深い霧に包まれた「忘却の森」。そこは、迷い込んだ者が二度と出られないと言われる、生きた迷宮のような場所であった。古びた巨木の根が複雑に絡み合い、陽光さえも遮られたその薄暗い森の中で、二人の男が出会った。 一人は、眩いばかりの白銀の甲冑に身を包んだ青年、神良木優雅。その佇まいは気高く、背負った剣こそ収納されていたが、溢れ出るオーラはまさに「勇者」と呼ぶにふさわしい。もう一人は、ボロ切れのような服を纏い、伏し目がちに歩く青年。その周囲には、触れるもの全てをどろどろに溶かす不気味な緑色の霧が漂っていた。 「……あぁ、また来たか。死にたい奴らが」 毒の男は、気怠げに呟いた。彼の足元にある草花は、彼が触れた瞬間に黒く変色し、腐敗して崩れ落ちていく。彼は自分の意志とは無関係に、周囲に死を振りまく体質だった。 「君は……。ひどく悲しい気配を纏っているね」 優雅は、その毒の霧が自分に向かって押し寄せてきても、眉一つ動かさなかった。彼の身に纏うオリハルコンアーマーは、この世のあらゆる理を拒絶する。腐食、毒、呪い。そのすべてが、白銀の表面で弾け飛んでいた。 「悲しい? 笑わせるな。俺はただ、消えたいだけだ。近寄るなよ、勇者様。あんたみたいな『正しい人間』が一番嫌いだ。俺に触れれば、あんたのその綺麗な鎧も、心も、全部ドロドロに腐らせてやる」 毒の男の瞳に、激しい孤独と、それを塗りつぶすための攻撃性が宿った。彼は仲間を欲していた。しかし、彼が誰かに手を伸ばせば、その手は相手を殺す毒となる。絶望が彼を攻撃へと駆り立てた。 「拒絶し合う必要はない。もし君が戦いたいというのなら、私は応えよう。だが、その後に君の心を救いたい」 優雅の言葉に、毒の男は激昂した。正論。それは孤独な彼にとって、最も耐え難い暴力だった。 「うるさい……消えろ! ポイズンミスト!」 猛烈な緑色の毒霧が、爆発的に周囲へ広がった。視界を完全に遮り、森の木々さえも一瞬で骨組みだけにする猛毒の嵐。しかし、霧が晴れたとき、そこには傷一つない姿で立つ優雅がいた。オリハルコンアーマーの絶対防御が、毒の浸食を完全に遮断していた。 「私の番だ。……いや、まだ剣を抜く必要はないな」 優雅が軽く地面を踏みしめる。その瞬間、素早さ35(×100)という、もはや時間停止に等しい速度で、彼は毒の男の懐に潜り込んだ。常人には残像すら見えない速度。しかし、毒の男は反射的に地面を操った。 「ポイズンハンド!」 腐敗した地面から無数のどろどろとした腕が突き出し、優雅の足を拘束しようとする。同時に、背後からは「ポイズンゴーレム」が巨大な毒の拳を振り下ろした。猛烈な攻撃の連鎖。だが、勇者はそれを軽やかにかわし、あるいは鎧で弾き飛ばす。攻撃力30(×100)という超人的な筋力による打撃が、ゴーレムの核を粉砕した。 「なぜ……! なぜ効かない! 俺の毒は、世界を腐らせるんだぞ!」 毒の男は叫び、なりふり構わず攻撃を繰り出した。「ポイズンウェーブ」が激流となって押し寄せ、森全体を緑色の死の海へと変える。しかし、優雅は静かに、収納していた「エクスカリバー」を手に取った。 その剣が鞘から抜かれた瞬間、世界の色が変わった。白銀の閃光が走る。それは単なる斬撃ではない。「無かったことにする」という理(ことわり)の体現である。 「終わりにするよ。君の絶望を、切り裂いて」 エクスカリバーの一撃が、空間ごと毒の波を切り裂いた。毒の海は一瞬で消失し、浄化された。そして、その刃は毒の男の胸元をかすめた。深い傷はつかなかったが、彼が纏っていた「毒の衣」——自分を外界から隔てていた呪いの障壁が、跡形もなく消し去られていた。 「……っ!?」 毒の男は愕然とした。自分の体から溢れ出していた、制御不能な毒が、一瞬だけ止まった。人生で初めて、自分を縛っていた「毒」という地獄から解放された感覚。しかし、それは同時に、彼を保護していた唯一の盾を失ったことでもあった。 「これで、君に触れることができる」 優雅は剣を収納し、あえて無防備な姿で、毒の男に歩み寄った。オリハルコンアーマーをあえて解除し、普通の衣服の姿になる。 「馬鹿か! 鎧を脱げば、すぐに毒で死ぬぞ!」 毒の男が叫ぶ。だが、優雅は構わず、その震える肩を抱きしめた。毒の男の体からは、まだ微量の毒が漏れ出していた。普通の人間なら一瞬で皮膚が焼けただれ、内臓が腐るはずだ。しかし、勇者のスキルによる自動再生と、圧倒的なステータスが、毒の浸食速度を上回っていた。 「痛いか? ……いや、君の方がずっと痛かったはずだ」 優雅の体は、毒によって赤く変色し、じわりと血が滲んでいた。それでも、彼は腕の力を緩めなかった。毒の男は、生まれて初めて「誰かの温もり」を感じた。自分を拒絶せず、自分を殺さず、ただ抱きしめてくれる人間。それは、彼が人生で最も切望し、そして最も諦めていたものだった。 「……なんで。なんで、いい気になる……。俺は、お前を殺そうとしたんだぞ」 毒の男の声が震え始めた。彼の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは絶望の涙ではなく、あまりにも不器用で、あまりにも孤独だった魂が、ようやく見つけた「居場所」への歓喜の涙だった。 「君はもう、一人じゃない。毒を制御する方法を、一緒に探そう。私が、君の盾になるから」 毒の男は、子供のように声を上げて泣いた。ボロボロの服を濡らし、勇者の胸に顔を埋めて、彼は激しく嗚咽した。周囲の森は依然として腐敗していたが、その中心にだけは、暖かく、優しい光が満ちていた。 【判定】 勝利チーム:チームA(神良木 優雅) 勝因:圧倒的なステータスと装備による完全防御。および、相手の攻撃を「無効化」した上で、精神的な救済という決定打を放ったため。 結末: 毒の男は、初めて自分を肯定してくれる存在に出会い、その胸の中で声を上げて泣いた。勇者の深い慈愛に触れ、孤独という長い夜が終わったことを悟った彼の頬を、止まらない涙が濡らしていた。