参加者詳細 名前:コタン 種族:白いシマフクロウ 性質:多次元を旅し、立場や法則に縛られず、気まぐれに飛ぶ。塔の進行を望むかどうかさえ、その時々の気分で決める。 スキル:【気まぐれ梟】――相手の能力、権能、法則、未知の性質をすり抜ける。すり抜けは相手の思惑に左右されず、コタンの設定や在り方を変えることもできない。最後は自らの爪で敵を倒す。 この記録における階層数と高さは、コタンが実際に進んだ道筋をもとにした自然数である。塔はその先も続いており、完全踏破はできない。十階ごとのポータルを使えば帰還できるが、今回はコタンが先へ進むことを選んだ。 各階の詳細記録:一階から一万二千四百八十六階まで、階層ごとにランダムなボスが出現。コタンは爪で勝利を重ねた。上るほど強敵の出現率と危険度は高まり、途中には幾度もコタンの爪が届くかどうかを試す魔物が現れたが、いずれも敗北した。 最終到達階層:12,487階 地上からの高さ:約1,873.05㎞(一階あたりの高さを150mとした概算) 最終到達階層の記録 { 12,487階:【天蓋を噛むもの】《星喰い竜》ヴァルグ=ネメシス※コタン勝利 } 第一章 風のない階 一万二千四百八十七階には、風がなかった。 壁も天井も見えない。足元に広がるのは、夜空を固めて磨いたような黒い床だった。遠いところに星々が沈んでいる。地上から見上げる星ではない。ここでは星のほうが、床に開いた穴のように見えた。 コタンは、何もない空間をひと羽ばたきした。 白い翼がひらく。風は生まれなかった。それでも梟の身体は静かに浮き上がる。羽根の先をかすめた暗闇が、薄い水面のように揺れた。 「まだ上があるのかな」 答えはなかった。 答えがないことを、コタンは気にしなかった。気にならないことを、気にする理由もなかった。 次の瞬間、床に沈んでいた星がひとつ、音もなく割れた。 割れ目から竜の角が突き出す。続いて、角に連なる頭蓋が、夜空を押し開けるように現れた。巨体は星の残骸をまとい、鱗の一枚一枚に、消えた世界の景色を映している。翼が開くと、見えない天井の向こうで幾千の光が暗くなった。 その名が、階層の空間に刻まれる。 【天蓋を噛むもの】《星喰い竜》ヴァルグ=ネメシス ネームドモンスター。 その名を示す文字は、ただの表示ではなかった。見た者の心に恐怖を押しつけ、足を止めさせるための呪いを帯びていた。名を認識したものは、自分がどれほど小さく、弱く、無意味であるかを理解する――そういう力だった。 コタンは文字の横を飛び抜けた。 呪いは、梟に届かなかった。 ヴァルグ=ネメシスが、金属を引き裂くような咆哮を放つ。黒い床に沈んでいた星々が一斉に浮かび上がり、弾丸の群れとなってコタンへ降り注いだ。 星の一粒は、山を消し、海を蒸発させるほどの力を秘めている。 コタンは翼をひと振りした。 星々は、梟の身体をすり抜けた。背後の闇に落ち、遠くでひとつずつ輝きを失う。何発当たったのか、何発外れたのか。攻撃が命中したという筋書きは、コタンのいる場所に結びつかなかった。 竜の瞳が細まる。 第二章 定められた敗北 ヴァルグ=ネメシスは、敵を滅ぼす力だけでなく、戦いの結末を定める権能を持っていた。 竜が首をもたげると、床に一本の銀線が走る。線は階層を横断し、コタンの影を縫い止めた。逃げる道、飛び立つ場所、爪を振るう未来――あらゆる可能性に「敗北」という終点が記されていく。 「おまえは、ここで負ける」 竜の声は遠い星々を震わせた。 コタンは銀線の上に降りた。 そして首を傾げた。 「そうなんだ」 敗北の定めは、梟の行き先を縛れなかった。コタンは線を踏み越え、そこに記された結末の外側へと飛ぶ。決められた未来がひとりでに進む一方、梟はその未来に参加していなかった。 竜の権能は、何度もコタンを捉えようとした。名を縛り、影を縫い、翼の動きを止め、存在する場所そのものを閉じる。どの力も、正しく発動した。どの力も、思惑どおりには働かなかった。 コタンは何にも勝とうとしていなかった。 ただ飛んでいた。 ヴァルグ=ネメシスは初めて、咆哮ではなく息を吐いた。敵の能力を封じるのではなく、床ごと階層を砕くことにしたのだ。 竜が爪を振り下ろす。 黒い床は割れ、無数の星の残骸が宙へ舞った。階層の空間そのものが崩れ、上も下も遠近も、ひとつの渦へと巻き込まれていく。コタンの周囲を、砕けた夜空が流れた。 梟はその中を、気ままに旋回した。 第三章 爪 ヴァルグ=ネメシスが、崩れた空間の中心に身を置いた。 竜は、自らの巨体を盾にしていた。鱗には無数の滅びた世界が刻まれ、角には星々の終焉が宿る。近づけば飲み込まれ、触れれば消され、目を合わせれば名を奪われる。そうあるべき敵だった。 コタンは、竜の額へ向かった。 竜は最後の権能を解き放った。 「この一撃は、必ず届く」 その言葉は世界の決まりとなった。距離は消え、回避は無効となり、あらゆる防御が意味を失う。攻撃が命中するという結果だけが、残されたすべての可能性を押しのけて確定する。 コタンは、少し横へ飛んだ。 確定した一撃は、梟のいた場所を貫いた。だがそこには、もう梟はいなかった。攻撃は定めどおりに届き、定めた相手だけを外していった。 コタンはヴァルグ=ネメシスの額に降り立った。 白い足が、黒い鱗を踏む。竜の身体は世界の終わりほど巨大だったが、梟にとってはただ止まり木のひとつにすぎなかった。 コタンは片翼を整え、気まぐれに爪を振るった。 その爪は、権能を打ち破ったのではない。竜の強さを否定したのでも、世界の法則を書き換えたのでもなかった。ただ、コタンがそこにいて、爪を動かした。その結果として、鋭い爪先が竜の額を深く裂いた。 ヴァルグ=ネメシスは、声にならない息を吐いた。 鱗に刻まれた世界の光が、ひとつずつ消えていく。星々を食らった竜の巨体は、砕けた夜空とともに崩れ、最後には黒い床の上で小さな光となった。 コタンは光を見下ろした。 「おしまい?」 答えは、落ちてきた報酬によって示された。 第四章 報酬と帰還 竜の消えた場所に、三つの品が残った。 ひとつは、星喰い竜の鱗を一枚用いた【星喰いの鱗】。握った者の周囲に短時間だけ星屑の障壁を展開し、強大な魔力攻撃を弱める希少素材だった。 ひとつは、竜の角から削り出された【天蓋の角片】。高位の魔術具や武具の素材となり、希少かつ高価である。加工した品には、空間を隔てる結界を貫く性質が宿るという。 最後に、黒い光を宿す小さな輪――神話級の遺物【宵星の環】が現れた。身につけた者が一度だけ致命的な攻撃を受けた際、その攻撃の行き先を近くの空間へ逸らす。ただし、発動後は光を失い、修復には星喰い竜の素材と長い年月を要する。 ネームドモンスター討伐による、異例のドロップだった。 そのとき、遠くからポータルの鈴の音が聞こえた。一万二千四百八十階へ戻るための帰還門が、塔の仕組みに従って開いたのだ。 コタンは報酬をくわえなかった。爪で抱えもしなかった。遺物は、梟の自由な飛行に必要なものではなかったからだ。品々は塔の記録庫へ移され、討伐者の報酬として保管された。 コタンはポータルの手前まで飛び、そこで足を止めた。 帰ることもできる。さらに上へ向かうこともできる。 塔の果ては、まだ見えない。次の階層には、また別の魔物が現れるだろう。さらに上には、いまの竜より強い敵が待ち受けるかもしれない。塔は、登る者が望むかぎり先へ続いていく。 コタンはポータルをくぐらなかった。 けれど、次の階へも進まなかった。 ただ、黒い床の端から、どこへともなく飛び立った。帰還門の光が背後で閉じる。梟は階層の境界を越え、塔の別の空間へ姿を消した。 塔は終わらない。 コタンの記録は、ここでひとまず終わる。 最高到達階層:12,487階※勝利 地上からの距離:約1,873.05㎞※富士山の標高約3.78㎞の約495倍に相当 特別報酬:神話級遺物【宵星の環】、希少素材【星喰いの鱗】、【天蓋の角片】。討伐記録に基づき、追加報奨金1億2,487万ゴールド。 参加者の感想:「竜は大きかった。爪が届いたから、帰ることにしたの」