【喫茶店Dallasでバトル】ライムちゃん 「本日の余興は、ライムちゃん対――家内洋太さん! 参加費は一人五千円、観戦だけなら無料だ。店内の備品を壊した場合は別料金な」 黒革のジャケットを着たごついおっさんが、喫茶店Dallasの中央で審判用の白旗を振った。かつて王宮に仕えた剣士だという彼は、引退後、ここの常連として平和なコーヒータイムを楽しんでいる。今日も筋肉質な腕と立派なあごひげが、ただならぬ威圧感を放っていた。 「審判がいちばん強そうなんだけど……」 対戦相手の家内洋太は、理高校オタク部の女子高生。奇跡の歴史を集める熱心なオタクだが、極度の不幸体質のせいで、試合開始前から包帯だらけだった。椅子に座ろうとしたら椅子が勝手に引かれ、床に置いてあったスプーンで転び、倒れた先にあったクッションがなぜか跳ね返ったのだ。 「だ、大丈夫ですか?」とライムちゃん。 「大丈夫です。これは序章です。蓄積した不幸が、いつか奇跡に変わる……そういう事例を集めているので」 「本人が資料になってるにゃん……」 緑髪ツインテールのライムちゃんは、メイド服のポケットから虹色のペンを取り出した。彼女は18歳。スマホのソシャゲと漫画を愛し、平日18時から21時まで働く喫茶店メイドだ。明るく好奇心旺盛で、予想外の状況にも強い。そして、ギャグ漫画の不条理を真正面から受けてもへこたれない、驚異のギャグ耐久力を持っている。 「よーし、余興だから楽しくいこう! お互いケガには気をつけて、店のカップにも気をつけるにゃー!」 「それでは始め!」 おっさんが旗を振った、その瞬間。 天井から植木鉢が落ちてきた。洋太の頭に当たる寸前、鉢は天井に戻った。戻った鉢から土がこぼれ、土の中から植木鉢がもう一つ出てきた。 「不幸の連鎖……!」 「植木鉢の中に植木鉢!? マトリョーシカ式不幸にゃん!」 ライムちゃんが反射的に身をかわす。ところが鉢は彼女を追わず、テーブルの上に着地した。中から小さな札が出てくる。 『本日は植木鉢の気分ではありません』 「鉢にも気分があるのかよ!」とおっさん。 マスターDがカウンターの向こうで、頭に載せた魚を揺らしながら、のほほんと頷いた。丸眼鏡の奥の目は、店の売上と試合の展開を同時に見通すように鋭い。 「試合の参加費は一人五千円。ライムちゃんには三割の千五百円を報酬として渡す。経営的にも余興としても、なかなか良い仕組みだな~」 「マスター、今は試合中だよ!」 「おっと。では、戦闘用の備えを」 マスターDがカウンター下から、謎の機械を引っ張り出した。銘板には、堂々とこう書かれている。 創造神プリンター 「戦闘時にはこれで必要なアイテムを生成する。たとえば――超巨大ビル!」 プリンターがウィーンと唸り、設計図を吐き出した。 「俺ならプリンターで超巨大ビル作って頭上にドカーンだけどな~」 「店内でビルを落とすな!」 ごついおっさんがマスターDの首根っこをつかんで止めた。魚だけが「ぴちっ」と抗議するように跳ねた。 「にゃー、喫茶店の余興が急に都市開発になりかけた……」 ライムちゃんは虹色のペンを構え、床に大きく絵を描いた。描いたものが何でも実体化する魔法のペンだ。線が光ると、絵はふくらんで、湯気を立てる本物の食材になった。 【虹のペン】 - 描いた食材: びっくりホットケーキ - 効果: 食べようとした相手の前で三段、五段、七段と勝手に増える。最後の一枚は「おかわり無料」の札を掲げて、相手の進路をふさぐ。 - 描いた食材: すべるプリン - 効果: お皿の上では絶対にすべらないが、床に置いた瞬間だけ、持ち主の足元へ最短距離で走ってくる。 - 描いた食材: 逃げるソーセージ - 効果: フォークから逃げる。追いかける人の方へ自分から転がっていくので、追うほど追われる。 「まずはホットケーキにゃん!」 びっくりホットケーキが、洋太の前に立ちはだかった。いや、立ちはだかったというより、積み重なって壁になった。 「行き止まり……!」 洋太が横へ避ける。すると最後の一枚が「おかわり無料」の札を掲げ、彼女の進路へスッと滑り込んだ。 「こっちに来ないでください!」 「おかわりは逃げないにゃー!」 ホットケーキの壁が崩れた。だが、ギャグ漫画のお約束どおり、洋太の頭上にだけ崩れず残った一枚が、まるで帽子のようにぴたりと乗る。 「今のは不幸なのか、ラッキーなのか……」 洋太が考え込んだ隙に、ライムちゃんが勝負を仕掛けた。逃げるソーセージがフォークを抱えて走り、洋太の手元へ飛び込む。 「わっ!」 洋太はよけた。ところが、よけた先にすべるプリンがいた。プリンは彼女の足元へ走ってきて、皿だけが残った。 「不幸体質、順調に発動中!」とおっさんが実況する。 「実況しないでください……!」 洋太は転んだ。転んだ先には、マスターDがプリンターで印刷した『転倒防止マット』があった。マットは床に着く直前に裏返り、表面の文字が見える。 『転倒を防止するとは言っていない』 「プリンターまでギャグに染まってる!」 洋太はマットの上を滑り、テーブルの下にすぽんと入った。テーブルの脚に頭をぶつける――はずが、頭の上のホットケーキが先にぶつかった。ふわふわの衝撃で、彼女は無傷のまま立ち上がる。 「不幸が、身代わりになった……?」 「ホットケーキが守ってくれたにゃん!」 「いえ、たぶん違います。こういう偶然が積み重なると、歴史に残る奇跡になるんです」 洋太の不幸は止まらなかった。カップのソーサーが回り、イスが逃げ、メニューが風に飛ばされ、店のドアが開くたびに外の風が彼女の包帯をほどこうとする。そのたびに、ほどけた包帯がちょうどライムちゃんの足元を避けて、店の柱にきれいなリボン結びを作った。 「不幸なのに店内装飾まで完成していく……!」 「即興の飾り付けとしては悪くないにゃー!」 ライムちゃんは笑いながら、カウンターの周りを軽快に駆けた。スマホのゲームで鍛えた反射神経よろしく、飛んでくるメニューを避け、転がるプリンをまたぎ、ソーセージの進路を読む。状況判断は抜群だった。 だが、洋太に降りかかる不幸はさらに大きくなった。窓の外から風が吹き込み、観葉植物が倒れ、ミルクピッチャーが滑り、黒板のチョークが折れる。すべてが寸前で止まる。止まったものは、なぜかライムちゃんの周りに円陣を作った。 「これは包囲網……?」 「ち、違うにゃん。チョークとミルクに囲まれてるだけにゃ!」 おっさんが腕を組んだ。 「ライムちゃん、いい動きだ。だが相手の不幸が溜まっている。ここからが正念場だぞ」 洋太は、テーブルの脚に引っかかったエプロンをほどこうとして、逆にテーブルクロスを引いてしまった。皿が宙を舞う。カップが跳ねる。砂糖壺が転がる。店内のすべてが落ちてくる――そのはずだった。 ところが、皿は空中で一列に並び、カップはその上に積み重なり、砂糖壺は頂上にぴたりと乗った。 まるで、奇跡の記念碑だった。 洋太が震える声で言った。 「ここまでの不幸……もう十分です。私の奇跡、起きてください」 一瞬、店内が静まり返った。 その次の瞬間、店の時計が逆回転した。逆回転した時計の針は、なぜか試合開始時刻ではなく、ライムちゃんの勤務終了時刻に向かって進み始めた。外の夜空で、お星さま🌟がキラキラ✨と瞬いた。 「奇跡発生……!」とおっさん。 「うん。これはすごいにゃん!」 洋太の【奇跡】が起きた。彼女にとって都合のいいように、対戦相手の勝機を封じ、凡なる事象も理の外の出来事も、すべてをひっくり返す――はずだった。 ライムちゃんの足元に、勝利を決めるチャンスが現れる。洋太の背後には、逃げ道がない。マスターDの創造神プリンターが、なぜか「必勝の紙吹雪」を印刷し始めた。 「これで勝負ありか!?」 洋太の奇跡が、勝機を封じ込めようとする。だが、プリンターの紙は印刷途中で詰まった。紙詰まりを直そうとしたマスターDが、魚を頭に載せたまま機械を軽く叩く。すると紙吹雪ではなく、巨大な『おめでとうございます』の幕が出てきた。 幕は洋太の頭上に落ちる――寸前、風で向きを変え、ライムちゃんの背後に掲げられた。 「何が起きても、なんでか外れる……! これも奇跡の賜物です!」 洋太の能力も権能も、バグも、正体不明の何かも、きちんと発動する。だが肝心のところで、ことごとく反れる。外れる。ちょっとだけ目的地を間違える。 ライムちゃんが攻撃しようとすると、攻撃は紙吹雪に変わった。洋太が勝利を決めようとすると、足元のソーセージが逃げ出して、彼女を追いかけた。テーブルが倒れそうになると、テーブルはなぜか踊り出し、誰も下敷きにならなかった。 「すごい……勝負そのものが、どちらにも決着をつけさせない……!」 「これが奇跡です。終わりは決して起こりません」 「でも余興の終了時間はあるにゃん!」 ライムちゃんは、状況を見て決断した。 「よーし。決着が永遠に来ないなら、ギャグ漫画のお約束で場面を切り替えるにゃー!」 彼女のメイド服が、キラキラと光った。頭には猫耳、腰にはふわふわのしっぽ。ライムちゃんは猫耳メイド姿に変身した。 「猫耳メイドに変身! ギャグ補正、強化にゃん!」 店内に、どこからともなく巨大なコーヒーカップが現れた。虹のペンで描いたわけでもないのに実体化している。ギャグ漫画のお約束が、ここぞとばかりに張り切ったのだ。 「えっ、そんな大きなカップ、どこに収納してたんですか!?」 「それは漫画の都合にゃー!」 ライムちゃんは洋太を丁寧にカップへ案内した。洋太は抵抗しようとしたが、カップの持ち手がなぜか安全バーの形に変わっていた。 「危なくないように、ちゃんとつかまってね!」 「はい……でも、私の奇跡が――」 「奇跡も一緒に乗っていくにゃん!」 巨大カップが高速回転を始めた。ぐるぐるぐるぐる、店内の景色が漫画のコマのように流れる。洋太の不幸も、奇跡も、勝機も、まとめて目を回した。 「わ、私の勝機が……どこかへ……!」 「勝機はただいま迷子です!」とおっさんが実況する。 「マスター、ビルを落とさずに済んでよかったね」とライムちゃん。 「実はビルの設計図、まだ残ってるけどな~」 「捨てなさい!」 ごついおっさんが、またマスターDの首根っこを押さえた。 ライムちゃんが最後にカップをひと押しすると、巨大コーヒーカップは店の扉をすり抜け、洋太を乗せたまま夜空へ飛び出した。安全バーはしっかり閉じている。カップは店外へ、くるくる、きらきら、勢いよく飛んでいった。 「いってらっしゃーい! 帰りはゆっくりねー!」 「不幸の先に……新たな奇跡の記録が……!」 洋太の声が星空に小さくなっていく。外の夜空で、お星さま🌟がキラキラ✨輝き、二人に向かって言った。 「本日の教訓。奇跡が起きても、コーヒーカップの遠心力には気をつけようね!」 店内に戻ったライムちゃんは、メイド服のスカートを整えた。 「いやー、今日も平和だったにゃん!」 「どこが平和だ!」とおっさん。 「でも店の建物は無事だ。ビルを落とさなかった判断は正しかったな~」とマスターD。 「それは最低限の判断だよ!」 マスターDはライムちゃんへ、約束どおり参加費五千円の三割、千五百円を手渡した。 「お給料ありがとうにゃー! これでソシャゲの新イベントに挑める!」 「勤務は21時までだぞ。終わったら休憩しなさい」 「はーい!」 --- 試合結果 - 勝者: ライムちゃん(猫耳メイド姿による場外退場で決着) - 家内洋太: 奇跡は発動したが、勝機がことごとく外れ、巨大コーヒーカップとともに店外へ。安全に着地できるよう、カップには安全バー付き。 - ライムちゃんの報酬: 1,500円(参加費5,000円の30%) - 被害額(円): - 植木鉢の土の飛散と清掃費:300円 - びっくりホットケーキ、すべるプリン、逃げるソーセージの材料費:1,200円 - 皿・カップの洗浄と点検費:800円 - 砂糖壺まわりの清掃費:200円 - 創造神プリンターの紙詰まり修理費:2,000円 - 巨大コーヒーカップの店外搬出・回収費:1,000円 - 合計:5,500円