東洋の深い山々に抱かれた、紅葉の季節。色鮮やかな朱と黄に染まった山道を、奇妙な一行が歩んでいた。 一人は、場違いなほどに厳格なソ連の軍服に身を包んだ男、イヴァノフ大佐である。彼は軍帽を深く被り、周囲の自然を「戦略的視点」から観察しながら、規則正しい歩調で進んでいた。一方、その隣を歩くのは、神聖な光背を背負った絶世の美女、オリビア。彼女は黒いドレスをなびかせ、微笑みを絶やさず、時折ふわりと空間を跳ねるように移動しては、同行する幼い少女、マナの歩調に合わせていた。 「本当に、心安らぐ景色ですね」 マナが銀色の髪を揺らし、可憐な声を上げる。彼女の純真な瞳には、山々の美しさだけが映っていた。 「ふん、自然の美しさは認めよう。だが、この地勢は伏撃に最適だ。油断は禁物だな」 イヴァノフが冷静に、しかし習慣的に周囲を警戒しながら応じる。オリビアはクスクスと小さく笑った。 「大佐、たまには肩の力を抜いてはいかがです? ここは戦場ではなく、休息の地ですよ」 三人が辿り着いたのは、古風な佇まいの老舗旅館「栄愛之湯」。玄関先では、腰の曲がったが眼光鋭い経営主の婆さんが、彼らを待っていた。 「いらっしゃい。予約の……ええと、ソ連の人と、天女さんと、お嬢ちゃんね。よく来たねぇ」 「ああ、予約通りだ。チェックインを頼む」 イヴァノフが事務的に告げると、婆さんは「はいはい、適当に上がりな」と彼らを案内した。 男女別々に分かれた大部屋。男部屋ではイヴァノフが一人、軍服を脱ぎ捨てて浴衣に着替えていた。一方、女部屋ではオリビアとマナが、畳の上で和気藹々と語らっていた。 「オリビアさんは、普段はどんなことをして過ごされているのですか?」 「そうね、空間を旅して、迷える魂を導いたり……まあ、そんなところかしら」 「まあ、素敵です! 私は、誰かが悲しんでいると放っておけないので、つい抱きしめて癒してしまいます」 マナの純真な言葉に、オリビアは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でた。一方で、壁一枚隔てた隣の部屋では、イヴァノフが鋭い眼光で天井を見つめ、「この部屋の死角は三箇所か……」と、休暇中であるはずなのに戦術分析に勤しんでいた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。旅館の自慢である貸切露天風呂に、一行は分かれて浸かっていた。 視界に広がるのは、燃えるような紅葉の絶景。湯気と共に秋の香りが漂い、男女共に心身を解きほぐしていた。しかし、その静寂は突如として、暴力的な破壊音と共に破られた。 「キュゥゥゥーーー!!」 凄まじい咆哮と共に、男風呂の壁を突き破って、巨大な粘液の塊――人造スライム「ヌ・スポロコッケオ」が乱入してきた。その頭上には、不機嫌そうに目を細めた黒猫「スリープル」が乗っている。 「ニャー!(ここがお宝の場所か!)」 スリープルの合図と共に、ヌ・スポロコッケオが触手を激しく振り回した。その一撃は、男風呂と女風呂を隔てる竹垣を直撃し、凄まじい音を立てて完全に粉砕した。 「なっ……!?」 イヴァノフが驚愕に目を見開いた瞬間、視界が開け、向かい側の女風呂にいるオリビアとマナの姿が丸見えになった。そして同時に、女側からも男性の裸体が露わになるという、前代未聞の事態に陥った。 「貴様ら! この状況で何という破廉恥な真似を!」 イヴァノフが怒髪天を突く勢いで立ち上がり、近くにあったサーベルを(なぜか風呂場に持ち込んでいた)掴み取った。 「まあ! 大佐!?」 オリビアは一瞬だけ動揺し、慌てて腕で身を隠したが、すぐに冷静さを取り戻した。しかし、敵は止まらない。空腹のヌ・スポロコッケオが、その巨大な体躯で突撃を開始した。 「鎮圧!」 イヴァノフが電光石火の速さで斬撃を繰り出す。しかし、相手はスライムだ。サーベルはヌルリと粘液に飲み込まれ、反動でイヴァノフの足が濡れた床に滑った。 「おっと!」 派手に転倒したイヴァノフ。そこへ、混乱に乗じてスリープルが闇の魔法を放つ。黒い衝撃波がイヴァノフを襲うが、同時にオリビアが「断絶」の術を発動させた。 「邪魔ですよ!」 空間を切り裂く一撃がスライムを真っ二つにするが、衝撃波が予期せぬ方向に飛び、なんとイヴァノフを後方へ吹き飛ばした。飛ばされたイヴァノフは、運悪く戻ってきていたマナの上にダイブし、二人はもつれ合って湯船へとドボンと水没した。 「ふぇぇっ! 大佐!?」 「すまん! 避けられなかった!」 水中でもつれ合う二人。マナはパニックになりながらも、本能的に「癒やし」の抱擁をイヴァノフに繰り出した。その瞬間、イヴァノフの心に不思議な安らぎが流れ込むが、状況は最悪だ。ぬるぬるとした床で、オリビアが空間転移を繰り返して攻撃を仕掛けようとするが、あちこちに散らばったヌ・スポロコッケオの美肌効果抜群の粘液に足を取られ、「あらっ」とバランスを崩してイヴァノフの背中に派手に衝突した。 「ぐはっ!」 「ごめんなさい!」 もはや戦いというよりは、全裸の人間たちが粘液の上でダンスを踊っているような混沌とした状況である。イヴァノフは濡れた床でスリップし、オリビアに押し出され、再びマナの上に重なり、そのまま三人で芋づる式に湯船へ沈んでいった。ラッキースケベの嵐が吹き荒れる中、ヌ・スポロコッケオは快楽とも空腹ともつかぬ表情で「キュ〜」と鳴きながら、触手で彼らを絡め取ろうとする。 しかし、ここでイヴァノフの「処分」が発動した。混乱の中で極限まで研ぎ澄まされた観察眼が、スライムの体内に揺らめく紫色の核(コア)を捉えた。 「そこだ!!」 濡れた床を蹴り、オリビアの背中を足場にして(本人の意図せず)、跳躍したイヴァノフ。空中で完璧な軌道を描き、サーベルの切っ先を正確に核へと突き刺した。 「ぎゃあああ!?(キュイィィ!)」 核を触られたヌ・スポロコッケオは、一瞬にして全身の力が抜け、ドロドロの液体となって床に崩れ落ちた。主を失ったスリープルは、「ニャーー!(最悪の休日だ!)」と叫びながら、気配遮断を用いてどこかへ逃げ去っていった。 ……静寂が戻った。 湯気が立ち込める露天風呂。そこには、互いに妙な距離感で、全裸のまま見つめ合う三人の姿があった。誰が誰に触れていたか、どこに手が当たっていたか。記憶が鮮明すぎる。言葉にできない気まずさと、言いようのない高揚感、そして激しい疲労感。なんとも言えない、濃厚に重い雰囲気が漂った。 「……とりあえず、垣根を直しましょう」 オリビアが、顔をわずかに赤らめて提案した。三人は協力し、壊れた竹垣を拾い集め、なんとか元の形に修復した。その後、腰にタオルを巻いた状態で婆さんの元へ行き、深々と頭を下げた。 「本当に申し訳ございませんでした」 「……まあいいよ。たまにそういう騒動はあるからねぇ。でも、次やったら追い出すよ」 それぞれの部屋に戻った後。イヴァノフは布団の中で天井を凝視していた。軍人としてあるまじき失態。だが、マナの抱擁の温もりと、オリビアの柔らかな感触が脳裏に焼き付いて離れない。 「……俺は、何をしていたんだ」 隣の部屋では、オリビアが頬に手を当て、小さくため息をついた。冷静沈着を自負していたが、今の状況は計算外だった。そしてマナは、「みんな仲良くなれたかな」と、純粋な笑顔で眠りについた。 翌朝。チェックアウトを済ませた三人は、澄み切った秋の空気の中、旅館を後にした。 「いい旅でしたね」 マナが明るく言う。オリビアは微笑みながら、「ええ、忘れられない思い出になったわ」と答え、イヴァノフは何も言わず、ただ軍帽を深く被り直して前を歩いた。しかし、その耳朶はわずかに赤くなっていた。 各自が異なる思いを胸に、彼らは再びそれぞれの日常へと帰路についた。山道に響くのは、心地よい風の音と、どこからか聞こえるスライムの寂しげな鳴き声だけだった。