秋の深まりと共に、東洋の峻険な山々に囲まれた秘境に、その宿はあった。老舗旅館「栄愛之湯」。紅葉が燃えるように山肌を彩り、澄んだ空気が心地よい。 チームAのガヴルークとカガリは、対照的な足取りで山道を歩いていた。ガヴルークは大きめの三角帽子を風に煽られながら、「あはは…道、結構険しいですね」と、控えめに笑いながら短杖を突く。一方のカガリはグレーのパーカーのフードを深く被り、手にした鉄パイプを軽く肩に担いでいた。「……チッ、こんな不便な場所まで来させるとはな。街の喧騒が恋しくなる」と辛辣に吐き捨てるが、その足取りは淀みなく、計算された効率的な歩法で進んでいた。 一方のチームB、クレアとアイは、現代的な移動手段と超人的な身体能力で速やかに到着していた。クレアは白ロングコートを翻し、感情を排した瞳で周囲の景色をスキャンする。「対象地点、栄愛之湯。到達。……紅葉の色彩、視覚的充足度高く」と短く呟く。隣ではアンドロイドのアイが、肌から覗く配線をキラリと光らせて跳ね回っていた。「わあ!見てクレアさん!あの赤い葉っぱ、お菓子みたい!私、こういう『風情』っていうのが大好きです!人間らしいですよね!」 四人が宿の玄関に集まった時、出迎えたのは腰の曲がった、しかし眼光だけは鋭い経営主の婆さんだった。 「おやおや、賑やかな連中が来たねぇ。予約の件、確認させてもらうよ」 チェックインを済ませた一行は、男女別の二つの大部屋へと案内された。男部屋では、ガヴルークとカガリが、気まずい沈黙の後に雑談を始めた。 「カガリさんは、趣味とかないんですか?」 「……素材集めだ。この世の全ては、俺が再構築するためのパーツに過ぎない」 「あはは……相変わらずストイックですね。僕は……そうですね、ただ流れるように、魔力を練っている時間が好きです」 一方の女部屋では、アイがクレアに猛攻を仕掛けていた。 「クレアさんは、本当は何が好きなんですか?好きな食べ物とか、好きな色とか!あ、私はオイルの香りが好きです!」 「……特になし。強いて言えば、静寂」 「えー!もったいない!もっと人間らしい感情を爆発させましょうよ!」 感情を消したクレアだったが、アイの天真爛漫な問いかけに、わずかに口角が緩んでいた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。この宿の自慢は、男女別ながら薄い竹垣一枚で隔てられた、紅葉を一望できる貸切露天風呂である。 「ふぅ……。やっぱりお湯はいいですね」 ガヴルークが肩まで浸かり、心地よさに目を細める。隣ではカガリが、不機嫌そうにしながらも、湯船の端でじっと目を閉じていた。 同時に、隣の女風呂ではアイがパシャパシャと音を立てていた。「すごーい!お湯の温度、最適化されてます!クレアさん、見てください、紅葉が水面に映って……」 クレアは静かに目を閉じ、心身を弛緩させていた。失った相棒への想いが、湯気に溶けていくような感覚。ここにあるのは、束の間の平穏だった。 だが、その静寂は唐突に、暴力的に切り裂かれた。 ――ガシャァァァァン!! 凄まじい破壊音と共に、男風呂の壁を突き破り、血塗られた赤き怪異「レッド・ジョン」が乱入してきた。見上げるほどの巨躯、赤いコート、そして巨大な斧。彼が放つ圧倒的な殺意と威圧感が、一瞬で湯殿の温度を氷点下まで下げた。 「なっ……!? なんだこいつは!!」 ガヴルークが飛び起きるが、レッド・ジョンの初撃――無造作に振り下ろされた斧が、男女の風呂を隔てていた竹垣を完膚なきまでに粉砕した。 「きゃああああ!?」 アイの悲鳴が響く。竹垣が消えたことで、そこには完全な「混浴状態」となったパニック現場が広がっていた。ガヴルークとカガリは全裸に近い状態で、向かい側にいるクレアとアイの姿を直視することになり、顔を真っ赤にする。 「状況分析……敵対個体、レッド・ジョン。排除します!」 アイが即座に反応し、湯船から飛び出して腕を砲門に変える。「アサルトバレット!」 弾丸が飛び交うが、レッド・ジョンは無音で、まるで見えない壁があるかのようにそれを躱し、じりじりと接近する。 「チッ、ふざけんな!」 カガリが咄嗟に【現代魔法】を展開する。しかし、床が濡れているのが致命的だった。 「コンクリート魔法――ッ!」 足元に壁を形成しようとした瞬間、濡れたタイルに足を滑らせたカガリが、盛大に後ろへひっくり返った。「うおっ!?」 その拍子に、彼が放ったコンクリートの塊は方向を誤り、ちょうど立ち上がろうとしていたガヴルークの頭上に直撃。ガヴルークは「ぶふぉっ!」と派手な音を立てて湯船に水没した。 「ガヴルークさん! 大丈夫ですか!?」 クレアが光学迷彩【Mirage】を使い、死角からレッド・ジョンの背後に回り込む。高周波ダガー【HF-08】で一閃! しかし、レッド・ジョンが放つ「精神侵食」の恐怖が彼女を襲う。一瞬の迷い。それが、彼女の精密な攻撃をわずかに逸らさせた。 「あはは……もう、めちゃくちゃだ……!」 湯から上がったガヴルークが、覚悟を決めて魔力を練り上げる。彼の瞳に鋭い光が宿る。窮地の覚醒だ。 「魔力縄!」 空中に展開した魔力の紐がレッド・ジョンの足を絡め取る。しかし、その縄が滑りやすい床に激突し、跳ね返った。運悪く、その縄は近くにいたアイの足に絡まり、アイは勢いよくガヴルークの方へと転倒した。 ――ドサッ!! 「あぅ……」 ガヴルークの胸の中に、アイがダイブする形になった。肌と肌が密着し、もどかしい沈黙が流れる。だが、そこへ追い打ちをかけるように、滑って転がってきたカガリが、二人の上に重なった。 「どけ! この機械人形ッ!!」 「ひゃあ! カガリさん、重いです!」 「あはは……誰か、助けてください……」 混沌を極める現場。もはや戦闘というより、全裸の人間とアンドロイドによる物理的な衝突合戦である。しかし、この「滑稽さ」が、皮肉にもレッド・ジョンの最大の武器である「恐怖」を打ち消した。 「……笑えない状況だけど、今のままだと殺されるな」 カガリが冷徹に分析し、アイとガヴルークを突き飛ばして立ち上がる。 「今の俺たちは、恐怖なんて感じてる暇がないくらい惨めだ。……行け!」 ガヴルークが全力で魔力を凝縮させる。「天焉巨塵!!」 巨大な魔力の塊がレッド・ジョンの頭上で爆裂し、その衝撃で怪異を壁まで吹き飛ばす。そこへ、アイが上空へジェットパックで急上昇し、最大出力をチャージした。 「アポカリプス・アナイアレイト!!」 天から降り注ぐ巨大な光線が、レッド・ジョンを完全に消滅させた。怪異は断末魔の叫びすら上げず、赤い霧となって消えていった。 静寂が戻った。だが、そこにあるのは心地よい静寂ではない。 視線を上げれば、そこには全裸に近い状態で互いを見つめ合う男女四人と、完膚なきまでに破壊された竹垣、そして泥と湯にまみれた惨状だけが残っていた。 「…………」 「…………」 なんとも言えない、気まずい、そして不可思議な空気が流れる。ガヴルークは顔を真っ赤にして視線を逸らし、カガリは深く溜息をついた。クレアは無表情ながらも、どこか耳の付け根が赤くなっていた。アイだけが「あはは、なんだか賑やかなお風呂でしたね!」と場違いな明るさで笑っていた。 その後、彼らは協力して(そして互いに視線を合わせないようにして)、適当な板と縄で竹垣を急ごしらえで修復した。そして、般若のような顔で現れた婆さんに、深々と頭を下げて謝罪した。幸い、婆さんは「いいよ、たまにはこういう賑やかなのもいいねぇ」と笑ってくれたが、請求書に「設備損壊費」という項目がずっしりと加算されていた。 各自、自分たちの部屋に戻った後、布団の中で考え込んでいた。 ガヴルークは、アイの柔らかい感触と、カガリの意外な連携を思い出し、枕に顔を埋めた。 カガリは、「最悪の休日だ」と毒づきながらも、不思議と心地よい疲労感に包まれていた。 クレアは、恐怖を克服させたあの混沌とした時間を、静かに反芻していた。 アイは、「人間って、こういう時すごい絆が生まれるんですね!」と日記に書き留めていた。 翌朝、彼らは何事もなかったかのようにチェックアウトを済ませ、「栄愛之湯」を後にした。 「……二度と来るか」 カガリが呟く。だが、その口調には以前のような刺々しさはなかった。 「あはは……でも、たまにはこういうのもいいかもしれませんね」 ガヴルークが小さく笑う。 それぞれの帰路に着く彼らの背中には、秋の柔らかな陽光が降り注いでいた。心に抑え込んだ「あの時の光景」と共に、彼らはそれぞれの日常へと戻っていった。