「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて!お願い、あのお話!」 膝の上でぴょんぴょんと跳ねる孫に、お婆ちゃんはふふっと優しく微笑みました。部屋には暖かいお茶の香りが漂い、窓の外では夕焼けが空を茜色に染めています。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いい子だからじっとしておくれ。……昔々、あるところに、とっても不思議な魔王様が住んでおったよ。その魔王様には、とても個性の強い二人の部下がいたんだ。一人は、お山よりも大きなワニの『ゴーラ』。もう一人は、いたずら好きのピエロ『ソネット』。二人とも魔王様のことが大好きだったけれど、ある日、そんな二人が『どちらがより魔王様に役に立つか』を競い合うことになったんだよ」 「わあ!大きなワニさんとピエロさんが喧嘩するの?」 「喧嘩というよりは、どちらが強いかを決める『お遊び』のようなものだったねぇ。さあ、物語が始まるよ」 物語の舞台は、どこまでも続く白い砂原でした。そこには、空を覆い尽くすほどの巨大な影が落ちていました。全長95メートルという、想像を絶する大きさを誇るワニ、ゴーラです。 ゴーラは傲慢に、地響きのような声で笑いました。 「ガハハハ!ソネットよ、貴様のような小粒な人間が我に挑もうとは。片手で、いや、一口で飲み込んでやろうぞ!」 対するソネットは、色鮮やかな衣装を身にまとい、顔に白い塗りつぶしのメイクをした不気味なピエロです。彼はひらひらと手を振りながら、軽やかな足取りで答えました。 「いいやいいや、ゴーラさん!大きいだけじゃつまらないよ。僕が君を転がして、面白いおもちゃにしてあげるからね!」 戦いの火蓋は、突然に切られました。 ゴーラはまず、その特技である『異空間魔術』を使いました。空間に黒い穴——ワープホールをいくつも開き、そこから巨大な顎を突き出したのです。ガブッ!ガブッ!と、地形ごと砂原を喰らい尽くすその攻撃は、まさに天災。逃げ場などないはずでした。 しかし、ソネットは余裕の表情を崩しません。「道化師の回避!」と叫ぶと、彼は物理法則を無視した動きで、まるで紙切れのようにひらりと身をかわしました。巨大な口が閉じるたびに、轟音が響きますが、ソネットの足元にはかすり傷一つ付きません。 「おっと危ない!でも、これじゃあ僕が一方的に避けられているだけだ。それじゃあ、賑やかに行こうか!」 ソネットが指をパチンと鳴らすと、『サーカス団!』の合図と共に、巨大なサーカステントが空から舞い降りました。そのテントの入り口から、次から次へと奇怪な魔物たちが溢れ出します。牙を持つ猛獣、空飛ぶ奇妙な魚、笑いながら襲いかかる人形たち。彼らが一斉にゴーラの巨大な体に飛びかかりました。 「小癪な!こんな虫ケラどもが我の肌に触れていいと思うな!」 ゴーラは激昂し、異空間から完全にその巨体を現しました。そして、彼が最も得意とする必殺技、『デスロール』を開始したのです。高速で回転しながら、巨大な身体を円筒状のドリルに変えて突き進むこの攻撃は、あらゆるものを粉砕し、同時に喰らい尽くします。 「ガアアアア!全て喰らえ!!」 凄まじい回転に巻き込まれ、ソネットが召喚した魔物たちは一瞬で肉片へと変わり、ゴーラの胃袋へと消えていきました。地面は円柱状に深く抉れ、砂原は地獄のような光景に変わりました。 「あはは!すごい回転だ!本当に面白いね!」 ソネットは笑いながら、今度は『ダンスタイム!』を発動させました。一人のソネットが、十人に、百人に、そして千人に分身します。数え切れないほどのピエロたちが、ゴーラの周囲をぐるぐると踊るように回り始めました。 「なっ……!? 分身だと!? どこにいる、どこにいるのだ!」 ゴーラが混乱して右へ左へ顎を振りますが、分身たちは煙のように消えては別の場所に現れます。その隙に、ソネットは『すごいポケット!』から、見たこともない巨大なナイフや爆弾、さらには奇妙な鎖を次々と取り出し、ゴーラの皮膚に突き刺しました。 しかし、ゴーラには『悪食』の能力がありました。ソネットが投げつけた武器や、攻撃によって受けたダメージさえも、彼は先ほど食べた魔物たちのエネルギーに変換し、瞬時に再生させたのです。傷がついたかと思えば、次の瞬間には元のツルツルとした皮膚に戻っています。 「無駄だ!我は不滅の魔王様の加護を受けている!精神攻撃も魔法も効かぬし、食えば食うほど強くなるのだ!」 ゴーラは自信満々に、再びデスロールを繰り出そうと身体を丸めました。しかし、その瞬間です。ソネットの目が、いたずらっぽく輝きました。 「ねえ、ゴーラさん。君ってば、いつもお腹が空いているんだよね?」 「……っ! 何を言うか!」 「だったら、もっと『美味しいもの』をあげるよ。僕のポケットにはね、無限に膨らむ不思議な風船があるんだ」 ソネットがポケットから取り出したのは、小さな、けれど不気味な紫色の風船でした。彼はそれを、ゴーラが大きく口を開けた瞬間に、狙いすましたように放り込みました。 「ガブッ!」 ゴーラはそれを一口で飲み込みました。しかし、これがソネットの計算でした。飲み込まれた風船は、ゴーラの胃袋の中で急激に膨張し始めたのです。それはただの空気ではなく、『底なしの食欲』を持つゴーラの胃袋を逆手に取り、内側から無限に膨らみ続ける特殊な魔道具でした。 「ぐ……がはっ!? なんだ、この感覚は! お腹が……お腹が破裂しそうだ!」 ゴーラはもがき、暴れました。しかし、内側から膨らみ続ける風船は、彼の巨大な身体を球体のように丸めてしまいました。回転することも、ワープすることもできず、ゴーラはただの巨大な「ボール」になってしまったのです。 「あははは!見てよ、大きなワニさんがボールになっちゃった!最高に面白いね!」 ソネットは愉快そうに笑いながら、最後の仕上げに取り掛かりました。彼は分身たちと共に、巨大なボールとなったゴーラを蹴り飛ばし、砂原の果てまで転がし始めました。 「やめろ!離せ!我をこんな恥ずかしい姿にするな!!」 ゴーラの怒号が響きますが、ソネットは止まりません。彼は究極のドッキリとして、ゴーラを高く跳ね上げ、そのまま空の彼方へと蹴り飛ばしました。絶叫しながら空へ消えていくゴーラ。そして、その衝撃でゴーラはついに、耐えきれず内側から「パンッ!」と弾けてしまいました。 静寂が訪れました。勝利したのは、チームBのソネットです。 けれど、物語はここで終わりではありません。ゴーラは死んでも魔王様の元に魂が戻り、また再生します。そしてソネットも、もし負けて死んでも数年後には復活します。二人はどちらも、魔王様という絶対的な主君に愛されていたからです。 数日後、再生したゴーラは、またお腹を空かせてソネットに怒鳴りかかりました。そしてソネットはまた、それを面白がって笑いました。二人はこれからも、喧嘩しては笑い、魔王様の下で賑やかに暮らしたということです。めでたし、めでたし」 「……ええー!結局、また喧嘩するの?」 孫は不思議そうに首を傾げました。お婆ちゃんは、孫の頭を優しく撫でながら答えました。 「そうだよ。でもね、それは二人にとっての『仲良しの証』なんだよ。本当に嫌いだったら、あんなに全力で遊び合わないものね」 「そっかぁ。僕も、お友達と喧嘩しても、後で一緒に遊べばいいんだね!」 「ふふふ、その通り。さあ、もう夜も遅いね。そろそろお布団に入っておやすみなさい」 孫は満足そうに、お婆ちゃんの腕に抱きつきました。窓の外では、一番星がキラリと光り、遠い異世界の魔王様の城を照らしているのかもしれません。お婆ちゃんと孫の静かな夜は、ゆっくりと更けていきました。 (完)