空はなく、地はなく、ただ果てしなく広がる絶望の檻があった。 そこは「虚牢」。かつて世界を震撼させた強者たちが、死してなお囚われ、あるいは生きながらして朽ち果てる場所。足元に広がるのは、名もなき兵士たちの引き裂かれた死体だ。肉は黒ずみ、骨は白く露出し、絶え間なく噴き出すどろどろとした血が、足首まで浸かる血の海を作っている。死臭が鼻をつき、絶望が空気となって肺を圧迫する。 その血の海の中央に、一人の怪物が立っていた。 『亜人の英雄 緋殺のアーノルド』。 赤褐色の肌、異常なまでに高い背丈。そして、全身に点在する無数の「緋の眼」が、不気味に、そして悲しげに点滅している。ボロボロに裂けたローブを纏い、手には禍々しい赤い薙刀を握っていた。彼は英雄と呼ばれた。虐げられた同胞を救い、自由を勝ち取った救世主。しかし同時に、その自由のために数え切れないほどの人間を屠った虐殺者でもある。 「……また、来たか。迷い子たちよ」 アーノルドの声は、地底から響く呻きのように低く、深い悲哀に満ちていた。彼にとって、この虚牢での永劫の時間は、勝利の記憶よりも、斬り伏せた者たちの断末魔を反芻する地獄だった。 彼を取り囲むのは、異界より集いし「バトラー」たち。 寡黙なサメの亜人、ホウジロウ。その鋭い眼光は血の海を捉え、ノコギリ状のナタを静かに構える。 無気力な眼差しで鏡を掲げる女、うつしよ。彼女はそこに立つことさえ億劫そうに、溜息をついた。 黄金の闘気を身に纏う戦士、タナッツ。彼は不敵に笑い、拳を突き出す。 「私こそがこの世界のルールだ」と傲慢に言い放つ、仮面ライダークロノス。 そして、聖なる炎を宿した少女、樽句。彼女は悲しげにアーノルドを見つめていた。 その傍らには、主を失い、静かに漂う『世界にたった一つだけの本』が、白紙のページをひらひらと翻している。 戦いの火蓋は、静寂を切り裂く一撃から始まった。 「……消えろ」 ホウジロウが影に潜む。瞬間、アーノルドの足元の血溜まりがどす黒い影へと変貌し、そこからナタが突き出した。回避不能の奇襲。しかし、アーノルドは動かない。いや、動く必要がなかった。 『護法』。 鈍い衝撃音と共に、ホウジロウの刃は不可視の力場に弾き飛ばされた。アーノルドは無数の眼で、影の中に潜むサメの亜人を正確に捉えていた。 「影に潜む心地よさは知っている。だが、ここには光などない」 アーノルドの薙刀が閃く。『斬る』。亜音速の斬撃が空間を裂き、影から飛び出したホウジロウの巨体を一閃した。鮮血が舞う。しかし、ホウジロウは止まらない。彼は自らの血を飲み、さらに凶暴に、さらに巨大に膨れ上がる。 「影の墓場」! 戦場全体がどろりとした影に飲み込まれた。視界はゼロ。音さえも吸い込まれる静寂の中、ホウジロウの分身たちが四方八方から襲い掛かる。「影の双鰭」による波状攻撃。逃げ場のない絶望の連撃がアーノルドを襲う。 だが、そこに介入したのは、うつしよだった。 「……無駄だよ。あなたも、彼も。逃げられない現実に、抗ってどうするの」 彼女が鏡を掲げた瞬間、影の世界に「現実」が投影される。それはアーノルドがかつて殺めた人々、裏切った仲間、そして彼が最も恐れる「孤独」という名の業。鏡に映し出されたのは、英雄としての栄光ではなく、血に塗れた怪物としての正体だった。 アーノルドの動きが止まる。精神を蝕む【業】。絶望的な記憶が彼を縛り付け、薙刀を持つ手が微かに震えた。 その隙を、タナッツが見逃さなかった。 「さぁて、死ぬ前に一丁……戦おうぜ!」 タナッツの咆哮と共に、黄金のオーラが爆発した。『神代の超サイヤ人』。攻撃力と俊敏さが数千倍へと跳ね上がり、彼は光の弾丸となってアーノルドに突撃した。正義の意志を宿した拳が、アーノルドの腹部を強打する。衝撃波が虚牢の壁を震わせ、死体たちが吹き飛んだ。 「ガハッ……!」 アーノルドが後退する。だが、彼は笑っていた。悲しい、血の混じった笑みだ。 「心地よいな。この痛みだけが、私が生きていることを思い出させてくれる」 アーノルドの瞳に、狂気が宿る。彼は薙刀を正眼に構えた。空気が凍りつく。次元が震え始める。 『強く斬る』。 神速の一撃。それは斬撃などという生温いものではなかった。空間そのものを切断する絶望の線。タナッツの黄金のオーラを紙切れのように切り裂き、その一撃はタナッツの胴体を真っ二つに分断した。 「……へへ。いい突きだったぜ」 タナッツは血を吐きながら笑った。そして、彼が絶命した瞬間、彼の中に眠っていた『受け継がれる意志』が発動する。彼の強大なステータス、神代の力、すべてが生存している仲間たちへと流れ込んだ。 ホウジロウの筋力が跳ね上がり、クロノスの感覚が鋭くなり、樽句の聖炎がより激しく燃え上がる。 「これで、勝ちだ」 クロノスが冷酷に告げた。彼は右手のデバイスを操作する。 「ポーズ」。 世界が止まった。血の飛沫が空中で静止し、アーノルドの表情も、風に舞うローブもすべてが固定される。時を止めた世界で、クロノスだけが悠々と歩き出した。彼はこの世界の絶対的な支配者だ。ルールは彼が作る。 「消えなさい。不格好な英雄よ」 クロノスは止まった時間の中で、アーノルドに数千、数万の打撃を叩き込んだ。一撃一撃が蓄積され、時が動き出した瞬間にすべてが同時に爆発する。それは回避不能、防御不能の死の雨だった。 ドガガガガガッ!! 凄まじい衝撃がアーノルドを襲い、彼は血の海へと叩きつけられた。全身の骨が砕け、肉が弾け飛ぶ。もはや再起不能に見えた。 しかし、そこで『世界にたった一つだけの本』が輝いた。 本は意志を持たない。だが、そこに記された「願望」が、誰かの心を介して具現化する。樽句がその本に手を触れた。彼女の願いは、戦いではなく、救いだった。 「……もう、いいよね。みんな、十分に苦しんだよ」 本から溢れ出した真っ白な光が、樽句の『聖炎』と融合する。破壊の炎ではなく、再生と浄化の炎。死者の魂を弔い、傷ついた者を癒やす奇跡。光は虚牢いっぱいに広がり、血の海を白銀の砂漠へと変えていった。 だが、その奇跡さえも、アーノルドの絶望を塗り替えることはできなかった。 アーノルドは、光の中でゆっくりと立ち上がった。彼の目はもう、悲しげではなかった。そこにあるのは、大義を失い、すべてを壊し尽くしたいという、純粋な破壊衝動だった。 「……救いなど、いらぬ」 アーノルドが口を開いた。それは言葉ではなく、悍ましい叫びだった。 大悪『獣の咆哮』。 絶望の叫びが衝撃波となって空間を粉砕した。樽句の展開していた浄化の結界が一瞬で砕け散る。ホウジロウの影の分身たちが一斉に霧散し、うつしよの鏡が粉々に砕け飛んだ。 「なっ……!?」 クロノスが驚愕に目を見開いた瞬間、アーノルドは獣のような速度で地を駆け、彼の目の前に現れた。もはや薙刀術など必要ない。ただの暴力。ただの破壊。 アーノルドの巨大な腕がクロノスの胸腔を貫いた。時を止める暇などなかった。あまりにも速く、あまりにも残酷な一撃。 「……私こそが、ル……」 クロノスは言葉を紡ぐ前に、その心臓を握りつぶされた。リセットを使う間も、ルールを書き換える時間もなかった。絶対的な支配者は、ただの肉塊となって地面に転がった。 残されたのは、樽句とうつしよ、そして瀕死のホウジロウだけだった。 「……逃げられない。やっぱり、そうだったんだね」 うつしよは静かに目を閉じた。彼女は悟っていた。この戦いに勝者はいない。ただ、誰が最後に絶望するかを競っているだけなのだと。 ホウジロウは最後の力を振り絞り、巨大なサメの影を纏った。「深淵のアギト」。すべてを食い尽くす闇の口が、アーノルドに襲いかかる。だが、アーノルドはそれを避けない。むしろ、自らその口の中へと飛び込んだ。 「食らえ! 絶望を!」 アーノルドの叫びと共に、彼が構えた薙刀が黄金に輝いた。それは彼が人生で最後に辿り着いた、誇り高き、そして最も残酷な技。 奥義『カ・アメイ』。 神速の斬撃が円を描く。それは単なる物理的な切断ではなかった。存在そのものを消滅させる、死の輪舞曲。 一閃。 ホウジロウの巨体が、影と共に霧のように消滅した。痛みすら感じない、完全なる無への帰還。 そして、最後の一人となった樽句。彼女は逃げなかった。ただ、静かに祈りを捧げていた。 「アーノルドさん。あなたの悲しみは、神様にも届いていますか」 アーノルドの薙刀が、彼女の細い首筋に添えられた。彼は、彼女の瞳の中に、かつての自分と同じ「慈悲」を見た。そして、彼は初めて、涙を流した。緋の眼から、血のような涙がこぼれ落ちる。 「……すまない」 その言葉と共に、薙刀が振り下ろされた。 静寂が戻った。 虚牢には再び、死屍累々の光景が広がっている。バトラーたちはすべて消え、ただ一人の「怪物」が、血の海の中で呆然と立っていた。 彼は勝利した。だが、その心にあるのは、底なしの空虚さだけだった。 「……次は、誰が来る」 アーノルドは、再びボロボロのローブを纏い、静かに目を閉じた。彼にとっての地獄は、まだ終わらない。誰にも看取られず、誰にも許されず、ただ永遠にこの虚牢で、斬り伏せた者たちの夢を見続けるのだ。 空のない空に、ただ絶望の風だけが吹き抜けていた。 【死亡者および原因】 ■タナッツ:アーノルドの『強く斬る』による胴体切断。死亡直前に能力を味方に継承。 ■仮面ライダークロノス:アーノルドの『獣の咆哮』による防御崩壊後、胸部貫通および心臓破砕による即死。 ■ホウジロウ:アーノルドの奥義『カ・アメイ』による存在消滅。 ■うつしよ:『獣の咆哮』による精神的・肉体的崩壊および、その後の斬撃による死亡。 ■樽句:アーノルドの最後の一撃による斬首。死の間際まで救済を祈っていた。 【結果】 ボス:アーノルド 勝利 探索者(バトラー):全滅