灼熱の地獄、陽炎の迷宮。レンチ街からガンドルド鉱山へ向かう95kmの道のりは、もはや物理的な距離ではなく、生存への絶望的なカウントダウンへと変貌していた。 空はどこまでも青く、突き抜けるような晴天だ。しかし、それは慈悲ではなく残酷な処刑人の貌をしていた。太陽は容赦なく大地を焼き、地表からは陽炎が激しく立ち昇り、視界を歪ませている。現在の気温は55℃。人間が生存できる限界をとうに超えた環境の中、巨大な要護衛艦は時速10kmという、歩くよりも遅い速度で砂塵を上げて進んでいた。 艦の操縦席では、二十歳の女性、フェアが額から滴る汗を拭いながら、必死に操縦桿を握っていた。彼女は持ち前の明るさと元気さで、絶望的な状況にあっても「大丈夫!きっと着けるよ!」と叫んでいたが、その声には隠しきれない疲労が混じっていた。艦内には35tもの石油が積まれている。この猛暑の中、それは巨大な火薬庫を抱えて歩いているに等しい。 護衛に就いたメンバーは、あまりにもバラバラだった。 アロハシャツにサングラスという、この暑さに最適化した格好の改造人間・セミ丸。彼は蝉の因子を持つため、この熱さえも心地よいと感じている唯一の存在だった。 「チッ……どいつもこいつも、暑さでヘロヘロしやがって。見てらんねぇぜ」 彼は不機嫌そうに吐き捨てながらも、鋭い目つきで周囲を警戒していた。 その隣では、元魔王の犬獣人、魔王くんがもふもふの耳を垂らして、ぐったりと地面に伏せていた。 「あついよぉ……。もうむりぃ……。だれか、ひんやりしたおやつ、ほしいなぁ……」 知能が低下し、幼い口調になった彼は、もはや戦力というよりは「守られるべきマスコット」と化していた。しかし、その圧倒的な愛らしさは、絶望的な状況にある同行者たちの精神的な支え(あるいは、守らねばならないという義務感)になっていた。 そして、電流放送局から派遣された配信者チーム。ルネェ、クシィ、レケ、アゼラの四人は、この極限状態さえも「コンテンツ」として捉えていた。 ルネェは露出度の高いメイド服で、汗ばんだ肌を惜しげもなく晒しながらカメラに向かって微笑む。 「さぁて♡ 皆様、見てくださいこの絶景♡ 地面が溶けそうですよぉ♡」 クシィは地雷系ファッションに身を包み、骸骨の髪飾りを揺らしながら、冷徹な瞳で周囲を観察していた。 「ふふ、この状況で誰かが裏切ったら……最高にスカッとする復讐配信になりますね」 一方、レケは止まらない。止まらないのだ。 「皆様!見てくださいこの陽炎を!実に素晴らしい!科学的に言えば、これは地表付近の空気が熱せられ、上空の冷たい空気との温度差によって光が屈折する現象なのですが、この状況下での屈折率は通常よりも高く、あたかも水面が広がっているかのような錯覚を……(中略)……というわけで、この状況における精神的疲労と肉体的消耗の相関関係について、ぜひ同行者の皆様に取材させていただきたいと考えておりまして!お忙しいところ恐縮ですが、今の心境を1000文字程度で語っていただけませんか!?」 「……うるさい。黙れ。BANするぞ」 マネージャーのアゼラが、片手で大量の書類を処理しながら、冷徹にレケを切り捨てた。彼女の目はすでに血走っていたが、マルチタスク能力だけで正気を保っていた。 だが、この一行には「不純物」が混じっていた。正体は、ルヴェリウム星人の過激派、ファヴィスだ。彼女は金属板で全身を覆い、異星の言語で毒づいていた。 「ルヴァ、ズェ、ヴェルズァル!ルヴラギャズェルス!」 (訳:諸君、我々は今、此処を襲撃する!私達の名において!) 彼女の目的はシンプルだった。この要護衛艦をハイジャックし、積載された石油を爆破して、この星に絶望を振りまくこと。彼女にとって、この暑さは大した問題ではない。むしろ、金属板の外装が熱を帯びる快感さえあった。 旅が始まって数時間後、異変が起きた。 地平線の彼方から、陽炎が凝固したような、実体のない「影」が押し寄せてきた。それはルールによって定められた、陽炎の敵だった。数億という、数えきれないほどの陽炎の群れが、波のように艦を包囲する。 「敵襲だ!!」 セミ丸が叫び、変身した。人と蝉が融合した不気味な姿へと変わり、超高速の移動で陽炎の群れに斬り込む。しかし、刃は虚しく空を切った。攻撃しても、そこに触感はない。陽炎だからだ。 ルネェやクシィも武器を手に取り、レケは散弾銃「クラッカー」を乱射したが、弾丸はすべて陽炎を透過し、後方の砂漠に消えていった。 「無駄よ!攻撃が効かないわ!」 アゼラが叫ぶ。だが、陽炎の敵は攻撃こそ緩慢だが、触れられた場所から体力を奪い、精神を蝕む。55℃の気温に、陽炎による精神的な疲労が加わり、メンバーたちは次々と脱水症状に陥っていった。 そして、運命の瞬間が訪れる。 ファヴィスが動いた。彼女は三十六本の触手をうねらせ、軍事違法熱光線機関銃「グヴェシルヴァ」を、護衛艦の底辺、ちょうど石油タンクがある位置に向けて放った。 「ルヴラッ!!」 凄まじい光線が艦を貫通する。しかし、陽炎の敵の攻撃に気を取られていたため、誰も彼女の裏切りに気づかなかった。光線が石油タンクに直撃した瞬間、艦内は地獄と化した。 35tの石油が、55℃の環境下で一気に引火。大爆発が起こる。 ドォォォォォォン!!! 横2km、縦1kmの巨大な艦は、一瞬にして巨大な火だるまとなった。熱光線による穴から酸素が供給され、内部で爆燃が起こり、艦はもはや操縦不能な「空飛ぶ火葬場」へと変貌した。操縦者のフェアは、爆風に巻き込まれ、操縦席から吹き飛ばされた。 さらに、最悪のタイミングで気温が急上昇した。88℃。そして98℃へ。 もはや呼吸をするだけで肺が焼ける。水も尽き、メンバーたちは熱中症と脱水症状で意識を失い始めていた。 「あつい……あついよぉ……」 魔王くんは、もふもふの毛が焦げ付き、白目を剥いて倒れた。彼はあまりにも弱すぎた。戦う前から、この気温だけで限界だったのだ。 ルネェ、クシィ、レケ、アゼラの配信チームは、互いに支え合いながら逃げ出そうとしたが、足元の砂漠はすでに溶岩のように熱くなっていた。レケは最期まで「この状況をどう実況すべきか」を語ろうとしたが、喉が完全に焼けて声が出なくなった。アゼラは最後までマネージャーとして、メンバーを誘導しようとしたが、熱射病により意識を喪失。ルネェとクシィも、互いの手を握ったまま、静かに意識を失った。 セミ丸だけは違った。彼は「夏適性」を持っていた。灼熱の太陽さえも、彼にとっては活力の源だ。彼は燃え盛る艦から、気絶したフェアを抱きかかえ、脱出した。 しかし、そこへファヴィスが襲いかかる。彼女は惑星破壊規模の爆発物「ズィアヴァト」を起動させようとしていた。しかし、彼女には計算違いがあった。ルヴェリウム星人の身体は、放射線に弱く、極度の高熱下で金属外装が過熱しすぎると、内部の粘液が沸騰するという弱点があったのだ。 「ル……ルヴァ……!?(な、なんだこの熱は……!?)」 気温98℃。さらに石油の爆発による局所的な超高温。ファヴィスの金属外装は赤く焼け、内部の橙色粘液が沸騰し、彼女は自らの外装の中で「蒸し焼き」になった。絶叫さえ上げられず、彼女はドロドロに溶け、砂漠に染み込んだ。 静寂が訪れた。 あたりを見渡すと、そこには焼け焦げた巨大な艦の残骸と、熱に焼かれて事切れた人々、そして意識を失ったフェアと、それを抱えたセミ丸だけが残されていた。 セミ丸は、自分のアロハシャツがボロボロになっていることに気づき、舌打ちした。 「……クソが。結局、俺だけかよ」 彼は、意識を失っているフェアを抱え、ゆっくりと歩き出した。ガンドルド鉱山まではまだ遠い。だが、彼にとってこの暑さは心地よい。彼は、生き残った唯一の人間(に近い存在)として、絶望的な荒野を歩き続けた。 【結果:護衛失敗】 要護衛艦:大破・炎上(石油爆発およびファヴィスの攻撃による) 【生存・死亡状況】 ・操縦者フェア:生存(セミ丸に救出されたため。が、重度の熱中症とショック状態で意識不明) ・セミ丸:生存(夏適性により、唯一この環境に適応していたため) ・ファヴィス:死亡(外装の過熱による内部沸騰・自壊) ・魔王くん:死亡(低すぎる耐久力と、極限の高温による熱中症・脱水症状) ・ルネェ:死亡(熱中症および脱水症状) ・クシィ:死亡(熱中症および脱水症状) ・レケ:死亡(熱中症および脱水症状) ・アゼラ:死亡(熱中症および脱水症状) 荒野に、ただ蝉の声だけが、うるさいほどに響き渡っていた。