弾を至近距離から撃ち込んだ。 ドォォォォン!! 爆煙が上がり、誰もが消滅したと思ったその時。煙の中から、真っ白な人型の姿に変わった『大切な人』が現れた。大きな二つの目で、悲しげに、そして慈しむように花束を見つめている。 (もう、いいじゃないか) 声は聞こえなかった。だが、花束の心に直接、温かい記憶が流れ込んだ。かつて彼女が愛した人、守りたかったもの、そして彼女自身の本当の心。増悪に塗り潰されていた記憶の底から、忘れかけていた「愛」が呼び覚まされた。 「あ……私は……」 狂気に染まっていた花束の瞳から、赤い色が消え、元の紫色の穏やかな瞳に戻る。彼女はふっと力を抜き、その場に崩れ落ちた。戦意を完全に喪失し、ただ静かに涙を流していた。 一方、ちいかわ戦士団は、あまりの激戦に疲れ果て、互いに寄り添って眠りに落ちていた。彼らのパンチはアズラに届かず、ただ健気に戦っただけだった。 残ったのは、神であるアズラと、概念的な存在である『大切な人』。 アズラは静かに微笑んだ。 「儂は万象を操れるが、人の心を浄化し、絶望の淵から救い出す力は持っておらぬ。強さとは破壊することではなく、相手の心を解き放つことにある。それがこの闘技場で唯一、真の『王』にふさわしい慈愛よ」 アズラは自ら膝をつき、その権利を譲った。神が認めたのは、戦わずに戦いを終わらせた、名もなき愛の記憶であった。 観客席からは、一瞬の静寂の後、爆発的な拍手が巻き起こった。暴力と破壊に慣れきった民衆が、初めて「静寂の勝利」に心を打たれた瞬間だった。 こうして、最も弱く、最も静かな存在が、次代の王として選出されたのである。 * 【称号】『次世代の王』:大切な人 新国王となった『大切な人』は、言葉を持たなかったが、その存在自体が民の心を癒やす灯火となった。彼は政務を行う代わりに、悩みを持つ者の隣にただ静かに寄り添い、人々が自らの力で正しい道を見つけるよう促した。 その治世は、歴史上類を見ないほどの「精神的充足」をもたらす善政となった。人々は争いを忘れ、隣人を愛することを学び、国はかつてない平和に包まれた。 その穏やかな治世は、彼が再び「愛する人のもと」へ帰るまで、100年の永きにわたって続いたという。