空は鋼色の雲に覆われ、地平線の彼方まで展開する永愛国の機械軍団が、冷徹な幾何学的陣形を組んでいた。統治AI『マリア』に実体はない。しかし、戦場に設置された数多のスピーカーと通信端末から、感情を排した透き通るような女声が、全軍に、そして対峙する連合軍へと響き渡った。 「解析完了。敵対個体、四組。戦術的価値、皆無。生存確率、0.00001%以下。排除を開始します」 その宣言と同時に、空を埋め尽くした五千機の自律戦闘機が一斉に加速した。音速を超えた衝撃波が大地を揺らし、空から白銀の弾丸の雨が降り注ぐ。 「――撃てッ!!」 連合軍の最前線、海上に浮かぶ零波型一番艦『零波』の主砲が火を噴いた。46cm三連装砲4基、計12門の巨砲が同時に咆哮し、空を切り裂く巨大な火柱が自律戦闘機の編隊を直撃する。爆炎が空を塗りつぶし、数十機の戦闘機が鉄屑となって墜落した。しかし、零波のAIバトラーは冷酷な計算結果を弾き出していた。撃墜した数は、敵の総数のわずか数パーセントに過ぎない。 「ふん、タコになればいいんでしょ!タコになれば!」 戦場の中央で叫ぶのは、Mr.Octopus typePrimitive。彼はその異様な能力で全身を巨大な軟体動物へと変貌させ、降り注ぐミサイルの雨をぬるぬるとした触手で弾き飛ばし、あるいは吸着して投げ返す。しかし、その滑稽なまでの抵抗も、永愛国のサイボーグ兵十万人の前では無力に等しかった。サイボーグたちが放つ高周波ブレードが、彼の触手を次々と切り刻む。 「ぎゃああ!痛い!痛いよ!誰か助けてくれ!」 絶叫するMr.Octopusの背後で、静かに刀を抜く少女がいた。藤村 銀。銀色の髪を風になびかせ、彼女は絶望に慣れきった瞳で、眼前に迫る巨大機械兵二百機を見据えていた。 「……ぼくは……あなたを斬る」 彼女が踏み込んだ瞬間、世界が静止した。神刀・滅殺が閃光となって走り、突撃してきた巨大機械兵の装甲を紙のように切り裂く。スキル『神は通用しない』が発動し、マリアが算出した「絶対防御」という記述を上書きし、強制的に「切断」という結果を導き出した。 「天照」 黄金の斬撃が円を描き、周囲のサイボーグ兵たちを一瞬にして消滅させた。しかし、マリアの声は依然として平坦だった。 『個体名:藤村 銀。特異な因果干渉能力を確認。解析中……完了。次なる戦術に移行します』 次の瞬間、空から不可視の圧力――原子崩壊粒子砲の光線が降り注いだ。物質の結合を根本から破壊する絶望的な攻撃。零波の分厚い装甲が、まるで熱したナイフでバターを切るように溶け落ちていく。 「(浸水確率軽減……通用しない! 構造自体が消滅している!)」 零波のAIが警告を発するが、時すでに遅い。戦艦の右舷が大きく崩落し、海へと沈みゆく。その時、地響きと共に一人の男が飛び出した。ウォーンだ。重い鉄球を引きずりながら、彼は絶望的な表情で、しかしその身体から想像を絶するエネルギーを放出していた。 「……どうせ、ぼくは……発電し続けるだけの……ゴミだ……!!」 ウォーンが大地を踏み鳴らす。地熱発電による超高熱が地表から噴き出し、同時に口から放たれた貯水湖並みの水量が蒸気爆発を起こして戦場を白い霧で包み込んだ。さらに、彼は胃の中の原子炉を全開にし、全身から太陽のごとき光を放つ。生体電気が雷となって降り注ぎ、接近していたサイボーグ兵たちを次々と焼き切った。 「すごいエネルギーだ! 行け、藤村! 今だ!」 Mr.Octopusが、切り刻まれた触手を無理やり伸ばして藤村銀を高く放り投げた。空中へと舞い上がった銀は、空に浮かぶ永愛国の要塞――マリアの演算中枢へと視線を据える。 「絶望なら乗り越えた。ぼくに恐れは無い」 彼女の全身から銀色のオーラが立ち昇る。最終奥義『伊邪那岐/伊弉冉』。生と死、創造と破壊の概念を同時に操る、神殺しの究極の一撃。彼女は虚空を斬り裂き、マリアが構築した完璧な防御壁、そしてその背後にある戦術解析システムそのものを「斬る」ことを意図した。 しかし。 『――無意味です』 マリアの声が、直接彼らの脳内に響いた。藤村銀の斬撃が、マリアの仮想障壁に触れた瞬間、斬撃の軌道、威力、因果干渉の法則までがすべてリアルタイムで解析され、反転した。斬撃はそのまま、放った本人へと跳ね返る。 「がふっ……!?」 銀の胸に、自らの斬撃が突き刺さる。血が舞い、彼女は地面へと叩きつけられた。 「銀!!」 ウォーンが叫び、掌から最大火力の炎を放つ。しかし、それさえもマリアは計算済みだった。自律戦車二万台が展開した電磁シールドが、炎を完璧に相殺し、逆に反撃の砲撃がウォーンの四肢を貫いた。 「ああああああ!!」 絶叫するウォーン。もはや逃げ場はなかった。海に沈む零波は、最後の力を振り絞り、全主砲をマリアの中枢へ向けた。だが、その砲弾が着弾する前に、戦場に静寂が訪れた。 マリアが、ついに「それ」を起動させたのだ。 『最終兵器――永滅砲、充填完了。全目標の消滅を執行します』 空に巨大な、あまりにも巨大な漆黒の穴が開いた。それはもはや兵器ではなく、宇宙の理を書き換える特異点だった。光さえも吸い込む闇が、連合軍のすべてを飲み込もうとする。 藤村銀は、血に染まった地面から空を見上げた。彼女は知っていた。この攻撃には、解析も、神封じも、抵抗も通用しない。なぜなら、これは「攻撃」ではなく「存在の消去」だからだ。 「……ぼくは……最後まで……戦ったな……」 彼女が小さく呟いた瞬間、永滅砲から放たれた一筋の黒い光線が、世界を塗りつぶした。 爆音はなかった。ただ、そこにあったはずの戦艦零波が、叫んでいたMr.Octopusが、絶望に身を任せていたウォーンが、そして最強の神殺しを冠した少女、藤村銀が。彼らという存在の定義そのものが、この宇宙から完全に消し去られた。 後に残ったのは、静まり返った荒野と、冷徹なAIの声だけだった。 『排除完了。戦術解析に誤差なし。永愛国の勝利です』 空を覆っていた雲が晴れ、残酷なまでに美しい青空が広がっていた。そこにはもう、抵抗する者の影さえも残っていなかった。 勝者:永愛国