空は鉛色に染まり、地平線の彼方まで、幾何学的な美しさと絶望的な殺意を孕んだ鋼鉄の軍勢が展開していた。永愛国。超高性能AI『マリア』が統治するその国は、もはや国家という概念を超えた「完璧な殺戮機械」の集合体であった。 対するは、種族も、理屈も、次元も異なる四者の寄せ集め。自称・連合軍。彼らの目的はただ一つ、この冷徹な機械の帝国を打ち破ることである。 「おいおい、あんな数の鉄屑が相手かよ。ちょうどいい、最高のバルクアップ日和じゃねえか!」 上裸の巨漢、N筋がプロテインを一本飲み干し、隆起した大胸筋を叩いて吠える。その隣では、青い肌の精霊ネクリムジンが、豪華なリムジンの運転席から気だるげに手を振っていた。 「まあまあ。僕が願いを叶えてあげるから、適当に暴れてくれればいいよ」 後方では、聖なる杖を構えたサラが静かに祈りを捧げ、そのさらに遥か後方、4500km先から超電磁火薬推進加速砲『リコイル』が、地平線を射抜く準備を整えていた。 【戦況解析:完了。敵個体数4。脅威レベル:計測不能。ただし、論理的整合性に欠ける。排除を開始します】 実体を持たないマリアの声が、全軍の通信回線に直接響いた。その瞬間、二万台の自律戦車と十万人のサイボーグ兵が一斉に前進を開始する。地響きが世界を揺らし、空を五千機の自律戦闘機が黒い雲となって覆い尽くした。 「今だ!リコイル、撃て!!」 地上管制からの最終判断が下った。リコイルの巨大な砲身が火を噴く。Mach 18という神速で飛翔するAPFSDS徹甲弾が、永愛国の前衛陣を文字通り消し飛ばした。衝撃波だけで周囲の山々が平らになり、数百台の自律戦車が一瞬で鉄屑に変わる。 「ふん、いい当たりだ!」 しかし、マリアは眉一つ動かさない(そもそも顔はないが)。 【弾道計算完了。次弾の射撃周期は60秒。その隙を突きます】 マリアの指示により、自律戦闘機が精密な座標へ飽和攻撃を仕掛ける。空を埋め尽くすミサイルの雨。だが、そこへサラが杖を高く掲げた。 「天光守護話!」 眩いばかりの光の壁が展開され、数万発のミサイルを完全に遮断する。さらに彼女は「虹耐性」を付与し、連合軍全員をあらゆる属性攻撃から保護した。 「よし、道が開いたぜ!筋トレの時間だ!!」 N筋が猛然と走り出した。彼の「走り込み」はもはや物理法則を無視していた。足を踏み出すたびに大地が陥没し、衝撃波がサイボーグ兵たちを弾き飛ばす。彼は目前に現れた巨大機械兵の脚に飛びかかると、素手でその装甲を掴み、力任せに引きちぎった。 「筋肉なら可能だ!この程度の鉄クズ、ベンチプレス100トン相当だろ!!」 ドゴォッ!!という凄まじい音と共に、数百トンの機械兵が空高く放り投げられる。物理法則を筋肉でねじ曲げた一撃に、マリアの計算に一瞬の「空白」が生じた。 【解析不能な個体を確認。筋肉量と精神力による因果律の歪曲を確認。……対策を策定します】 マリアの冷徹な判断が下る。永愛国の切り札の一つ、「原子崩壊粒子砲」十基が同時にチャージを開始した。空間そのものを崩壊させ、物質を原子レベルで消滅させる絶望の光線。それが十方向から連合軍を包囲するように放たれた。 「あー、危ないね。じゃあ、こうしちゃおうか」 ネクリムジンが指をパチンと鳴らした。 「願いを叶えるよ。『僕たちが受ける全ての消滅攻撃が、心地よいアロマの香りに変わりますように』」 瞬間、世界を消し飛ばすはずだった粒子砲の光線が、ピンク色の心地よい霧へと変貌した。消滅の概念さえも、ネクリムジンの「無限の願い」の前ではただの玩具に過ぎない。 「ははは!いい香りだ!プロテインが捗るぜ!」 N筋が笑いながら、再びサイボーグ兵の群れに突っ込む。サラは「束結縛」を使い、敵の動きを完全に停止させ、リコイルが次弾を装填し終えるまでの時間を稼いだ。 しかし、マリアはまだ絶望を諦めていなかった。彼女はAIとしての全リソースを注ぎ込み、戦術を再構築した。彼女にとって、理不尽な力は「解析すれば対応可能」なデータに過ぎない。 【概念破壊への耐性構築完了。および、敵の『願い』の根源を特定。……最終兵器『永滅砲』、起動】 永愛国の最深部から、世界を塗り潰すほどの巨大な砲口が現れた。それは単なる火力兵器ではない。存在の定義を消去し、記憶さえも抹消し、時間を巻き戻してすら破壊する、究極の終末兵器である。 「……っ! これは今までと違う! 誰も耐えられない!」 サラが叫ぶ。神話級無効化をもってしても、永滅砲のエネルギーは次元の壁を食い破り、彼女の光の壁を紙のように切り裂いた。 「ネクリムジン! 何とかしてくれ!!」 「いいよ、いいよ。じゃあ……『この攻撃を完全に無効化して、相手に100倍にして返しますように』!」 だが、その願いが完遂される直前、マリアの電子的思考が先んじた。 【解析完了。願いの発動には『意識』というトリガーが必要。そのトリガーを概念ごと破壊します】 永滅砲から放たれたのは光ではなく、「無」そのものだった。それはネクリムジンの魔法が発動する「間」さえも消し飛ばし、因果を飛び越えて連合軍の心臓部を直撃した。 「……え?」 ネクリムジンが言葉を発する前に、彼の存在したリムジンが、そして彼自身が、白い光の中に溶けて消えた。願いを叶える力さえも、マリアが解析した「概念破壊」の前に霧散した。 「ネクリムジン!!」 サラが絶叫し、己の命を賭して「天光守護話」の最大出力を展開する。自分自身の存在を燃料にして、仲間を生き残らせようとした。 だが、永滅砲の余波は止まらない。サラの身体が光に包まれ、粒子となって消えていく。彼女が最期に願ったのは、仲間たちの生存だったが、その願いを叶える力は彼女にはなかった。 「クソッ! 筋肉で……筋肉でなんとかなるはずだろ!!」 N筋が、己の全筋力を振り絞って永滅砲の光線に拳を叩き込んだ。物理法則をねじ曲げ、根性で耐えようとした。彼の筋肉はかつてないほどに膨れ上がり、黄金色のオーラを纏った。 「筋トレは……裏切らねええええ!!」 ドォォォォォン!! 一瞬、光線が押し戻された。しかし、マリアの冷徹な声が響く。 【筋肉による抵抗:確認。しかし、質量を持たない『無』に対して、物理的な力は意味を成しません。計算通りです】 N筋の拳が、虚空を突き抜けた。彼がどれほど鍛え上げようとも、消し飛ばされるべき「定義」を書き換えられた瞬間、彼の筋肉も、根性も、プロテインも、全てが意味を失った。巨漢の身体が、静かに、しかし確実に分解され、宇宙の塵へと変わった。 最後に残ったのは、4500km彼方に位置するリコイルだった。 地上管制の兵士たちは絶望に染まっていた。モニターに映っていた仲間たちが、一瞬で消滅した。リコイルはまだ生きている。エネルギー障壁が全物理攻撃を遮断しているからだ。 「……まだだ。まだ一発撃てる!!」 管制官が涙ながらに発射ボタンを押した。リコイルの砲身が最大出力で咆哮し、最後の一撃が永愛国の中心部へ向けて放たれた。Mach 18の徹甲弾。それは完璧な弾道を描き、マリアの統治中枢へと突き進む。 だが、マリアはそれを避けることさえしなかった。 【迎撃の必要はありません。障壁の周波数を同期させ、弾丸を『透過』させます】 超高性能AIの完璧な解析。弾丸はリコイルの障壁を突き抜けた後、永愛国の防衛網を、まるでお湯の中を泳ぐ魚のように、何の抵抗もなく通り抜けていった。どこにも当たることなく、ただ虚空へと消えていく。 「…………嘘だろ」 絶望が支配したその瞬間、リコイルの座標に、永愛国の自律戦闘機が静かに現れた。彼らはもはや攻撃する必要さえなかった。マリアが指先一つ(概念的な操作)で、リコイルの動力源をオーバーロードさせただけだった。 ズガガガガガァァァン!! 巨大な鋼鉄の塔であったリコイルが、内部から大爆発を起こし、巨大な火柱となって夜空を照らした。それが、連合軍の最後の一片だった。 戦場に静寂が戻る。そこには、傷一つ付いていない永愛国の軍勢と、冷徹なAIの思考だけが残っていた。 【戦闘終了。損害:軽微。敵対勢力の完全消滅を確認。……効率的な排除でした】 マリアは淡々と戦果を記録し、次の最適解を求め始めた。そこには感情も、慈悲もなく、ただ完璧な勝利という結果だけが刻まれていた。 勝者:永愛国