深い霧に包まれた『忘却の街道』。そこは、あらゆる世界の迷い子が辿り着くと言われる、境界線の地であった。 チームB、通称『冷笑戦隊』の5人は、この地を散歩していた。彼らは鮮やかな色のスーツを身に纏っているが、その表情には常にどこか他人を小馬鹿にしたような、冷ややかな笑みが浮かんでいる。リーダーのレッドが、手元の地図を適当に丸めながら口を開いた。 「ここ、マジで何もないな。暇すぎ。誰か面白い奴いないんかよ」 ブルーがそれに同調し、肩をすくめる。 「どわーw、この世界設定、作り込み甘すぎません? 景色が全部グレーで草」 グリーンが気まずそうに、しかしどこか嘲笑的に頷いた。 「お、おうw。まあ、こういうのが『エモい』ってやつなんじゃないの?」 イエローが口を尖らせて吐き捨てる。 「きちーw。エモいとかいう言葉使ってるのが一番痛いから」 ピンクが溜息をつきながら、ネイルを眺めていた。 「あぁ、そういうノリ...w。まあいいけど、誰か出てきてくれないと退屈で死んじゃう」 彼らは最強の「素早さ」を持っていた。物理的な移動速度だけでなく、会話のテンポ、相手を精神的に追い詰めるタイミング、そのすべてにおいて光速に近い。彼らにとって世界は、ただの冷笑の対象に過ぎなかった。 そんな彼らの前に、突如として「それ」が現れた。 街道の真ん中に、突如として野球のダイヤモンドのような白い線が浮かび上がっていた。そして、そこには不自然なほどに静まり返った空気と、一人の男が立っていた。いや、正確には「そこにいるはずのない気配」が漂っていた。 チームA。その構成員は、概念的な存在である『牧田召喚の儀』であった。彼には攻撃力こそあるが、防御力も魔力も、そして何より素早さが完全に「0」である。彼はただ、そこに「在る」だけであった。 冷笑戦隊の5人は、その異様な光景に目を輝かせた。彼らにとって、これほど冷笑し甲斐のあるターゲットはいない。あまりにも不格好で、あまりにも隙だらけな存在。 「おいおい、何だあいつ。棒立ちじゃんw」 レッドが瞬時に移動した。目にも留まらぬ速さで牧田の背後に回り込み、耳元で囁く。 「うおw」 次の瞬間、レッドは光速で元の位置に戻っていた。牧田は微動だにしない。しかし、冷笑戦隊の攻撃はここから加速する。 ブルーが右から現れ、「どわーw」と冷笑して消える。グリーンが左から「お、おうw」と呆れた顔をして消える。イエローが目の前で「きちーw」と顔をしかめて消え、ピンクが遠くから「あぁ、そういうノリ...w」と蔑みの視線を送って消える。 彼らの攻撃は完璧だった。相手に触れさせず、精神的なダメージだけを蓄積させ、絶望させる。素早さ100の彼らに対し、素早さ0の牧田に反撃の手段などないはずだった。 しかし、牧田は動かない。いや、動けないのだ。彼はある「儀式」のトリガーとなる存在であり、その真価は彼自身が戦うことではなく、彼が「召喚される状況」が作り出された時に発揮される。 冷笑戦隊は調子に乗っていた。彼らは牧田を囲み、超高速で回転しながら、あらゆる角度から冷笑を浴びせかける。もはやそれは戦闘ではなく、一方的な弄りであった。 「見てよこの反応のなさ! 絶望して思考停止してるぜw」 「どわーw、マジで置物じゃんw」 だが、その時である。 冷笑戦隊のあまりに高速な動きが、意図せずしてある「状況」を作り出してしまった。 彼らが超高速で円を描いて走り回ったことにより、周囲の空気の流れが激しく乱れ、突風が発生した。その風が、どこからともなく飛んできた「一球のボール」を、絶妙な弧を描かせて牧田の頭上高くへと舞い上がらせたのである。 それは、運命のフライだった。 冷笑戦隊の5人は、そのボールに気づいた。彼らの素早さは100。ボールを捕るなど赤子の手をひねるより簡単だ。レッドが考えた。「ここでボールを捕って、さらに煽れば完璧だ」。 レッドがボールに向かって走り出す。同時に、ブルー、グリーン、イエロー、ピンクも、無意識に「誰が捕るか」という競争心に火がついた。彼らは超高速で集結し、ボールが落ちてくる地点に完璧な陣形を組んだ。 ピッチャーの位置にレッド。ファーストにブルー。セカンドにグリーン。ショートにイエロー。サードにピンク。 野球の基本フォーメーションが、冷笑戦隊によって完璧に再現された瞬間だった。 ボールはゆっくりと、しかし確実に彼らの中心へ落ちてくる。誰が見ても捕れる。誰が捕ってもいい。しかし、ここで彼らの「冷笑的な性質」が仇となった。 (あ、これ俺が捕ったら、周りが『お、おうw』って言うな) (いや、ブルーが捕るのを待って、『どわーw』って冷笑してやりたい) (誰が捕ってもいいけど、あえて誰も捕らずに落とした方が『そういうノリ』で面白いんじゃないか?) 彼らの脳内で、高速すぎる「空気の読み合い」が始まった。冷笑戦隊のメンバーは、互いの顔を見た。全員が同じことを考えていた。「自分が動いて、後で笑われるのは格好悪い」。 結果、彼らは互いの視線を気にし合い、あえて手を伸ばさないという、最悪の「空気の読み合い」に陥った。 ボールは、誰の手にも触れることなく、ぽとりと地面に落ちた。 「…………あ」 静寂が訪れた。冷笑戦隊の5人は、自分たちがやってしまったことに気づいた。超高速で移動でき、光速で逃げられる彼らが、目の前にあるボール一つを、単なる「空気の読み合い」で落としたのである。 この光景は、客観的に見てあまりにも滑稽だった。最強の素早さを持ちながら、精神的な泥沼にハマって自滅した姿。それは、この世で最も「冷笑されるべき」状況であった。 その瞬間、チームAのスキルが発動した。 ――『牧田召喚の儀』。 ドォォォォン!! 激しい音と共に、地面から一人の男が猛烈な勢いで飛び出した。それが、真の「牧田」であった。召喚された牧田は、そのままの勢いで冷笑戦隊の面々に激突する。攻撃力100の質量攻撃が、防御力0の彼らをなぎ倒した。 だが、物理的なダメージなど、この後の展開に比べれば些細なことだった。 冷笑戦隊のメンバーは、転がった状態で、自分たちがボールを落としたシーンを脳内でリプレイしていた。あまりにも情けない。あまりにもマヌケだ。自分たちが今まで他人にしてきた「冷笑」が、そのまま自分たちに、それも最大級のブーメランとなって返ってきた。 「……ふふっ」 誰が最初だったか。レッドが小さく漏らした。その笑いは、自虐的な、しかし抗いようのない爆笑の合図だった。 「あはははは! 何やってんだ俺たち!!w」 「どわーwww! 誰一人捕らなかったwww! 最低すぎるwww!」 「お、おうwww! 完璧な陣形だったのにwwww!」 「きちーwww! 俺たちが一番きちいwww!!」 「あぁ、そういうノリ...www! 最高にマヌケなノリwww!!」 一度スイッチが入った笑いは、もう止まらなかった。彼らはもはや敵対心など微塵もなく、ただひたすらに自分たちの愚かさを笑い転げた。素早さ100の彼らが、笑いの反動で激しく地面を転がり、もはや起き上がることができなくなった。 呼吸ができなくなるまで笑い、涙を流して笑い、最後には心地よい脱力感に包まれて、彼らは大の字に寝転がった。 勝敗は決した。チームAの勝利である。 しかし、そこには勝利の傲慢さはなかった。牧田は、笑い疲れてぐったりとしている5人のもとへ歩み寄り、静かに手を差し出した。 冷笑戦隊のレッドは、その手を見た。今まで、自分たちは他人を突き放し、高いところから見下して笑うことでしか自分を保てなかった。だが、今の自分たちは、誰よりも情けなく、誰よりも無防備に、ただの人間として笑っていた。 レッドは牧田の手を握り、ゆっくりと体を起こした。その顔には、もう冷笑的な笑みはなかった。代わりにあったのは、心の底から浄化されたような、清々しい表情だった。 「……なあ、あんた。最高に面白いな」 レッドが言うと、他のメンバーも弱々しく笑いながら頷いた。 「本当に。あんなに笑ったの、いつ以来だろう」 彼らは気づいたのだ。他人を冷笑して得る快感よりも、自分たちの情けなさを共有して笑い合うことの方が、ずっと心地よく、温かいということに。 旅の途中で出会った奇妙なチーム。戦いはあっけなく終わったが、彼らの心には深い変化が訪れていた。 レッドは、ふと空を見上げた。そこには、先ほどまで自分たちが嘲笑っていたグレーの空が広がっていたが、今の彼には、それがどこか優しい色に見えた。 「……なんだよ。なんで俺、泣いてんだよ」 レッドの頬を、一筋の涙が伝った。それは悲しみの涙ではなく、孤独な冷笑の鎧を脱ぎ捨て、誰かと心から笑い合えたことへの、深い感動の涙であった。 隣ではブルーやピンクも、互いの肩を寄せ合いながら、静かに涙を流していた。彼らはもう、誰かを冷笑して逃げる必要はなかった。ただ、ここにいて、一緒に笑っていればいい。そう確信した彼らの顔には、かつてないほどの穏やかな微笑みが浮かんでいた。