英雄の影と王子の誓い 第一章:運命の舞台 古びた円形闘技場は、風に舞う砂塵と、遠くで響く雷鳴に包まれていた。空は鉛色に染まり、まるで二人の戦士の運命を予見するかのように重苦しい。観衆の声はなく、ただ静寂が支配するこの場所で、対峙するのは「配役されし悪」イヴィンと、若き王子嘉村だった。 イヴィンは黒い霧のようなオーラを纏い、鋭い眼光で嘉村を見据えた。彼の姿は怪物そのもの――角が生え、背には闇の翼が揺らめく。だが、その瞳の奥には、決して消えない宿命の影が宿っていた。「フフフ……我が役目は悪たるもの。英雄を輝かせるための闇よ。お主のような小僧が、何を護ろうというのだ?」悪役らしい低く響く声で、彼は嘲笑うように言った。 対する嘉村は、13歳とは思えぬ落ち着きを湛え、細身の体躯に重厚な武装を纏っていた。王子の装束の下に隠された傭兵の鎧が、わずかに光を反射する。彼は静かに剣の柄に手をかけ、穏やかな笑みを浮かべた。「私はただ、失いたくないものを守りたいだけです。あなたのような闇が、友や家族を脅かすなら……剣を手にします。」その声は柔らかく、しかし揺るぎない決意に満ちていた。 二人は互いに距離を測り、戦いの火蓋が切られた。イヴィンが一歩踏み出すと、周囲の空気が歪み、嘉村の周りに不気味な闇が忍び寄る。だが、嘉村は動じず、素早く身を翻した。 第二章:闇の覚醒と王子の記憶 戦いは苛烈を極めた。イヴィンは手を振るうだけで、虚空から黒い鎖が生まれ、嘉村を絡め取ろうとする。「我は不滅! 永久に続く災厄よ! お主のその小さな想いなど、英雄の足元にも及ばぬ!」イヴィンの言葉は毒のように鋭く、嘉村の心を抉る。 嘉村は紅鎖を放ち、イヴィンの動きを封じようとした。鎖は蛇のようにうねり、敵の腕に巻き付く。だが、イヴィンは笑うだけだ。「無駄だ! この闇は、決して滅びぬ!」彼の体が輝き、覚醒の力が爆発する。嘉村の鎖は一瞬で霧散し、逆に黒い波動が嘉村を襲った。 嘉村は獄鉄球を振り回し、波動を弾き返す。鉄球が空気を裂く音が響き、イヴィンの肩をかすめる。痛みなど感じぬかのように、イヴィンは反撃を加える。闇の爪が嘉村の鎧を切り裂き、血が滴った。「なぜだ、イヴィン。あなたはただの悪ではないはずです。なぜ、そんな役目を背負うのですか?」嘉村は息を切らしながら問うた。 イヴィンの動きが一瞬止まる。回想が彼の脳裏を駆け巡った――。かつて、彼は「配役」された存在だった。英雄を誕生させるための踏み台。無数の勇者たちを手にかけ、覚醒を繰り返すたび、彼は自らの存在意義に苦しんだ。「我は……英雄のために生まれた。だが、そのために何度も死線を越え、何度も裏切られた。友と呼べる者さえ、英雄の影に消えたのだ!」イヴィンの声が震える。幼き頃、共に戦った小さな魔物たちが、英雄の剣に斬り捨てられた記憶。暴走した彼は、数多の命を奪いながらも、心の奥で叫んでいた。「俺は悪ではない! ただ、生き延びるために!」 その想いが、イヴィンをさらに強くする。闇のオーラが膨張し、嘉村を押し潰さんばかりに襲いかかる。「お主の護りたいものなど、所詮は儚い! 我が宿命は負けぬことだ!」 嘉村は煙幕を張り、視界を遮った。涙を誘う煙の中で、彼は神斬刀を抜く。刀身が虚空を切り裂き、イヴィンの闇を一閃で断つ。「あなたの痛み、わかります。私も……友を失いました。」嘉村の瞳に、過去の影がよぎる。13歳の少年は、幼馴染の少年が敵の刃に倒れるのを、ただ見ているしかなかった。あの日、王子の身分など関係なかった。ただの無力な子供だった。「あの子は、私に笑って言いました。『嘉村、強くなって、みんなを守って』って。それ以来、私は傭兵になりました。護りたい人を、絶対に失わないために。精神が折れそうになる夜も、その笑顔を思い出すんです。」 煙が晴れると、嘉村の流星咆が炸裂した。銃口から放たれた弾丸は、流星のようにイヴィンの胸を貫く。イヴィンはよろめきながらも、笑みを浮かべる。「フフ……良い想いだ。だが、我が闇はそんなもので癒えぬ!」 第三章:信念の激突 二人は互いの想いをぶつけ合い、闘技場は破壊の爪痕で埋め尽くされた。イヴィンの心蝕の闇が嘉村の動きを鈍らせ、嘉村の紅・獄神咆がイヴィンを追い詰める。鎖で縛り、鉄球で砕き、刀で斬り、銃で撃つ――その連続攻撃は、神々すら畏怖させるものだった。 「なぜ、英雄の踏み台になど甘んじるのですか? あなたにも、護りたいものがあったはず!」嘉村の叫びが、イヴィンの心を揺さぶる。イヴィンは反撃の黒い波動を放ちながら、答える。「護る? そんなものは、俺には許されぬ! 何度も覚醒し、何度も裏切られた。最後には、俺の死が英雄を完成させるのだ。それが我が宿命!」回想が再び蘇る。無数の英雄予備軍として生み出された仲間たちが、次々と犠牲になり、イヴィンだけが生き残った。あの孤独な戦場で、彼は誓った。「俺は負けない。誰にも、利用されはしない!」 嘉村は傷だらけになりながらも、立ち上がる。「宿命なんて、変えられるんです! 私は王子でありながら傭兵になりました。友の死を無駄にしないために。あなたも、闇を脱ぎ捨てて、自分の想いを生きてください!」その言葉に、イヴィンの目が揺らぐ。嘉村の純粋な信念が、彼の心に光を差し込む。 だが、イヴィンは首を振る。「甘いな、小僧。我が想いは、負けぬことだけだ!」闇の力が頂点に達し、永久連鎖の鎖が嘉村を包む。嘉村の体が締め付けられ、視界が暗くなる。「嘉村……お主の想い、確かに届いた。だが、我は悪として配役された。英雄の誕生を、止めるわけにはいかぬ!」 第四章:決着の瞬間 勝敗の決め手は、互いの想いが交錯する最後の瞬間だった。イヴィンの闇が嘉村を飲み込もうとしたその時、嘉村は最後の力を振り絞り、紅・獄神咆を放った。紅鎖がイヴィンを縛り、獄鉄球が闇を砕き、神斬刀が宿命の鎖を断ち、流星咆が心臓を射抜く。 イヴィンは倒れながら、初めて本物の笑みを浮かべた。「フフフ……お主の想い、強かったな。我が闇は、英雄の踏み台でしかなかったが……お主なら、本物の英雄になれる。」彼の体が光に包まれ、消えゆく。回想の最後に、イヴィンは友の魔物たちに囁く。「すまぬ……俺は、ただ生き延びたかっただけだ。」 嘉村は膝をつき、息を荒げた。「イヴィン……あなたの想いも、確かに受け取りました。安らかに。」彼の瞳には涙が浮かび、しかし決意が宿る。友の笑顔と、イヴィンの孤独が、彼の心に新たな力を与えた。 この戦いは、想いのぶつかり合いだった。嘉村の「護る」信念が、イヴィンの「負けぬ」宿命を打ち破った瞬間、王子の精神はさらに強靭となり、真の英雄への道を歩み始めた。