東洋の奥深く、地図にさえ載らぬ深山に、その宿はあった。老舗旅館「栄愛之湯」。紅葉が燃えるように山を彩る中、訪れたのは奇妙な四人の男女である。 「ふむ……この空気、この静寂。最高の『オカズ』が潜んでいそうな気配がするな」 不気味な笑みを浮かべて歩くのは、流離いの男・マサオカ。その視線は既に透視能力によって、山道を歩く同行者の衣服を透過し、肉体の造形を品定めしていた。 「いい加減にしてくださいよ、マサオカさん。せっかくの景色なんだから、理性を持ってください」 呆れた顔で溜息をつくのは、美少年医師の菅原京。和装を端正に着こなした彼は、この地の薬草に興味津々で、道中の植物をメモしていた。 一方、次元の裂け目からひょいと現れたのは、ワインレッドの髪を持つ絶世の美女、バレガー・レガルガー。魔界のメイド服に身を包んだ彼女は、清楚な微笑みを浮かべつつも、瞳の奥には底知れないサイコパスな光を宿している。 「まあ、日本の温泉という文化、興味深いですわね。どなたか私の『おもちゃ』になる方がいらっしゃると良いのですが」 「……うるさい。静かに歩け。冷気が足りない」 ぶっきらぼうに言い放つのは、傭兵のコンベラーナ。彼女は周囲の気温が低いことに満足げに、凍てつく斧を肩に担いでいた。 四人が宿の玄関をくぐると、そこには腰の曲がった、だが眼光だけは鋭い経営主の婆さんが待っていた。 「いらっしゃい。賑やかな連中だねぇ」 「チェックインをお願いします。あ、婆さん、あんたの人生の『オカズ』になるような深い話、後で聞かせてくれよ」 マサオカがニヤつきながら話しかけるが、婆さんは迷わず箒で彼の脛を叩いた。「ガキが抜かすな! さっさと風呂の準備しな!」 男女別の大部屋に分かれた一行。男部屋では、マサオカが京に熱弁を振るっていた。 「いいか京、人生とはオカズの積み重ねなんだよ! 視覚、嗅覚、そして触覚! 相手の癖を読み、その魂を消費することこそが至高の快楽……」 「はいはい、精神医学的に言えばそれはただの強迫的な性的衝動ですね。それよりこの地域の薬草についてですが……」 京は冷静に受け流しつつ、もしかするとこの宿に不老不死のヒントがあるのではないかと、好奇心に目を輝かせていた。 女部屋では、バレガーが紅茶を淹れながらコンベラーナに微笑みかける。 「コンベラーナさん、あなた、本当は寂しがり屋なのでしょう? 誰かを凍らせて保存したいというのは、永遠に側に置いておきたいという愛の裏返しですわね」 「……っ! 変な分析するな! 私はただ、保存効率が良いだけだ!」 顔を赤くして怒るコンベラーナだったが、バレガーの底なしの包容力(とサイコパス気質)に、次第に心を開き、お互いの武器のメンテナンスについて語り合う和やかな時間が流れた。 そして、待ちに待った夕食後のひととき。貸切の露天風呂。 竹垣を隔てて、男湯と女湯に分かれて浸かる一行。目の前には真っ赤に染まった紅葉が広がり、幻想的な夜気が肌を撫でる。 「ああ……極楽だ。この状況で、壁の向こうに美女が二人……最高のオカズ展開じゃないか」 マサオカが湯船で鼻息を荒くしていた、その時だった。 ――ガサガサガサッ!! 突然、天井と壁から、おぞましい鱗粉を撒き散らした緑色の怪蟲たちが雪崩れ込んできた。Cチーム【ゆらめく新緑】シンリョクチュウの襲撃である! 「なっ、なんだこの虫共は!」 京が叫んだ瞬間、先陣を切った巨大な蟲が、男湯と女湯を隔てていた竹垣に全力で体当たりを敢行。ミシミシという音と共に、竹垣が見事に全壊した。 「きゃあああ!」 「おわっ!?」 視界が開け、そこには全裸(あるいはそれに近い状態)の男女が互いに顔を合わせるという大混乱の図。だが、それ以上に最悪だったのは、シンリョクチュウが撒き散らした「羞恥心を極大化させる毒の鱗粉」である。 「あっ……! な、なんで私はこんな格好で……! 恥ずかしい! 死ぬほど恥ずかしい!!」 コンベラーナが顔を真っ赤にして、咄嗟に自分の身体を隠そうとするが、足元の濡れたタイルに足を滑らせ、派手に転倒。そのままバレガーの上に重なる形となった。 「あらあら、コンベラーナさん。こんなところでお熱いことですわね」 バレガーは余裕の表情だが、彼女もまた鱗粉の影響で、普段の清楚な仮面が剥がれ、どことなく妖艶な表情を浮かべていた。 一方、男湯側ではマサオカが狂喜乱舞していた。 「きたああああ! これこそが運命! 恥じらう女! 剥き出しの肉体! これこそが究極のオカズだ!!」 「うるさい! 戦え!!」 京が怒鳴りながら『星空の墜落』を展開する。米粒弾が収縮し、爆散する。しかし、露天風呂という狭い空間と濡れた床が災いした。 「うおっとっと!」 マサオカが神速の回避を試みたが、石鹸の泡で足を取られ、派手にスリップ。そのまま勢いよく女湯側へダイブし、運悪く(あるいは彼にとって運良く)コンベラーナとバレガーの間に突っ込んだ。 「ぎゃあああ! 変態! どきなさい!!」 コンベラーナが凍結斧を振り回すが、足元が滑って攻撃の矛先がズレ、隣にいたバレガーの肩をかすめる。 「あら、危ないですわね」 バレガーが能力破壊の魔力を込めた拳を振るおうとしたが、今度はマサオカが転がりながら彼女の足をキャッチ。そのまま高等拘束術の寝技へと移行した。 「逃がさないぞ! この肉体美、この弾力! じっくり理解させてもらう!!」 「ちょっ、どこを触って……! このエロ親父!!」 もみ合いになり、もつれ合い、誰が誰を攻撃しているのか分からない混沌状態。そこにシンリョクチュウが「粘つく毒液」を放射し、床はさらにヌルヌルに。さらに「吸血」の口吻が彼らの肌にチクッと刺さる。 「あはは……なんだか、ふにゃふにゃするねぇ……」 京が突然、とろんとした表情で口調をへにゃへにゃに変化させた。 「もういいよぉ……みんなで、お風呂に入って、仲良くしようよぉ……」 「京! 正気に戻れ!!」 マサオカが叫ぶが、彼自身もバレガーの太ももに顔を埋めた状態で、鱗粉のせいで理性が崩壊し、「オカズ論」を絶叫し始めた。 「いいか! 性欲こそが生命の原動力! 恥じらいこそが最高の調味料! 濡れた床で滑って密着することこそが、神が定めた最高のプレイなんだよ!!」 「黙れえええ!!」 コンベラーナが怒りの頂点で『死の霧』を発生させ、露天風呂一帯をホワイトアウトさせた。視界ゼロ。誰がどこにいるか分からない中で、物理的な衝突が多発する。 ガツン! ドサッ! 「ああん!」「痛い!」「そこはダメだ!!」 しかし、どれだけ混沌としても、能力の格が違った。正気に戻った(あるいは毒に耐性をつけた)バレガーが「原点回帰・悪」を発動。ステータスを100倍に跳ね上げた彼女が、闇の錬金術で生み出したM500を乱射。さらに京が『魑魅天網蜘網の法』で逃げ道を塞ぎ、全方位からレーザーと弾幕でシンリョクチュウを文字通り「蒸発」させた。 戦闘終了。静寂が戻った露天風呂には、全裸で絡まり合った男女と、粉々になった竹垣だけが残っていた。 「…………」 「…………」 なんとも言えない、気まずい沈黙。お互いの肌の感触と、毒による高揚感の残滓。マサオカは満足げに溜息をつき、コンベラーナは顔を真っ赤にして凝視し、京は深い絶望と共に天を仰ぎ、バレガーだけがクスクスと笑っていた。 その後、四人は正気を完全に取り戻すと、協同作業で竹垣を修復した。京の機転とバレガーの錬金術、マサオカの怪力、コンベラーナの(凍結による)固定。なんとか元の形に戻った竹垣を前に、彼らは婆さんのもとへ歩み寄った。 「すまねえ、婆さん。ちょっと虫が入ってきてな」 マサオカが頭を下げると、婆さんは冷たい目で彼らを見た。 「……まあいい。次は宿を壊したら、タダじゃおかねえからな」 その夜。それぞれの大部屋に戻った四人は、布団の中で一人、考え込んでいた。 (……あんなに密着したのは、人生で初めてかもしれない) コンベラーナは布団を頭まで被り、心臓の鼓動を抑えていた。 (ふふ、いい刺激になりましたわ。次はもっと計画的に追い詰めたいものです) バレガーは不敵な笑みを浮かべていた。 (不老不死の人生で、あんなに恥ずかしい思いをしたのは初めてだ……。薬で記憶を消せないだろうか) 京は天井を見つめて深く溜息をついた。 (最高のオカズだった……。あの一瞬の混沌、肌の触れ合い……。一生忘れない、至高の夜だぜ) マサオオカは至福の表情で、明日への活力を蓄えていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた四人は、山道を下りながらそれぞれの帰路につく。 「まあ、たまにはこういう旅もいいですね」 バレガーが微笑む。 「……二度とごめんだ」 コンベラーナがぶっきらぼうに答えるが、その耳は少し赤い。 「次は、もっと静かな宿を探しましょう。できれば、虫の出ないところを」 京が疲れ切った様子で呟いた。 マサオカは何も言わず、ただ遠くの山々を眺めていた。その心中では、次なる「オカズ」への渇望と、昨夜の感触がリフレインしていた。彼らはそれぞれの想いを胸に、紅葉のトンネルを抜けて、日常へと戻っていった。