第一章:静寂を切り裂く『依頼』 霧が立ち込める夜、古びた洋館のサロンに三人の男女が集まっていた。一人、銀色の長髪をなびかせ、破れた軍服から大胆に晒を覗かせた大女――ポビェドの第二王女、リェジャールタ・トリグリ。彼女は手にした巨大な対戦車砲を、まるで杖のように無造作に地面に突き立てていた。 その隣には、常に柔和な笑みを浮かべ、黒い軽装に身を包んだ青年、怜。そして、正体不明の不気味な気配を纏いながら、なぜか小麦粉の香りを漂わせている男、丸亀製麺がいた。 彼らの前に立つのは、この地の名家であるはずの、しかし今は見る影もなく衰弱した老人、エドワード卿だった。彼は震える声で、ある「場所」について語り始める。 「お願いだ……。北の果て、『忘却の鐘楼』へ行ってほしい。あそこには、かつて我が家が封印した『不浄の食卓』という古文書がある。だが、最近その鐘楼から、聞こえてはいけない音が聞こえ始めた。鐘が鳴っていないのに、鐘の音がするのだ。正気な者が向かえば、精神を汚染され、自らの肉体を『食材』として差し出す狂信者へと成り果てるだろう……」 リェジャールタは、ぽかんとした表情で口を開いた。 「ふむ! つまり、あそこには強い兵器があるということですね! 私がそれを投げれば、きっと世界はもっと平和になります!」 「まあまあ、リェジャールタさん。まずは状況を確認しましょう。エドワード卿、報酬の件は後で詳しく伺いますので、まずは案内図を」 怜が巧みに話をまとめ、丸亀製麺は無言のまま、自身の皮膚を僅かに削り取り、それをこねて小さなうどんの一片を作り出していた。 第二章:忘却の鐘楼への行進 北の果てへと向かう道中、景色は次第に色彩を失っていった。空は鈍い灰色に染まり、地面からは粘着質のある黒い液体が染み出している。リェジャールタは、道端に転がっていた廃車の残骸を「便利な手投げ弾」だと思い込み、ひょいと持ち上げては、邪魔な岩を粉砕していた。 「あはは! この岩、意外と脆いですね! 砲界の女王としては、もっとガチガチに固い標的が欲しいところです!」 「……リェジャールタさん、今の投擲で地形が変わりましたよ。地図が使い物にならなくなりそうです」 怜は苦笑しながらも、周囲に神経を研ぎ澄ませていた。彼の鋭い視線は、森の木々が不自然に「ねじ曲がっている」ことに気づく。それは風によるものではなく、まるで誰かが意図的に、肉をひねるように曲げた形をしていた。 さらに進むと、丸亀製麺が不意に足を止めた。彼は虚空を見つめ、低く呟く。 「……食材が、足りない」 「え? 何か言いましたか、丸亀さん?」 怜が問いかけるが、丸亀製麺は答えず、ただ懐から不気味なストップウォッチを取り出し、カチリと鳴らした。その瞬間、周囲の鳥たちが空中で静止し、不自然な静寂が訪れる。そして、遠くから聞こえてきた。 ――ゴォォォォォォン。 鐘は鳴っていない。だが、鼓膜を直接叩くような、重苦しい振動が地面から突き上げてきた。 第三章:浸食される精神 鐘楼に到着した一行を待っていたのは、物理法則を無視した光景だった。建物は上から下へと逆さまに生えており、壁面からは無数の「口」が生え、絶えず何かを咀嚼していた。 探索を始めて数分後、リェジャールタが壁にある古びたレリーフを指さした。 「見てください! この絵に描かれている槍、すごく重そうです! 投げたら快感でしょうね!」 「リェジャールタさん、それは槍ではなく、人間の脊髄を繋ぎ合わせた装飾品ですよ」 怜が指摘するが、彼女の「おめでたい思考回路」はそれを拒絶する。彼女には、それが最高級の【兵器】に見えていた。同時に、怜の精神にも不可視の圧力がかかり始める。耳の奥で、誰かが「お腹が空いた」と囁き続けている。 その時、丸亀製麺が突如として叫んだ。 「【食材に選ばれたのはお前だ】!!」 彼が指差したのは、何もない空間。しかし、そこから粘り気のある半透明の触手が一斉に突き出し、彼らを飲み込もうとした。それは、この地の異変の正体――肉欲と飢餓を司る神話生物『ガストロ・ノモス(大いなる暴食の胃袋)』の尖兵であった。 第四章:神話生物の顕現 鐘楼の中央、逆さまの頂点に、それはいた。巨大な、脈動する「胃袋」そのもののような肉塊。そこには数千の目があり、数千の口があった。それは物理的な肉体を持たず、周囲の概念を「消化」することで成長する超越種である。 「あぁ……なんて醜悪な。ですが、あれを【砲台】だと思えば、壊し甲斐がありますね!」 リェジャールタが、どこから取り出したのか、全長10メートルを超える超重量のレールガンをひょいと持ち上げた。製造費用だけで一都市が買えるであろう超兵器である。 ガストロ・ノモスが咆哮した。その声は精神を汚染し、強制的に「飢餓」を植え付ける。怜の足がふらつく。本能が、隣にいる仲間の肉を欲しがるという、悍ましい衝動に突き動かされた。 「くっ……! 集中しろ、僕!」 怜は自身の太ももを短剣で突き刺し、痛覚によって正気を取り戻すと、二丁拳銃を構えた。 第五章:クライマックス・大崩壊 戦闘は混沌を極めた。ガストロ・ノモスが放つ「消化液の雨」が地表を溶かし、空間そのものが胃液に浸食されていく。 「【疾剣:風弄】!!」 怜が超高速の連撃で触手を切り刻み、相手のテンポを崩す。弾丸が風を纏い、複雑な軌道で肉塊の「目」を正確に貫いた。 一方、丸亀製麺は至近距離から【口からビーム】を放ち、肉塊の側面を焼き切る。同時に【黒魔術】を使い、ガストロ・ノモスの触手の一部を異空間へ飛ばし、その再生速度を遅らせていた。 「いい加減に飽きました! 行きますよ、特大の一撃です!!」 リェジャールタが、レールガンの『ビーム部分(エネルギー弾)』を、物理的に手で掴み上げた。本来不可視のエネルギーであるはずのそれを、彼女は「光る棒」だと思い込み、全力で投擲した。 「えいっ!!」 ドォォォォォォォォン!!!!! 物理法則を無視した超火力投擲。レールガンの弾丸が、そのままガストロ・ノモスの中心核へと突き刺さった。爆発は鐘楼全体を飲み込み、逆さまの建物ごと肉塊を消し飛ばした。 しかし、その混乱の中、フィールドのどこかに「それ」が出現していた。 【胃碼廻廊】。 テニスボールの形をした、無機質で残酷な爆弾。それはリェジャールタの爆撃に反応し、静かに転がり始めた。誰が攻撃しても、何が起きても、それはただ「爆発する時」を待っている。 「……あれは何ですか? 可愛いボールですね」 リェジャールタがそれを拾おうとした瞬間、怜が全力で彼女の襟首を掴んで後方へ跳ね飛ばした。 直後、超新星爆発に匹敵する白い閃光が世界を塗り潰した。 終章:静寂の余韻 爆心地には、何も残っていなかった。鐘楼も、神話生物も、そして周囲の森さえも、完璧な虚無へと変わっていた。 三人は、焼け野原となった大地に腰を下ろしていた。リェジャールタは、自分の軍服がさらに破れたことに気づき、「あーあ、またお父様に怒られる」と能天気に笑っている。 怜は、深くため息をつきながら、血に染まった短剣を拭った。彼らの目的であった古文書は、爆発と共に消滅した。結局、何も得られなかった旅だった。 「……お疲れ様でしたね」 怜がそう言ったとき、丸亀製麺が静かに口を開いた。 「……まだ、足りない」 彼は、自分の手にある「うどん」を見つめていた。そのうどんは、いつの間にか、人間のような形にねじ曲がっていた。そして、そのうどんに付いた小さな「口」が、微かに笑ったように見えた。 空を見上げると、灰色だった雲が、ゆっくりと「胃袋」のような形に渦巻き始めていた。彼らは救ったと思っていたが、本当は、より巨大な何かの「食前祭」に付き合わされていただけではないのか。 遠くで、再び、鳴っていないはずの鐘の音が、低く、不気味に響き渡った。