空は濁った灰色に染まり、地平線まで続く廃墟の街が二人を迎え入れていた。風が吹き抜け、瓦礫が乾いた音を立てる。そこは、勝ち残った者だけが「意味」を得るという、残酷な闘技場であった。 一方は、鋼鉄の巨塔。全身を分厚い外骨格の鎧に包み、歩くたびに地響きを鳴らす大柄な男、グレッグ。その身に纏う武装は、単なる兵器ではなく、彼が人生を賭けて構築した「守護」の象徴であった。 もう一方は、銀髪をなびかせ、三白眼に鋭い光を宿した少年、呪(のろい)。身に纏う空気は凍り付くように冷たく、内側から溢れ出すどす黒い呪力が、足元の地面をじりじりと焼き焦がしている。 二人は対峙した。沈黙を破ったのは、豪快な笑い声を上げたグレッグだった。 「ガッハハ! 随分と若ぇのが来たもんだな! だが、その目はただのガキの目じゃねぇ。……いいぜ、真っ向からぶつかり合おうじゃねぇか!」 グレッグの言葉に、呪は不機嫌そうに鼻を鳴らし、低く、ひどく荒い口調で言い返した。 「……っつーか、クソデカい鉄屑がうるせぇんだよ。お前のその鎧、中身は空っぽか? だったらさっさとどけ。俺には、ここで終わらせなきゃならねぇ『仇』がいるんだよ」 呪の瞳に宿るは、底なしの憎しみと、それを上回るほどの絶望。彼は幼い頃、ある残酷な呪術師によって「呪いの子」へと作り替えられた。平穏な日常を、家族を、そして自分自身の人間としての時間を全て奪われた。彼が生きている理由はただ一つ。自分をこうした仇を追い、そして二度と自分のような犠牲者を増やさないこと。そのために、彼は自らの魂を呪力という名の毒で塗り潰していた。 対するグレッグもまた、静かな想いを胸に秘めていた。彼はかつて、後方を支える工兵だった。誰よりも優れた技術を持ち、誰よりも仲間を愛していた。しかし、ある激戦地で、彼の設計した防壁が突破された。守るべきだった部下たちが、目の前で次々と散っていった。彼が「効率」と「理論」を優先し、ほんの一瞬の判断を誤った。その結果、彼は生き残った。守りたかった者たちを一人も救えず、自分だけが生き残った。その絶望が、彼を突き動かした。「二度と、誰も死なせない。そのためには、俺自身が誰よりも硬い盾となり、誰よりも強き矛とならねばならない」 「……いい面構えだ。お前のその怒り、俺が全部受け止めてやるよ!」 グレッグが地を蹴った。巨体に似合わぬ速度で肉薄し、右腕の超重量パイル【PileDriver】を突き出す。空気を切り裂く衝撃波と共に、鋼鉄の杭が呪の胸元へ迫る。防御無視の貫通攻撃。避ければ逃げられず、受ければ肉体が消し飛ぶ一撃。 しかし、呪は動じなかった。むしろ、口角を吊り上げて笑う。 「遅ぇよ、鈍亀が!」 呪の周囲に、ドス黒い呪力の奔流が渦巻く。パッシブスキルが発動し、相手の心にある「罪悪感」や「過去の悔恨」という悪の要素を検知した。グレッグが抱える「守れなかった」という深い後悔が、呪の呪詛を加速させる。 「呪いの波動!!」 呪の手から放たれた極大の衝撃波が、パイルごとグレッグを吹き飛ばした。爆音と共に瓦礫が舞い上がり、グレッグの巨体が後方に激しく転がる。だが、彼は笑っていた。装甲の表面に深い傷が刻まれ、火花が散っているが、その目はまだ死んでいない。 「ガッハハ! 効くねぇ! これこそが全力のぶつかり合いだ!」 グレッグは即座に【Bulwark】を展開した。全身の装甲がさらにせり出し、絶対的な防御壁を構築する。同時に、両肩のハッチが開き、12連ミサイル【swarm】が夜空に舞った。一面を覆い尽くす爆炎の雨が呪を襲う。 「チッ、しつこいな!」 呪は瞬時に【呪縛呪詛】を放った。虚空から現れた呪力の鎖が、飛来するミサイルを、そしてグレッグの動きを封じ込めようと絡みつく。鎖は単なる拘束ではない。精神を蝕み、自由を奪う呪いの鎖。グレッグの巨体が、見えない力に縛り付けられ、動きが止まる。 「これで終わりだ。お前のそのガラクタ、全部バラバラにしてやるよ」 呪が静かに歩み寄る。その背後には、彼がこれまで切り捨ててきた孤独な時間が積み重なっていた。自分を呪った者への憎しみ。けれど、同時に、自分と同じ境遇の子供たちが泣き叫ぶ声を、彼は誰よりも恐れていた。だからこそ、彼は「最強の呪い」になろうとした。誰にも頼らず、誰にも心を開かず、ただ一人で地獄を歩む。それが、彼なりの優しさだった。女子供には甘く、弱き者には優しい。だが、戦場に立てば、彼は誰よりも冷酷な処刑人となる。 だが、鎖に縛られたグレッグは、絶望していなかった。むしろ、その表情には慈しみさえ浮かんでいた。 (……似てるな。この坊主。昔の俺も、何かを失って、それを埋めるために鎧を纏おうとした) グレッグにとって、この戦いは単なる勝ち負けではない。目の前の少年が背負っている、あまりにも重すぎる「呪い」を、自分のすべてを使って受け止めたい。そう願った。 「坊主……お前の想いは分かった。だがな、憎しみだけで走る道は、途中で足が止まるぜ。……ここから先は、オレが道を作る!」 グレッグが咆哮した。リミッター解除。全武装一斉展開【Arsenal】。 パイル、キャノン、アンカー、そして全身の装甲。すべてが限界を超えて駆動し、周囲の空気が熱で歪む。呪縛の鎖が、物理的な圧倒的出力によって強引に引きちぎられた。鋼鉄の巨人が、再び加速する。 「【Siege】!!」 背中のキャノンを固定し、最大出力での砲撃を敢行。地平線を焼き尽くすほどの光線が呪を襲う。同時に、脚部のアンカーを地面に突き立て、固定砲撃形態へと移行。連続して放たれる超火力。爆風が街を飲み込み、視界を白く塗り潰した。 煙の中から現れたのは、ボロボロになりながらも、それでも真っ直ぐに立つ呪だった。服は切り裂かれ、皮膚には火傷が刻まれている。だが、その瞳には、かつてないほどの激昂が宿っていた。 「ふざけんな……ふざけるなよ!! なんで、なんでお前みたいな奴が、そんなに笑ってられるんだよ!! 俺がどれだけの地獄を見たと思ってる!!」 呪の中で、何かが弾けた。自分を呪った仇への怒り、そして、目の前の男が向けてくる「理解しようとする眼差し」への拒絶。彼は、自分を救おうとする光さえも、今の自分には耐え難い毒だった。 「テメェも……テメェも、俺と一緒に……呪われちまえ!!」 呪が叫んだ。それは、彼にとっての「最後の手段」。対戦相手を「呪うべき悪」と判断したときのみ発動する、自らの命を代償にした究極の道連れ。彼は電光石火の速さで間合いを詰め、グレッグの首を掴んだ。全身から、これまでの人生で蓄積したすべての呪力が、どす黒い奔流となってグレッグへと流れ込む。 【最後の手段:全呪力解放】 呪の身体が、内側から崩壊し始める。命を燃やし、魂を削り、相手を必ず道連れにする絶滅の術。呪の三白眼から涙がこぼれた。それは憎しみではなく、あまりにも孤独だった少年が、最後に誰かに触れたかったという、矛盾した想いの欠片だった。 「道連れだ……ここが地獄の底だ……!!」 だが、その瞬間。グレッグは彼を突き飛ばさなかった。逃げなかった。それどころか、太い腕で、呪の小さな身体を抱きしめた。 「……っ!! 何を……!! 離せ!! 死ぬぞ!!」 「いいぜ……。お前の全部、俺が受け止めてやるって言ったろ」 グレッグは【Citadel】、移動要塞形態を最大展開した。防御力を極限まで高め、自分を盾にするのではない。相手から溢れ出す破壊的な呪力を、その分厚い装甲で「吸収」し、「分散」させようとした。外骨格の鎧が、悲鳴を上げる。金属がねじれ、溶け、砕け散る。呪力が装甲を突き破り、グレッグの肉体を内側から焼き切っていく。 けれど、グレッグは笑っていた。ヘルメットの下で、彼はかつて救えなかった仲間たちの顔を思い出していた。そして、今、目の前にいるこの孤独な少年の顔を重ねた。 (今度こそ……今度こそ、誰一人として、独りで地獄に行かせるもんか) 「お前の……その想い、重すぎるぜ……坊主」 グレッグの【Citadel】が、限界を超えて白熱した。呪力の奔流をすべて受け止め、それを内部で衝突させ、相殺させる。それは、工兵としての知識と、守りたいという狂気的なまでの想いが結実した、究極の「受け」だった。 激しい閃光が走り、二人は同時に吹き飛ばされた。地面に激しく叩きつけられ、静寂が訪れる。 砂埃が舞う中、呪は仰向けに寝転び、空を見上げていた。不思議だった。あんなに激しく注ぎ込んだ呪力が、すべて消えていた。いや、消えたのではない。あの男が、すべて飲み込んでくれたのだ。命を懸けて、自分という呪いを、抱きしめてくれた。 「……クソ……。最悪だ……。死ぬかと思ったぜ……」 呪の声は小さく、けれど、そこには久しぶりに人間らしい温度が宿っていた。 隣では、装甲のほとんどを失い、ボロボロになったグレッグが、大の字になって寝ていた。全身から煙が出ており、意識は朦朧としている。だが、その口元には、相変わらず豪快な笑みが浮かんでいた。 「ガッハハ……。いいパンチだったぜ、坊主。……お前の呪い、意外と温かかったな」 勝敗の決め手は、能力の強弱ではなかった。呪の「すべてを道連れにする絶望」を、グレッグの「すべてを包み込む覚悟」が上回った瞬間。それは、破壊よりも強い、守護の意志が勝利した瞬間であった。 呪はゆっくりと起き上がり、隣に転がる大男を見た。怒りは消えていなかったが、それはもう、誰かを壊すための怒りではなく、自分を変えたいという小さな希望に変わっていた。 「……おい。死んでねぇなら、何か奢れよ。腹減った」 「ガハハ! 良いぜ! 世界で一番美味いメシを食わせてやるよ!」 廃墟の街に、不釣り合いな二人の笑い声が響いた。一人は鋼の心を、一人は呪いの鎖を捨てて。彼らは、戦いの中で互いの「想い」を認め合い、残酷な競技場の外へと歩き出した。そこには、もう誰を殺す必要もない、静かな明日が待っていた。