地平まで続くのは、赤黒い絶望だった。燎原。すべてを焼き尽くし、灰さえも許さぬ業火の海。その中心に、彼はいた。 『焚刑兇君』。かつて悪逆の限りを尽くし、不滅の身体を持ってしてもなお、永遠に焼かれ続ける呪われた武神。琥珀色の瞳が、四人の侵入者を捉えた。彼が持つ巨大な薙刀が地を薙ぐ。ただそれだけで、周囲の空気が爆ぜ、火の壁が押し寄せた。 「……ここが、地獄の最果てか」 紺色の羽織をなびかせ、蓮が刀を抜く。その柄に結ばれた桔梗の押し花が、熱風に激しく揺れていた。隣には、冷徹な眼差しで大槌を構える【墓地の聖騎士】。後方では、碧の隻眼に憂いを宿した老紳士、キルケゴールが静かに杖をつき、そして最前線で不敵に笑うのは、オッドアイの少年、虎井伝十だった。 「さあ、始めようか。僕を証明するための最高の舞台だ!」 伝十が地を蹴る。右手のトライデント【晴天】が閃光となり、左腕の触手【禍殃】が地表を這い、瞬時に武神の足元へ潜り込んだ。しかし、武神は動じない。スキル《気焔万丈》が発動し、薙刀の一振りで周囲を焼き飛ばす。爆炎が伝十を飲み込もうとした瞬間、鋭い鐘の音が戦場に鳴り響いた。 ――ゴォォォォォン!! 【死ねぬ屍達/祝福あれ】。聖騎士が放った神託《生与》が、領域を塗り替える。死を否定された空間。たとえ肉体が炭となり、魂が焼かれようとも、彼らは「死ぬこと」を禁じられた。それは救いではなく、終わりのない苦痛を強いる残酷な祝福だった。 「死なせてはくれぬ。今はただ、この地獄を生きろ」 聖騎士の無機質な声が響く。その隙に、キルケゴールの【浄化の春風】が猛烈な突風となって業火を押し返した。風化の力が炎の勢いを削ぎ、武神の視界を奪う。 「……悲しい戦いだ。だが、あなたを止めることもまた、私の祈り」 キルケゴールが杖を掲げ、奥義【風の楔】を展開する。渦巻く颶風が武神の巨躯を拘束し、一時的にその動きを封じた。ここが好機だ。蓮が地を蹴る。不器用なまでに真っ向から、あらゆる熱波に耐え、皮膚を焼かれながらも前進する。 「俺は……負けられないんだ! 再会するまでは!」 【不退:風花之陣】。超高速の抜刀術が、風に乗り武神の懐へと潜り込む。しかし、武神は冷酷に微笑んだ。スキル《如火如荼》。攻撃を見切り、同時に反撃の薙刀が蓮の肩を深く裂いた。 「がっ……!」 だが、聖騎士の鐘が鳴り続けている。蓮は肩を裂かれながらも、死ねない。痛みだけが鮮明に残り、それでも彼は立ち上がる。その泥臭い執念が、武神の琥珀色の瞳にわずかな波紋を与えた。 戦いは泥沼化した。伝十が【禍殃】を壁に変えて爆風を防ぎ、【晴天】の乱打で武神の装甲を削る。聖騎士が大槌で地面を叩き、物理的な衝撃で武神の体勢を崩す。キルケゴールが風の刃で絶え間なく牽制し、隙を作る。そして蓮が、何度も、何度も、絶望的な攻撃に耐えながら斬撃を繰り出した。 武神は怒りに任せ、《活火激発》を放つ。地面に突き立てられた薙刀から、世界を塗りつぶすほどの巨大な爆発が巻き起こった。四人は一瞬で白光に包まれ、肉体が消失し、灰となった。 ……だが、鐘は鳴っていた。 焼かれた灰の中から、彼らは強引に「生」へと引き戻される。皮膚が再生し、肺に熱風が戻り、再び絶叫と共に意識が覚醒する。地獄のようなループ。だが、彼らは諦めなかった。死ねないのなら、勝つまで戦うだけだ。 武神は自身の身体をさらに燃え上がらせた。スキル《如蛾赴火》。自らを苛む炎を力に変え、攻撃を致命的なものへと昇華させる。その一撃が、聖騎士の鐘付き大槌を粉砕し、彼の胸を貫いた。 「…………」 聖騎士は無表情のまま、貫かれた胸から血を流し、それでも鐘を鳴らし続けた。彼が止まれば、全員が死ぬ。彼は自らの命を、仲間の「生存」という呪いに捧げた。 「今だ!!!」 伝十が【禍殃】を槍に変え、武神の心臓へと突き刺す。同時にキルケゴールが最大出力の颶風を巻き起こし、武神の逃げ道を塞いだ。そして、すべての想いを乗せた蓮の一閃が放たれる。 【花誓:桔梗之陣】。 迷いなき超高速の一刀。それは武神の不滅の身体を、魂ごと両断した。紅の炎が激しく爆ぜ、武神の身体が崩壊していく。 しかし、絶望はそこで終わらなかった。スキル《薪尽火滅》。 武神は消滅の間際、嘲笑を浮かべた。自身の死をトリガーとし、微かな火種を世界に放つ。それは瞬時に《星火燎原》となり、戦場全体を飲み込む絶大な消滅の炎へと変貌した。聖騎士の鐘が止まった。死の否定が解け、本物の「終焉」が訪れる。 「……ここまで、か」 キルケゴールが静かに目を閉じる。伝十は満足げに、自分の手が消えていくのを眺めていた。蓮は、柄の桔梗にそっと触れた。 すべてが白に染まる。後に残ったのは、誰もいない灰の原野と、静かに転がる煤色の鎧の破片だけだった。 【死亡者】 ・墓地の聖騎士:焚刑兇君の致命撃および【薪尽火滅】による消滅 ・虎井 伝十:【薪尽火滅】による全身焼失 ・殉教のキルケゴール:【薪尽火滅】による全身焼失 ・蓮:【薪尽火滅】による全身焼失 ・焚刑兇君:【花誓:桔梗之陣】による両断および【薪尽火滅】の自爆による消滅