「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! あのね、とっても強くて、ちょっと不思議な人たちが出てくるお話!」 膝の上にちょこんと座った孫の手を引き、お婆ちゃんは目を細めて、ゆっくりと口を開きました。窓の外には柔らかな夕陽が差し込み、部屋の中にはお茶のいい香りが漂っています。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いいお話があるよ。昔々……あるところにね、世界で一番『恐ろしい顔』をしたけれど、心はとっても優しい男の子がいたんだよ」 「恐ろしい顔? おばけみたい?」 「そうだよ。でもね、その子は本当は誰よりも友達が欲しかった。名前は……まあ、『大物さん』と呼ぼうかね。大物さんはね、生まれつきお顔がこの世のものとは思えないほどに恐ろしかったんだ。あまりに恐ろしすぎて、彼が『こんにちは』と微笑むだけで、周りの人はびっくりして、心臓が止まってしまう。お父さんもお母さんも、彼が生まれた瞬間にショック死してしまったから、本当の名前を付けてもらう暇がなかったんだよ」 孫は目を丸くして、「かわいそう……」と呟きました。 「そうだろうねえ。でもね、いいこともあるんだよ。大物さんは、そのお顔のおかげで、体に悪いウイルスまでショック死してしまうから、風邪ひとつ引かない、とっても健康な体だったんだ。最近の流行り(はやり)で言うなら、毎日自分の顔を自撮りして動画サイトにアップすることを趣味にしていたけれど、それを見た視聴者たちもみんなショック死してしまった。彼はただ、『いい友達が欲しいな』と思っていただけなのにね」 「じゃあ、ずっと一人だったの?」 「そうだった。そんなある日、大物さんは不思議な森を歩いていてね。すると突然、空に真っ黒な穴が開いたんだよ。そこからね、信じられないくらい大きな、恐ろしいワニが現れたんだ。そのワニの名前は『ゴーラ』。魔王グロムという恐ろしい王様に作られた、全長95メートルもある巨大な魔物だったんだよ」 「わああ! 大きい! 食べられちゃう!」 「そう、ゴーラはとっても傲慢で、お腹が空いていた。異空間から顔だけをひょいっと出して、森の木々も、岩も、地面も、まるごとガブガブと食べ尽くしてしまったんだ。ゴーラはね、『我に匹敵する強者はこの世に居らぬ!t魔王様以外に我を満足させられる者はいない!』なんて、大きな声で笑っていたんだよ」 お婆ちゃんは身振り手振りを交えて、ゴーラの大きさを表現します。 「それでね、大物さんとゴーラが、ついに鉢合わせたんだ。大物さんは、もともと友好的だから、大きなワニさんを見ても怖がりませんでした。『わあ、大きな生き物だ! 友達になってくれるかな?』と思って、ニコニコと近づいていったんだよ」 「ええっ! あんなに大きいのに、友達になりたいの?」 「それが大物さんのいいところだねえ。でも、ゴーラは違った。目の前にいる小さな人間を見て、『ふん、小粒な餌が歩いてきたわ! 一口で飲み込んでやろう!』と、大きな口を開けて飛びかかったんだ。ゴーラの得意技は『デスロール』。高速で回転しながら噛みつくと、どんな硬い岩でも円柱形にくり抜いて食べてしまう。まさに破壊の嵐だったね」 「どうなったの? 食べられちゃった?」 「ふふふ、ここからが不思議なんだよ。大物さんは、慌ててゴーラの目の前に『ワープ』したんだ。一瞬で、ゴーラの鼻先まで移動した。そして、大物さんは精一杯の笑顔で、『こんにちは!』と挨拶をしたんだよ」 「あ! お顔が見えちゃった!」 「そうだよ。普通の人なら、見た瞬間にショック死してしまう、あの恐ろしいお顔が、至近距離でゴーラの目に飛び込んできたんだ。ゴーラは、魔王の加護を受けていたからね、魔法や精神的な攻撃は全く効かない。だから、ショック死して心臓が止まるということはなかったんだよ」 「じゃあ、大物さんは負けちゃったの?」 「いいや、ここが運命の分かれ道だった。ゴーラは、これまで数え切れないほどの怪物や勇者と戦ってきたけれど、『視覚的な恐怖』で凍りついた経験は一度もなかった。大物さんの顔を見た瞬間、ゴーラの頭の中は真っ白になったんだ。『な、なんだこの造形は!? 魔王様ですらこんな恐ろしい顔はしていない! これは未知の恐怖だ!』とね」 「ワニさんもびっくりしたんだね!」 「そう。精神攻撃は無効でも、『あまりの衝撃に思考が停止する』というのは別のお話だったんだ。ゴーラはあまりの恐怖に、得意のデスロールを忘れて、口を開けたままカチコチに固まってしまった。喋ろうとしても、声が出ない。動こうとしても、足が震えて動けない。あの傲慢なゴーラが、生まれて初めて『怖い』と感じて、震え上がったんだよ」 「やったー! 大物さんの勝ちだ!」 「けれどね、大物さんは、相手が震えているのを見て、さらに慌てたんだ。だって、大物さんはね、『大人の男性の声』がとても怖いんだよ。ゴーラが震えながら、かすれた低い声で『ひぃっ……な、なんだお前は……!』と漏らした瞬間、大物さんは『ひゃあああ! 怖い声がした!』と、パニックになって逃げ出そうとしたんだ」 「あはは! どっちもびっくりしてる!」 「本当にね。でも、勝負はそこで決まったんだ。大物さんが逃げ回るたびに、高速ワープでゴーラの視界に何度も、何度も、不意に現れた。右から『こんにちは!』、左から『あわわ!』、上から『ごめんなさい!』。ゴーラからすれば、この世で一番恐ろしい顔が、高速で自分の周りを飛び回っているという地獄のような光景だったんだよ」 「ゴーラさん、もう限界だね」 「その通り。ゴーラはついに、恐怖のあまり白目を剥いて、バタン!とひっくり返ってしまった。気絶してしまったんだね。不滅の魔王に生み出された最強のワニが、ただの『挨拶をしたかった男の子』に、恐怖でノックアウトされてしまったんだよ。これが、この戦いの決め手になったシーンだね」 孫は満足そうに、お婆ちゃんの肩に頭を預けました。 「その後、どうなったの? 大物さんはお友達になれた?」 「それがね、ゴーラが目を覚ましたとき、彼は不思議なことに、大物さんのことを『恐ろしいけれど、不思議と憎めない相手』だと思うようになっていたんだ。だって、あんなに恐ろしい顔をしているのに、中身は怖がりで心優しい人間だったからね。ゴーラは、自分の傲慢さを反省して、大物さんにこう言ったんだよ。『我は今まで、強さこそが全てだと思っていた。だが、お前のその……なんとも言えぬお顔と心には、我は完敗だ。よし、今日からお前を我の唯一の友として認めよう』とね」 「わあ、本当にお友達になれたんだね!」 「そうだよ。それからはね、大物さんがゴーラの背中に乗って、一緒に世界中を旅したんだ。大物さんが自撮り動画を撮れば、ゴーラが横で大きくあくびをして、それをネットに上げると(今度はゴーラがいたからか)、不思議とショック死する人が減って、世界中で大人気になったんだよ。『恐ろしい顔の男と、巨大なワニのコンビ』としてね」 「いいお話だねえ。お婆ちゃん、私も大物さんとゴーラさんに会いたいな」 「ふふふ、いつか会えるかもしれないね。でも、まずはご飯を食べなきゃね。ゴーラみたいにお腹を空かせたら、お婆ちゃんが全部食べちゃうよ?」 「えー! 私が食べるもん!」 二人の笑い声が、夕暮れの家に優しく響いていました。恐ろしい顔をしていたけれど、誰よりも優しい心を持っていた大物さんと、最強だったけれど心を開いたゴーラ。二人の絆は、見た目や強さを超えて、ずっとずっと続いたということです。めでたし、めでたし。