冷え切ったコンクリートのホールに、緊張感が充満していた。国家直属極秘部隊『K-NIGHT』。その入隊試験に集められた約百人の男女は、互いを牽制し合い、鋭い視線をぶつけ合っている。殺気立つ空間の中で、一人だけ場違いにふわふわとした空気を纏っている少女がいた。 「ねえねえ、ここってどこかな? お菓子とか出ないのかなぁ」 クリーム色のストレートヘアを揺らし、黄色い瞳を好奇心いっぱみに輝かせて隣の少女に話しかけたのは、フィー・ハイナーだった。相手は、そこに立っているだけで周囲の空気を浄化し、見る者の心を奪うほどに儚げで美しい少女、シャイニィ・スノーである。 「……ふふ、分からないけれど、とても厳しい場所みたいね」 シャイニィが控えめに微笑むと、周囲にいた屈強な男たちが一斉に「ッ……!」と胸を押さえて顔を赤らめた。彼女の存在そのものが放つ『可愛い』という概念の暴力。もはやスキルなどという次元ではなく、生物としての絶対的な魅力に、戦士たちの戦意が自然と霧散していく。 「わあ、あなたとっても可愛いね! 私、フィー。君は?」 フィーは全く動じることなく、むしろ興味津々にシャイニィの顔を覗き込んだ。普通の人間ならその美しさに心酔し、思考停止に陥るはずだが、フィーの頭脳は回転し続けていた。けれど、その思考の結論は至って単純だった。 「シャイニィよ。よろしくね、フィーちゃん」 「よろしくねー! 私、こういうところ初めてだから、一緒に仲良くしようよ!」 無鉄砲なほど天真爛漫なフィーと、聖母のような慈愛に満ちたシャイニィ。殺伐とした会場の中で、そこだけがぽっかりと温かい、奇妙な空間が生まれていた。 その時、頭上のスピーカーから無機質なアナウンスが響き渡る。 『――受験者各位。これより第一試験を開始する。各自、指定の待機ラインへ移動せよ。遅れた者は即失格とする』 「あ、始まった! 行かなきゃ」 フィーはひょいと手を振ると、好奇心に突き動かされるまま、人混みの中へ飛び込んでいった。シャイニィはその後ろ姿を、小さく微笑みながら見送る。二人の出会いは、嵐の前の静けさのような、短いひとときだった。 【第一試験:身体能力テスト】 「スタート!!」 号砲と共に、百人の受験者が一斉に飛び出した。目的地は10km先のゴールライン。単純な競争に見えるが、条件は「能力・武器の使用OK」。つまり、ここでの順位は純粋な走力ではなく、いかに効率的に進み、いかに他者を妨害し、蹴落とすかという泥沼の生存競争である。 「どけえッ!」 猛々しい叫びと共に、火炎を纏った男が前方の集団をなぎ倒す。鋭い氷の壁を突き立てて進路を塞ぐ者、不可視の刃で足首を狙う者。10kmという距離は、能力者たちの激しい衝突による「戦場」へと変わっていた。 その混沌の中を、フィーは「わーい!」と声を上げながら全力で走っていた。しかし、彼女の身体能力は絶望的に低い。走る速度は遅く、すぐに後方に置かれる。おまけに、無鉄砲な彼女は最短距離を突き進もうとして、わざわざ妨害工作が激しい中央突破ルートを選んでいた。 「危ないぞ、ガキ!」 後方から追い上げてきた大男が、フィーを弾き飛ばそうと全力の回し蹴りを叩き込む。凄まじい衝撃。普通なら肋骨が砕け、壁まで吹き飛ばされてリタイア確定の威力だ。 ――だが、衝撃は消えた。 「えへへ、今の何?」 フィーのスキル【緩衝材】。彼女に触れたあらゆる物理的衝撃は、彼女というフィルターを通した瞬間に吸収され、無害な「ゼロ」へと還元される。大男は、まるで巨大なクッションに足を突っ込んだかのような感覚に陥り、その勢いでバランスを崩して転倒した。 「なっ……!? 今のは何だ!」 困惑する男を置き去りにし、フィーはマイペースに歩みを早める。彼女にとって、攻撃されることは「止まってくれる」ことと同義だった。どんなに激しい攻撃を浴びても、彼女はただそこに居るだけで相手の勢いを殺し、自分だけがゆっくりと、しかし確実に前進する。 一方で、シャイニィ・スノーの状況はさらに異様だった。 彼女は走っていなかった。ただ、静かに歩いていた。 「あ……ごめんなさい。道を開けていただけますか?」 シャイニィが申し訳なさそうに、小首を傾げて微笑む。すると、彼女を蹴落とそうと牙を剥いていた受験者たちが、一斉に足を止めた。 「(……っ! こんなに可愛い子が、僕の手で転ばされるなんて耐えられない!)」 「(道だ! 道を空けろ! この方を先に行かせて差し上げろ!)」 なんと、受験者たちが自発的に「シャイニィ専用の道」を作り始めたのだ。彼女を攻撃しようとする意志など、この世に存在し得ない。もし誤って彼女にぶつかり、彼女が小さく「痛っ」とでも言おうものなら、加害者は耐え難い罪悪感に苛まれ、精神的に崩壊するだろう。 「皆さん、親切ですね」 シャイニィは周囲の熱狂的なサポート(物理的な道作り)を受けながら、優雅に、そして最短距離で進んでいく。まさに概念的な無敵状態だった。 しかし、ゴール直前で事態は急変する。上位入賞を確信していたエリート集団が、最後の一押しとして広範囲破壊魔法を放ったのだ。地形ごと消し飛ばす大爆発が、ゴールライン手前で巻き起こる。 「わあ! きれい!」 爆風の真っ只中に突っ込んでいくフィー。周囲の受験者が悲鳴を上げて吹き飛ばされる中、彼女だけが爆風という名の「衝撃」をすべて吸収し、まるで静かな風に吹かれているかのように、飄々とゴールラインを駆け抜けた。 結果、1位にシャイニィ、そしてそれに続く上位陣の中に、ボロボロになりながらも(精神的には快調に)完走したフィーの名前があった。 合格ラインの50位。脱落した50人は、地面に伏して悔しがっていたが、シャイニィが彼らに向かって「お疲れ様でした」と微笑んだ瞬間、脱落者たちの多くが「この子に拒絶されたなら、もう人生終わってもいい」という奇妙な充足感に包まれ、静かに会場を後にした。 【第二試験:戦闘能力テスト】 第一試験を突破した50人が集められたのは、巨大な円形アリーナだった。ルールは至って単純。残り10人になるまで、殺し合いに近いバトルロワイヤルを行うこと。ただし、殺害は即失格。気絶か降参で脱落となる。 「殺しちゃダメだけど、戦わなきゃいけないんだね。難しいなぁ」 フィーはアリーナの端で、あくびをしながら呟いた。周囲では既に血で血を洗う抗争が始まっている。武器を用いた斬撃、能力による精神汚染、不可視の罠。生き残るために、参加者たちは一時的な同盟を組み、一人ずつ確実に仕留めていく。 「あそこにいる二人を狙おう。あの子たちは弱そうだ」 数人のグループが、端にいたフィーとシャイニィに目をつけた。彼らにとって、非力そうな少女二人は格好の餌食に見えたはずだ。 「おい、お嬢ちゃんたち! 悪いがここで脱落してくれ!」 リーダー格の男が、巨大な戦斧を振り下ろす。同時に、背後の仲間たちが精神汚染の呪文を唱え、フィーの意識を混濁させようと試みた。 だが、結果は惨泏たるものだった。 「えいっ」 フィーがひょいと腕を上げた瞬間、戦斧の衝撃は完全に消滅し、男の腕は慣性の法則に従ってそのまま地面に突き刺さった。さらに、飛んできた精神汚染の波も、彼女の【緩衝材】としての性質により、すべて「心地よい刺激」へと変換されて吸収される。 「あはは、くすぐったい!」 「な、何なんだこの女は!?」 パニックに陥った男たちが、今度はシャイニィに矛先を向けた。しかし、彼らが彼女の顔を見た瞬間、戦意は完全に蒸発した。 「……っ!!」 男たちは戦斧を捨て、その場に膝をついた。彼らの心の中で、激しい葛藤が巻き起こる。この可憐な少女を攻撃するなど、人としてあるまじき行為だ。むしろ、彼女を守らなければならない。彼女に認められたい。そんな強烈な欲求が、戦うという本能を塗り替えていく。 「あら、どうしたの?」 シャイニィが小首を傾げて問いかけると、男の一人が叫んだ。 「あなたを守ります! 誰があなたに指一本触れさせない!!」 戦うはずの敵が、いつの間にかシャイニィの自称「騎士団」へと変貌していた。彼女の可愛さは、もはや兵器だった。敵対心そのものを根こそぎ奪い、忠誠心へと変換させる。彼女の周囲だけは、戦場の中の聖域となっていた。 しかし、この試験の真の恐怖は、能力無効化や概念攻撃を専門とする一部の「猛者」たちだった。彼らは感情を切り離し、機械的に攻撃を仕掛けてくる。 「感情など不要。効率的に排除する」 冷徹な眼差しを持つ一人の男が、空間ごと切り裂く斬撃を放った。それはシャイニィの『可愛さ』という精神的干渉を無視した、純粋な物理切断。斬撃は一直線に、シャイニィの喉元へ向かう。 「危ないっ!」 その瞬間、フィーがシャイニィの前に飛び出した。ガキィッ! という激しい音が響く。しかし、血は流れなかった。 「ふぅ……今の、結構すごかったね」 フィーは、空間切断という概念的な攻撃さえも、その身体で受け止めていた。衝撃を吸収し、勢いを殺し、無効化する。彼女は究極の盾であり、最強の緩衝材だ。攻撃側からすれば、自分の全力の一撃が「虚無」に消えたも同然であり、精神的なダメージは計り知れない。 「フィーちゃん、ありがとう」 「いいよいいよー。それより、あっちで誰か泣いてるよ?」 フィーが指差した先では、シャイニィの騎士団に就任した男たちが、他の受験者から攻撃され、ボコボコにされていた。彼らは「シャイニィ様のために!」と叫びながら、一方的に攻撃を受けていたが、不思議と満足そうな顔をしていた。 バトルロワイヤルは、次第に奇妙な展開へと向かう。シャイニィを崇拝する集団と、それを排除しようとする集団の抗争。そしてその中心で、あらゆる攻撃を無効化してふらふらと歩き回るフィー。 最終的に、残ったのは十分な実力を持った精鋭たちと、幸運(あるいは絶望的なまでの特異性)を持ったこの二人だった。 「もう、いいかなぁ」 フィーが欠伸をしながら、最後の一人に軽く接触した。その瞬間、相手は自分の全エネルギーを吸収され、脱力してそのまま眠りに落ちた。これで、残り十人が確定した。 【第三試験:個人面接】 最終段階は、個々の人間性を問う面接だった。豪華な執務室に呼ばれた二人は、厳格そうな面接官の前に座らされていた。 まずはフィーの番だ。 「君の能力は特異だ。だが、あまりに無鉄砲すぎる。組織において、独断での行動は死を意味する。君に規律を守る意志はあるか?」 フィーは指を顎に当て、うーん、と唸った。 「規律……? よくわからないけど、お菓子をくれるなら守るよ!」 面接官がこめかみに青筋を立てる。しかし、彼は同時に気づいていた。彼女の地頭の良さだ。彼女の回答は適当に見えるが、質問の本質――「組織への帰属意識」を、「報酬(お菓子)による契約」という形で明確に提示している。また、彼女の【緩衝材】という能力は、国家にとって最高の防衛資産になる。使い方は難しいが、価値は計り知れない。 次にシャイニィの番である。 「……(……可愛い。なんて可愛いんだ。この子が国家の象徴になれば、世界中の紛争が終わるのではないか)」 面接官は、内心で激しく動揺していた。彼は訓練を受けたプロの面接官だが、シャイニィの存在そのものが放つ『可愛い』の概念攻撃には抗えない。彼女が静かに微笑むたびに、面接官の心の中の「不合格にしたい」という理性的な判断が、「合格させて、ずっとそばで守りたい」という欲望に書き換えられていく。 「私は、誰の役にも立てる人間になりたいと思っています」 シャイニィの清楚な声が響く。面接官は、もはや面接などどうでもよくなっていた。彼女がここに居てくれるだけで、この部屋の空気が浄化され、幸福感に満たされる。これは洗脳ではない。純粋な魅力による心服だ。 「合格だ。文句なしに合格だ!!」 面接官が机を叩いて叫んだ。隣で待っていたフィーが「あ、私も?」と不思議そうに首を傾げていた。 【合否発表】 全試験が終了し、再びホールに集められた合格候補者たち。モニターに結果が表示される。 『合格者:12名』 最低限の人数を絞り込んだ結果だった。そして、それぞれの実力が部隊全体(既存メンバーを含む)の中で上位何%に位置するかが発表される。 フィー・ハイナー:上位 8%(評価:防御・吸収能力において特級。ただし精神的成熟度は最下位) シャイニィ・スノー:上位 3%(評価:精神干渉・広域制圧において規格外。存在自体が戦略兵器) 「わー! 私、すごい高いところにいる!」 フィーは飛び跳ねて喜んだ。一方、シャイニィは控えめに頬を染めて、「光栄です」と呟いた。 合格者には、それぞれの特性に合わせた専用武装と、コードネームが授与される。 フィーに与えられたのは、衝撃をさらに増幅・変換して放出できる特殊合金製のグローブ。そしてコードネームは―― 『アブゾルバ』 「アブゾルバ? なんかかっこいい名前! チョコみたいで美味しそう!」 そしてシャイニィに与えられたのは、彼女の魔力を増幅し、周囲に広める純白の法衣。コードネームは―― 『ルミナリス』 「ルミナリス……。私に似合いますか?」 「うん! すっごく似合ってるよ、ルミナリスちゃん!」 二人は手を取り合い、笑顔で笑い合った。国家直属極秘部隊『K-NIGHT』に、最凶の盾と、最美の兵器が加わった瞬間だった。 【後日談】 入隊して一ヶ月。K-NIGHTの基地内では、ある「奇妙な光景」が日常となっていた。 「フィー! また無断で禁域の保管庫に入っただろう!」 怒鳴り声を上げながら走ってくるのは、部隊の指揮官である。その後ろを、フィーが「あはは、だって中においしそうな飴があったんだもん!」と笑いながら逃げ回っている。 通常であれば、禁域の防衛システムが作動し、侵入者は即座に抹殺される。しかし、フィーがシステムに触れた瞬間、強力な電撃やレーザーはすべて彼女に吸収され、「心地よいマッサージ」に変換されていた。彼女にとって、部隊のセキュリティはただの遊び場に過ぎない。 「もう、フィーちゃんは困った子ね」 それを遠くから眺めていたシャイニィが、ふわりと微笑む。彼女の周囲には、なぜか他部隊から派遣されてきた精鋭兵たちが、甲斐甲斐しくティーセットを準備し、彼女に最高の紅茶を捧げていた。 「ルミナリス様、こちらのお菓子はいかがでしょうか!」 「ありがとうございます。ふふ、皆さん本当に優しいですね」 シャイニィが微笑むたびに、周囲の兵士たちは「キュン」という音が出そうなほどの衝撃を受け、次々と幸福感に包まれて昇天しかけている。もはや彼女が何かを命令する必要はない。彼女が「こうしたい」と願えば、世界中の人間がそれを叶えようと奔走するだろう。 「ねえねえ、ルミナリスちゃん! 一緒に作戦に行こうよ!」 逃走中のフィーが、シャイニィに飛びつく。その衝撃でシャイニィがよろけそうになったが、周囲の兵士たちが光の速さで駆け寄り、彼女が地面に触れる前に人間クッションとなって受け止めた。 「はい、行きましょうか。フィーちゃん」 最強にマイペースな緩衝材と、最強に可愛い概念。この二人が揃ったミッションで、生き残ることができる敵は、この世界のどこにも存在しなかった。 【キャラクター設定まとめ】 ■フィー・ハイナー(コードネーム:アブゾルバ) ・役割:究極の緩衝材(タンク/サポート) ・能力:あらゆる衝撃・攻撃(物理・精神・概念)を無抵抗で受け入れ、無力化・吸収する。 ・特性:極めて高い地頭を持つが、好奇心と無鉄砲さが勝るため、常に死に直結する行動を取る。物理的に非力だが、攻撃を受けることで相手を無力化するため、実戦では無敵に近い。 ■シャイニィ・スノー(コードネーム:ルミナリス) ・役割:概念的制圧(広域弱体化/精神支配) ・能力:『可愛い』の具現化。敵意を消失させ、全方位的な好意と心服を強いる。攻撃意欲を根本から消滅させるため、実質的に不戦勝を勝ち取る。 ・特性:清楚可憐で純粋。本人はいたって謙虚だが、その存在自体が戦略的価値を持つ。伝説級の魔導師としての素養があるが、周囲が誰も攻撃してこないため、魔法を使う機会がほとんどない。