草原に立つ石碑の前で、シゼイル・コレヌーラは冷酷な目を向けていた。小柄な体躯からは想像もつかぬほどの威圧感を放ちながら、彼女は重い黒パーカーのフードを深く被り、夕日が生成する赤みを帯びた光の中で一歩を踏み出した。彼女の名は、過去の戦争で数多の戦死者を見送る者たちの記憶となっていた。 「夜明けは遠い、まだ楽しもうじゃないか」彼女の独り言は井の間に響き、草原の風にかき消されていく。 小さな手は石碑に伸び、そこに刻まれた名前を一つ一つ辿った。この碑はこれまでどれほどの人々の思いを受け止め、どれほどの涙を見たことであろうか。彼女の心には冷酷さの奥に潜む感情が渦巻いていた。冷たくも温かい感情。それは己の小柄さへの引け目であり、同時に戦いの中で磨かれた武器への誇りだった。今の彼女にとって、戦いの記憶は青春の一部なのかもしれない。 彼女は視線を上げ、夕日を仰ぎ見た。赤々と染まる空には、いかにも楽しげに踊るような雲の形が浮かび上がっている。それに反発するかのように己の内なる冷酷さを強く意識しながら、シゼイルは深く息を吸い、静かに祈りを捧げた。 「私は貴方たちのためにここに立つ。忘れないでいて。その名を刻まれた貴方たちへ、ここにひれ伏すことを許してください。」 祈りの声は夜の静寂に溶けてゆき、やがて彼女の周囲に静まり返るような感覚が訪れた。彼女は目を閉じ、徐々に手のひらに力を込めていく。流れる水のような激流が両手から洗い出され、彼女の周りの空気が変わる。 その瞬間、草原の上空に星が降り始めた。小さく煌めく光が、彼女の両手を包み込むように流れ込み、鋭く輝く水爪として変わっていく。耳元には、まるで囁くように「ヨルタの意志」の名が響く。その言葉は彼女の心の奥底にまで届き、冷酷ささえも弱まりそうな気分になる。 彼女に降り注ぐ星々の中には、戦死者たちの思いが込められている。その星たちは、彼女を夜の獣へと変貌させる。彼女の瞳は獰猛な輝きを宿し、小さな体でありながら圧倒的な存在感をはなっていた。シゼイルはその手を振りかざし、夜空から降り注ぐ星を受け止めるように、草原に立った。 「この草原に残したい、彼らの思いを。私の手で、誰かの祈りに応えたい。」彼女は低い声で呟くと、手に集めた激流を一気に石碑の方へと放った。 その流れは柔らかなさざ波を描いて、石碑に触れ、穏やかな光が石碑を包んだ。彼女の全身を通り抜けるその感覚は、時を超えて戦死者たちが動き出すような錯覚を覚えた。小柄な体でありながら、多くの者たちの思いを背負う彼女の姿は、次第に同じような思いを抱く者たちを草原に呼び寄せていた。 その時、遠くから見えた影、ゆるやかに歩を進める者たちの群れ。その姿は将棋の駒で形作られた「歩兵」であり、足元に地面を掘り起こすような音を立てながら、草原を埋めていた。 彼らは一万人の大軍を形成し、それぞれが独自の意志を抱いていた。シゼイルの目を引いたのは、その中の一体、苦しみながら進む表情をにじませる兵士だった。「私たちも、同じようにここにいるよ」という声が脳裏に響く。 その声は、彼女の中で抱えていた思いと重なり、無意識に彼女の心を動かした。誰も知らない戦場の名もなき英雄が今ここにいるような気がして、志が重なり合うかのように次々と彼らは立ち上がり、シゼイルの周りを取り囲んだ。 「私たちは決して忘れない。彼らを、あなたを。」歩兵の一体が力強い声をあげた。それは他の兵士たちにとっても心強いメッセージとなり、静かに一枚のリーダーシップを持って草原全体の意志をまとめるように広がる。 その瞬間、草原は獣のような響きで満たされ、彼女の水猟の魔法が彼らの意志を通じて伝播する。戦士たちの中の彼女の存在感は爆発的に膨れ上がり、彼女の手から放たれる水爪の斬撃が夜空の星たちと調和していった。 草原は今、星の光が照らす中で繋がっていく。過去の戦死者たちの思いと、今ここに鮮烈に存在する彼女の意志。一緒に戦っていた者たちが彼女の脇を共にする姿を思い描いて、それは無言の誓いとなった。 そうした思いが一つに重なり合った時、シゼイルの心の冷酷さが少しずつ溶けていく。自身の中に流れる悲しみを胸に秘めながら、彼女は新たな使命を感じ始めていた。 「忘れられた英雄たちを、私は忘れない。これからも、誰かのためにこの草原で生き続けるのだから。」 彼女の心は、草原の風に身を委ね、星々の流れに選ばれ、高く舞い上がってゆく。行く先にある新たな夜明けを信じて、シゼイル・コレヌーラはその足を踏み出した。