空を突き抜けるほどの歓声が、円形闘技場を包んでいた。世界中から集まった観客は、対極に位置する二つの「武」が激突する瞬間を待ちわびている。 一方の陣営に立つのは、紺色の綿道着を纏った東方の剣客、真 剣心。眼鏡を指先で「スチャッ」と押し上げ、静寂を纏った佇まいで対峙している。その足取りは軽く、重心がどこにあるのか捉えさせない。彼が手にするのは、一振りの真剣。華美な装飾はないが、研ぎ澄まされた刃が冷徹な光を放っていた。 対するは、銀髪碧眼の巨躯を誇る騎士、ヨハン。全身を覆う鉄と十字の板鋼甲(プレートアーマー)が、陽光を反射して眩しく輝いている。その傍らには、名馬ティルシュタインが静かに鼻を鳴らし、主と呼吸を合わせていた。ハルバードを携え、騎士道精神に基づいた威厳ある佇まいで、彼は相手を見据えていた。 「異国の剣客よ。汝の技、しかと見届けよう」 ヨハンの声は低く、重厚だった。彼はゆっくりと馬上で構え、ルールに基づき、敬意を持って開戦を告げた。 「……よろしくお願いします」 剣心が短く応え、構えを解いて「一足一刀」の間合いへ踏み込む。それは、あと一歩踏み込めば斬り合いとなり、一歩引けば届かない、極限の緊張感が漂う距離だった。 戦いの火蓋は、ヨハンの電光石火の先制攻撃で切って落とされた。彼は馬上から、迷いなくクロスボウを放った。鋭い風切り音と共に放たれた矢。しかし、剣心は動かない。いや、動いていなかった。彼は「遠山の目付」を用い、焦点をあえてぼかし、視界全体でヨハンの「初動」を捉えていた。 シュッ、という音と共に、剣心が最小限の動作で身体を捻る。矢は、彼の道着の袖をわずかにかすめて後方へ突き抜けた。 「ほう、避けたか」 ヨハンは即座にクロスボウを捨て、ハルバードを構えてティルシュタインに拍車をかけた。重量のある馬と鎧が一体となって突き進む、圧倒的な突進力。ハルバードの鋭い穂先が、剣心の喉元を狙って直線的に突き出される。 【出鼻を見る】 剣心の瞳に、ヨハンの攻撃の「起点」が見えた。突き出される直前の肩のわずかな挙動。それは攻撃者が不可避に晒す、一瞬の無防備な隙である。 「……抜き」 剣心は、突き出された穂先の軌道から紙一枚の差で身体をずらした。衝撃波が頬を撫でる。しかし、ヨハンの練度は高く、突きが外れた瞬間にハルバードの柄を旋回させ、打撃へと転換する。強烈な横薙ぎの一撃が、剣心の側頭部を捉えようとした。 ここで剣心は「返し」を選択した。刃をあえて真正面からぶつけ、相手の力を利用して弾く。キィィィィン!という金属音が響き渡り、ハルバードの衝撃が跳ね返された。その反動により、ヨハンの身体がわずかにのき、馬上のバランスが乱れる。 「今だ」 剣心は【体術】を繰り出した。返しで生まれた後隙に合わせ、鋭い体当たりを馬の側面へと叩き込む。重量級の騎士といえど、不意を突かれたバランスの崩壊は避けられない。ヨハンは馬から転げ落ち、激しい音と共に砂塵を舞わせた。 しかし、騎士ヨハンはただでは起き上がらない。転倒した衝撃を利用し、即座にロールして距離を取り、腰のロングソードを抜き放った。板鋼甲がガシャリと鳴り、彼は再び完璧な構えに戻る。 「見事だ。汝の眼、そして間合いの読み。真に武の極みに至った者のみが持つ静謐さを感じる」 ヨハンは独り言で古独語を呟きながら、剣筋にさらに速度を乗せた。もはや馬に頼らず、地上の決闘へと移行した。ロングソードが空を切り、重い斬撃が剣心の道着を裂く。剣心はそれを最小限の動きで回避し、間合いを詰めようとするが、ヨハンの剣圧は凄まじく、容易に接近を許さない。 戦いは拮抗していた。剣心は【静と動】の使い分けで翻弄し、ヨハンは鋼の防御と練達の剣技でそれを封じ込める。観客は息を呑み、静寂の中で火花が散る様子を見守っていた。 (……このままでは、決着がつかない) 剣心は悟った。相手の防御力は極めて高く、通常の攻撃では鎧に弾かれる。勝機は、相手が完全に無防備になる瞬間か、あるいは自身の限界を超えた一撃のみ。 剣心は静かに、深く息を吸い込んだ。そして――。 (……止める) 【無我】 禁術の発動。心拍を、呼吸を、意識を停止させる。肺に溜まった酸素だけで戦う、死へのカウントダウン。もはや彼に「迷い」はなく、意識は純粋な攻撃の連撃へと昇華された。 「……!?」 ヨハンが驚愕に目を見開いた。目の前の男から、一切の「気配」が消えたからだ。同時に、剣心が消えた。もはや視認できないほどの速度。一撃、二撃、三撃。不可視の斬撃が、ヨハンの鎧の継ぎ目――首、脇、関節という急所を正確に突き抜ける。 ガキン! ガキン! ガキン! 激しい打突音が連続して響く。ヨハンはロングソードで必死に防ごうとするが、【無我】の状態にある剣心の攻撃は、方向転換に一切のラグがない。最後の一撃が、ヨハンの右肩の鎧を激しく叩き、衝撃で剣を弾き飛ばした。 しかし、同時に剣心の身体に限界が訪れる。7秒。心臓が激しく脈打ち、肺が酸素を求めて悲鳴を上げる。剣心は最後の一振りを、ヨハンの喉元に突きつけた。刃先が、ヨハンの首元の甲冑の隙間に、正確に一点で静止していた。 「……はぁ……っ!!」 剣心が激しく咳き込み、膝をつく。同時に、剣はわずかに位置をずらし、相手を殺さない絶妙な距離で止まっていた。 静寂が闘技場を支配した。そして、ゆっくりと拍手が沸き起こる。 ヨハンは、自分の喉元に突きつけられた刃を見つめ、静かに笑った。彼はゆっくりと、敬意を込めて片膝をつき、頭を垂れた。 「参った。私の騎士道も、汝の『無我』という極限の集中力には及ばなかった。見事な勝利だ、剣心殿」 剣心は肩で息をしながら、眼鏡を再び「スチャッ」と直し、静かに立ち上がった。そして、自分もまた深く頭を下げる。 「……こちらこそ。あなたの誇り高き剣技に、私は救われました。ありがとうございます」 勝敗は明確に決した。 勝者:【メガネの人】真 剣心 敗者:ヨハン 二人は互いの武器を収め、固い握手を交わした。闘技場を埋め尽くす観客は、技と精神がぶつかり合った最高の戦いに、最大級の喝采を送っていた。