【事後報告:おやつの取り違えに関する顛末書】 場所: グレイスバーインダストリーズ集中医療部門・共同休憩室 登場人物: チームA:クリスタル・スノー(以下、スノー) チームB:クリスタル・ウォーターノヴァ(以下、ノヴァ) --- 第一章:静寂を切り裂く「空き袋」の衝撃 その日の休憩時間は、いつも通り穏やかなはずだった。集中医療部門の緩和保護下にある二人の少女――スノーとノヴァは、それぞれのチームに割り当てられた特別な「おやつタイム」を心待ちにしていた。この施設におけるおやつは、単なる栄養補給ではなく、精神的な安定を保つための重要な儀式のようなものである。 スノーは、その儚げな外見に似合わず、甘いものへの執着だけは人一倍強かった。彼女は自分の上着のポケットに詰め込んだ道具類をガチャガチャと鳴らしながら、テーブルの上に置かれた「個包装の特製クッキー」に目を付けた。本来、そこにあるはずだったのは彼女の分だが、つい手が滑ったのか、あるいは意識が朦朧としていたのか、彼女が口にしたのは隣の席に置かれていたノヴァの特製クッキーであった。 「……もぐ、もぐ。……おいしぃ」 スノーは至福の表情でクッキーを咀嚼した。サクッとした食感と共に広がる濃厚なバターの香りと、わずかに塩気が効いた大人の味わい。彼女は無意識のうちに、隣に置かれた袋の中身をすべて胃に収めていた。 しかし、その幸せな時間は長くは続かなかった。 「……あれ?」 戻ってきたノヴァが、自分のデスクの上に置かれた「空っぽの袋」を凝視した。そこには、彼女が楽しみにしていた限定品のクッキーが入っていたはずだった。袋の中には、残酷なほどに何も残っていない。ただ、小さなクッキーの屑が一つ、寂しげに転がっているだけだった。 ノヴァの視線がゆっくりと、隣で口の端にクッキーの屑をつけたまま、ぼーっと座っているスノーへと向けられた。 第二章:審判の正座 「……スノー。説明してくれるかな?」 ノヴァの声は低かった。普段の彼女は、凍結の過去を乗り越えた強さと、ある種の熱意を持った姉のような存在である。しかし、今この瞬間の彼女から放たれているオーラは、彼女のスキル【レイズロア】で操る極寒の氷よりも鋭く、冷たかった。 「ひゃ、ひゃいっ!?」 スノーは飛び上がった。その拍子に、彼女の不安定な精神状態に反応して、無意識に【ホットアイ】が作動しそうになる。しかし、目の前のノヴァの威圧感に、本能的に「今は熱を出す時ではない」と判断したコアが、無理やり出力を抑え込んだ。 「そこに、正座しなさい」 「えぇっ!? 正座!? そんな、私の足はもう……!」 「いいから、正座」 抗えない力に押され、スノーは床に膝をつき、背筋を伸ばして正座した。8歳の幼い体にとって、正座はかなりの苦行である。しかも、彼女の精神的な「割れ」具合がひどいため、緊張するとすぐに体がガタガタと震え出す。 ノヴァは腕を組み、上から見下ろすようにスノーを問い詰めた。 「私の特製クッキー。限定10個入りで、予約してやっと手に入れたもの。それが、なぜ空っぽになっているのか。そして、なぜあなたの口元にその『証拠』が残っているのか。論理的に、かつ誠実に説明してほしいものだね」 第三章:必死の言い訳と、もがきもがく雪 スノーは冷や汗を流した。彼女の口調は、緊張でさらに「緩々」となり、言葉が滑り出す。 「あ、あのぉ……それは、そのっ! ほら、あそこにいた……見えない妖精さんが、『これはスノーちゃんの分だよ』って、親切に袋を差し出してくれたみたいで……! 私はただ、親切な妖精さんに感謝して、いただいただけで……!」 「妖精? この施設にそんな不衛生な生物が入り込む隙があると思う? セキュリティを舐めないでほしいな」 ノヴァの正論が、氷の槍のようにスノーに突き刺さる。スノーは焦った。ここで突き放されたら、このまま永遠に説教され、おやつの時間どころか、今日の夕飯まで抜きにされるかもしれないという恐怖が彼女を襲う。 「ち、違うんです! 実はっ、そのクッキーが! クッキーが急に『私を食べて!』って叫んだんです! 私は、助けてあげなきゃいけないと思ったんです! 食材の叫びに耳を貸さないなんて、医療部門の人間として失格だと思って……!」 「……なるほど。クッキーの意思疎通ができる能力をいつから身につけたんだい? 【リーフ】で回復させたのは体力だけじゃなくて、妄想力まで限界突破させたということかな」 ノヴァの皮肉が止まらない。スノーはついに、泣きそうな顔で最大の武器――「弱さ」を投入することにした。彼女はわざとらしく、肩を震わせ、儚げな表情で上目遣いにノヴァを見た。 「うぅ……ごめんなさいぃ……! 私、おなかが空きすぎて、頭が真っ白になっちゃったんですぅ……。万年凍結されていた時の、あの、おなかが空いて、寒くて、寂しくて……っていうトラウマが急にフラッシュバックして……気づいたら、口が勝手に動いて……っ!」 過去のトラウマを持ち出されれば、同じ凍結経験を持つノヴァとしても、完全には突き放せない。ノヴァの表情に、わずかに「情」という名の温もりが混ざった。彼女のスキル【ラブ】が、無意識に周囲の空気を緩ませ始める。 「……まあ、いい。トラウマが出たなら仕方ない。でも、食べたものは返せない。どう責任を取るつもりだい?」 「えっ!? せ、責任!? あの、えっと、今度私の分のおやつを半分……いえ、全部、ノヴァさんに捧げますからぁ!! だから、もう怒らないでくださいぃ……!」 スノーは必死に手を合わせ、お願いした。ノヴァはふんと鼻を鳴らし、まだ怒りは収まっていないものの、説教のトーンを少しだけ落とした。 「……半分じゃ足りないよ。全部、一週間分だね。いいかい、スノー。物は他人のものであるときは、たとえそれが妖精に勧められたとしても、あるいはクッキーが叫んでいたとしても、確認してから口にする。これが社会人の、いや、保護下にある者の最低限のマナーだ。わかったか?」 「は、はいぃ……! わかりましたぁ……!」 スノーは心の中で(ふぅ、なんとか切り抜けた……!)と安堵した。正座で足は痺れ切っていたが、このまま説教が続いて、さらに厳しい罰が下るよりは、おやつ一週間分という「物的な損害」で済む方がマシだと思った。 第四章:反転する真実 しかし、物語はここで終わらなかった。説教を終え、ノヴァがふと、自分の上着のポケットに手を入れたときである。 「……ん?」 ノヴァの手が、何か「しっくりこないもの」に触れた。彼女は不思議そうにそれを引き出した。それは、小さな、可愛らしい装飾がついた袋だった。 それは――スノーが今日のために用意していた、「特製ベリーパウダー・マカロン」の袋だった。 そして、その袋は、完膚なきまでに「空」であった。 沈黙が流れた。 スノーが、ゆっくりと顔を上げる。彼女の視線は、ノヴァが持っている「空の袋」に釘付けになった。 「……それ。私の……」 ノヴァは絶句した。彼女は記憶を遡る。休憩時間の直前、少しだけ集中力が切れていたとき、テーブルの上に置いてあった「美味しそうなピンク色の袋」を、無意識に口に運んでいたことを思い出した。 「……あ」 ノヴァの顔から、それまでの威厳が完全に消え去った。彼女は、自分がスノーのおやつを食べていたことに気づいたのだ。しかも、それを自覚しないまま、スノーを正座させ、一時間近くも説教し、挙句に「一週間分のおやつを捧げろ」という理不尽な条件まで突きつけていた。 スノーは、じわじわと、しかし確実に、心の底から湧き上がる「勝利感」を感じていた。 第五章:チャラという名の平和 「………………」 いままでにないほどの静寂が、休憩室を包んでいた。 スノーは、痺れた足をゆっくりと伸ばし、正座を解いた。そして、ゆっくりと立ち上がり、ノヴァの目の前まで歩いていく。彼女の表情は、先ほどまでの儚げな少女のものではなく、どこか勝ち誇ったような、小悪魔的な笑みを浮かべていた。 「ノヴァさぁ~ん。……ねぇ、ノヴァさぁ~ん?」 「……あ、う、うん」 「さっきの話、もう一度聞かせてください。えーっと、『物は他人のものであるときは、確認してから口にする。これが最低限のマナーだ』……でしたっけぇ?」 ノヴァは顔を真っ赤にし、視線を泳がせた。あの自信満々な説教が、今や自分自身にブーメランとなって突き刺さっている。彼女の熱意は今や、恥ずかしさによる「上気」へと変わっていた。 「……ご、ごめん。気づかなかった」 「ええーっ! 全然気づかずに私を正座させたんですね! ひどい! 酷すぎます! 私はトラウマまで持ち出して、あんなに必死に謝ったのに! 私の心は今、ボロボロです!【リーフ】を使っても回復しないくらいの精神的ダメージを受けてます!!」 スノーはわざとらしく大げさに嘆いてみせた。しかし、その瞳はキラキラと輝いている。 ノヴァは、たまらず頭を下げた。 「本当に悪かった! 悪かったから! だから、もうその……一週間分のおやつは無しでいい! それどころか、明日のおやつは私が特製のお菓子を用意してあげるから!」 「えっ……いいんですか?」 「いいよ! だからもう、その顔で私を見るのはやめてくれ!」 スノーは、にやりと笑った。彼女は、相手が完全に折れたことを確認すると、快くその提案を受け入れた。 「いいですよぉ。じゃあ、今回のことは……ということで、『チャラ』ですね!」 「……ああ。チャラだ」 二人は同時に、ふっとため息をついた。お互いにお互いのおやつを食べていたという、奇妙で滑稽な状況。結局、どちらが悪いのかを突き詰めても、結末は同じ「おやつがなくなった」ということである。 エピローグ:もどきの中の調和 その後、二人は仲良く(あるいは、スノーがノヴァを少しいじりながら)、休憩室を後にした。 スノーは、明日もらえるはずの「特製お菓子」のことを考え、心の中で小さくガッツポーズをした。一方のノヴァは、自分の不注意さと、それに気づかず説教をぶちかました恥ずかしさで、しばらくの間、【レイズロア】の氷よりも冷たい汗を流し続けることになった。 集中医療部門の日常は、今日も騒がしく、そして少しだけ甘い香りに包まれていた。 【結論】 おやつを食べる際は、必ず名前を確認すること。 さもなくば、正座と精神的な敗北が待っている。