紅葉が山肌を真っ赤に染め上げる秋の深山。そこには、世俗から切り離されたようにひっそりと佇む老舗旅館「栄愛之湯」があった。 チームAのサミュエルとリンネ、そしてチームBの梢と桜。目的こそ違えど、彼らは導かれるようにこの宿へと辿り着いた。 サミュエルは、その巨躯に不釣り合いなほど静かに、しかし獲物を探す獣のような足取りで山道を歩いていた。一方のリンネは「いやあ、空気が美味いね!」と快活に笑いながら、八極拳の歩法を転用した軽やかな跳躍で険しい道を駆け上がっていた。同時に、戦国から迷い込んだ梢は、慣れ親しんだ山景色に安堵しつつも、周囲を警戒しながら凛とした足取りで進む。そして桜は、季節の移ろいを愛でるように、静かに微笑みながら和装の裾を捌いて歩いていた。 「いらっしゃい。おとうとまとまって来たねぇ」 出迎えたのは、腰の曲がったが眼光だけは鋭い、経営主の婆さんだった。チェックインの手続きを終え、彼らは男女別の大部屋へと案内される。 男部屋では、サミュエルが不機嫌そうに布団に腰掛け、リンネが畳の上で大きく伸びをしていた。 「なあサミュエル、あんまり怖い顔してると、せっかくの温泉が台無しだぜ?」 「……静かにしろ。俺はただ、ここが静かすぎて落ち着かないだけだ」 「ははっ、シリアルキラー様が緊張してるとはな! 俺はもっぱら旅の途中で面白い格闘家と戦うのが趣味なんだけど、あんたのそのフィジカル、いい稽古になりそうだ」 一方の女部屋では、梢と桜が向かい合っていた。梢は甲冑を外し、黒髪を解いて、ふうと溜息をつく。 「このような贅沢な宿、私のいた時代では考えられぬ。……桜殿、貴殿の心根の清らかさは、戦場にあっても揺るがないものと感心しております」 「もったいないお言葉です、梢様。私はただ、この静寂と貴方様の凛としたお姿に心地よさを感じているだけですよ」 二人は、互いの生きた時代や、信じる道について和気藹々と語り合った。戦いの中での矜持、そして女性としてのささやかな願い。異能の有無を超え、女同士の不思議な共鳴がそこにはあった。 そして、運命の夕食後。彼らは最高に贅沢な時間――貸切露天風呂へと向かった。男女別の風呂は、見事な竹垣によって隔てられており、視覚的な遮断はあるものの、風に乗って互いの気配が伝わる構造だった。 「ふぅ……たまらん。この温度、この景色……」 リンネが湯船に身を任せ、サミュエルが黙々と体を洗っていた、その時である。 ――ドォォォン!! 突如として、男風呂の壁を突き破り、正体不明の「何か」が襲撃した。それは、脳と目のみという異形なる存在、チームCの天生であった。天生の放つ殺気と、脳を直接揺さぶるような不快な波動が空間を支配する。 「なんだ、この気味悪い感覚は……!」 サミュエルが反応した瞬間、天生が脳を絞り出した。強力な呪いとデバフが彼らに降り注ぐ。混乱し、方向感覚を喪失したリンネが踏み込んだ瞬間、その強大な脚力による衝撃波が、あろうことか男女を隔てていた竹垣を直撃した。 ガシャァァァン!! 竹垣が全壊し、視界が完全に開ける。そこには、湯船に浸かり、呆然とこちらを見る梢と桜の姿があった。 「なっ……!? 何という破廉恥な!!」 梢が顔を真っ赤にして叫ぶが、状況は最悪だった。天生の攻撃は止まらず、目による精神攻撃が男女双方を襲う。もはや恥じらいに浸っている時間はなかった。生き残るため、そしてこの状況を打破するために、ABチームは即座に共闘を開始した。 しかし、そこは「露天風呂」という最悪の戦場だった。 「死ねッ!」 サミュエルが天生に向けて猛烈な右ストレートを放つ。だが、床に撒き散らされた石鹸の泡に足を取られ、派手に滑った。 「おわっ!?」 巨体がコントロールを失い、勢いそのままに隣にいたリンネに激突。二人は絡まり合ったまま、ドボォォン!と湯船に水没した。 「ちょっと! 危ないですよ!」 桜が扇を振るい、属性の蝶を放って天生を牽制する。しかし、天生の呪いによって「右へ避けろ」という思考が「左へ」に変換され、彼女は不自然な方向に跳ねた。 「きゃっ!?」 バランスを崩した桜が、ちょうど天生を斬ろうと踏み込んでいた梢の背中に衝突。二人の女性はもつれ合い、そのまま濡れたタイル床を滑走して、再び湯船へとダイブした。 「くっ、この状況で……! 恥ずかしいが、今は敵を討つのが先だ!」 梢が水中で身をよじり、鎧通しを抜き放とうとするが、隣で溺れかけていた桜の帯が、運悪く梢の腕に絡みつく。もがけばもがくほど、二人の身体は密着し、密着すればするほど、お互いの肌の温もりと心拍がダイレクトに伝わるという、戦場にあるまじきラッキースケベ状態に陥った。 「ちょ、梢様! 近いです! 近すぎます!」 「黙れ! 離れぬ! 離れぬぞ!」 その混乱の中、リンネが水底から飛び出した。「闘龍の定め」を発動させ、ステータスを5倍に跳ね上げた彼が、水柱と共に天生へ飛びかかる。 「八極拳・砕脚!!」 本来なら岩盤を砕く一撃。しかし、足元が濡れていたため、踏み込みの瞬間に足が滑った。結果、攻撃の軌道が大きくズレ、隣で起き上がろうとしていたサミュエルの後頭部を強烈に蹴り上げた。 「ガハッ!!」 サミュエルが再び湯船に沈み、激しい水しぶきが上がる。もはや戦いというよりは、集団での水遊びに近い混沌。しかし、天生はこの混乱に拍車をかけようとさらに脳を絞り出した。 だが、それが裏目に出た。 呪いで「逆方向」に動かされたサミュエルの拳が、偶然にも天生の本尊である「脳」の核心部分を直撃。さらに、混乱の中でもがいていた梢の鎧通しが、偶然にも天生がリンクさせていた「目」の一つを正確に貫いたのである。 「……ぐっ!」 天生は想定外の物理的衝突の連鎖に翻弄され、最後はリンネの(滑った拍子に放たれた)頂膝が顎(にあたる部分)を捉え、そのまま風呂場の壁まで吹き飛ばされた。Cチームの敗北であった。 静寂が戻った。 湯煙が漂う中、そこには全裸に近い状態で、互いに不自然な体勢で絡まり合い、あるいは呆然と座り込む四人の男女がいた。 「…………」 誰も口を開かなかった。サミュエルは天井を見つめ、リンネは頭を掻き、梢は顔を覆い、桜は静かに溜息をついた。そこには、激しい戦闘の余韻というよりは、「なんてことをしてしまったのか」という、なんとも言えない気まずい空気が充満していた。 彼らは協力して、壊れた竹垣をなんとか応急処置で修復した。そして、怒りで顔を真っ赤にしている婆さんの前に並び、深々と頭を下げた。 「誠に申し訳ございませんでした……!」 その後、それぞれの大部屋に戻った彼らは、布団の中で一人、静かに考え込んでいた。 サミュエルは、自分の人生で初めて「誰かと物理的にぶつかり合って、しかもそれが殺し合い以外だった」という奇妙な感覚に戸惑っていた。リンネは、自分の技がこれほどまでに「滑る」という概念に弱いことを痛感していた。梢は、武士としての誇りと、女性としての羞恥心の狭間で激しく葛藤し、桜は、ふと梢の温もりを思い出し、頬を赤らめていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた彼らは、旅館の門前に集まった。 「……まあ、いい経験だったな」 リンネが軽く手を振る。サミュエルは何も言わずに歩き出した。梢は凛とした表情に戻っていたが、どこか柔らかい雰囲気を纏っていた。 「桜殿。また、どこかの戦場で……いえ、どこかの旅路でお会いしましょう」 「はい。またのお会いを、心待ちにしております」 各自がそれぞれの帰路につく。心の中に抑え込んだ恥ずかしさと、不思議な連帯感。深山の紅葉は、彼らが去った後も、変わらず美しく燃えていた。