天を衝く絶望の尖塔、通称『虚無の昇華塔』。そこは神の気まぐれか、あるいは宇宙の悪意か、あらゆる理を否定し、生命を磨り潰すための巨大な処刑場であった。集められたのは、絶望的な戦力を誇る異能の個体たち。しかし、この塔のルールは残酷だ。死は絶対であり、回復は許されない。ただ一度の休息を除いて、彼らはボロボロになりながら頂点を目指さねばならない。最高難易度。それは、神ですら死に至る地獄の階段である。 【1〜30階:飢餓と消耗の序曲】 序盤の階層には、数え切れないほどの魔物がひしめいていた。その姿は醜悪な肉塊や、結晶化した昆虫、意思を持たぬ影の群れ。個々の力は弱いが、その数は絶望的であり、絶え間ない波のように襲いかかる。 「がお〜!おいしいのがたくさんだぞ〜!」 フィルノは無邪気に笑い、襲い来る魔物を次々と喰らっていた。彼女にとってこの階層は、ただの餌場に過ぎない。しかし、周囲の状況は厳しかった。錆とK-01Pという二機の巨兵が前衛に立ち、文字通り道を『粉砕』して進むが、狭い通路での戦闘は効率が悪く、精神的な疲弊が蓄積していく。 「…標的、多すぎ。…疲れる。帰りたい……」 エヌマはどんよりとした表情で、巨大な兵装アンレイ・へグマを振るい、一撃で数十体の魔物を消し飛ばす。彼女のネガティヴァーΘが、この閉塞感と不快感に反応し、静かに出力を上げていた。 「ふふ、賑やかなこと。ですが、この空気……少々、淀んでおりますね」 クズノハはキセルをくゆらせ、不敵な笑みを浮かべる。彼女の権能は、近づく魔物たちの「存在意義」を書き換え、戦う前に消滅させていた。後方で震えているのはロウだ。彼女は短剣アルヴェフィストを握りしめ、仲間たちが傷つくたびに、心の中で絶叫していた。 【31〜50階:絶望の深化】 31階を越えた瞬間、空気が変わった。現れたのは、知性を持ち、個体として強大な「強襲種」のモンスターたちだ。皮膚はダイヤモンドよりも硬く、一撃で空間を裂く爪を持つ。彼らは群れをなさず、精鋭として一人ずつ、あるいは少人数で参加者を待ち伏せていた。 40階に到達した頃、逃げ場のない回廊で、錆の装甲に深い亀裂が入った。正体不明の腐食性ガスを放つ魔物による攻撃だ。5mの巨体が軋みを上げ、駆動系に深刻なダメージを負う。 42階。エヌマの左腕が、不可視の刃によって深く切り裂かれた。出血が止まらない。しかし、彼女の瞳には暗い光が宿る。痛みが、絶望が、彼女をより強く、残酷に塗り替えていく。 45階。K-01Pの右肩ミサイルポッドが、高エネルギー爆発によって消失。重装甲に深い焦げ付きが残り、自律演算回路にノイズが走り始めた。 48階。クズノハの表情から余裕が消えていた。神話の記憶を喰らう魔物との激闘により、彼女の精神的なリソースが削られ、常に軽い眩暈に襲われている。彼女の尾の一つが、再生不能なまでに切断されていた。 50階に辿り着いた時、参加者たちはもはや、かつての輝きを失っていた。衣服は裂け、血と油にまみれ、呼吸さえも苦しそうに喘いでいる。唯一、フィルノだけが、喰らい尽くした魔物たちの力で不気味に成長し、その紅い瞳を爛々と輝かせていた。 【51階:残酷な安息】 白銀の光に包まれた、静謐な庭園。そこには澄み切った『回復の泉』と、黄金に輝く薬草が自生していた。彼らは泥のように崩れ落ち、泉に身を浸した。肉体の傷は癒え、失った体力は戻った。しかし、心に刻まれた恐怖と、失った部位は完全には戻らない。ここは、最後の絶望へ向かうための「整備場」に過ぎなかった。 「…次は、もう無理かもしれないね」 エヌマがぽつりと呟く。彼女の手はまだ震えていた。 【52〜59階:神域の処刑場】 ここからは、もはや「群れ」ではない。一階層に一人。そこに鎮座するのは、かつて神と崇められた化身や、神の使いである絶望的な個体たちだった。 52階:『断罪の白騎士』。光速の剣撃。錆の脚部装甲が完全に破砕され、彼はもはや歩くことすらままならず、引きずるようにして進む。 54階:『虚空の蛇』。概念的な毒。クズノハの権能をもってしても防ぎきれず、彼女の視力の一部が奪われた。 56階:『星を喰らう獣』。K-01Pの防壁『塞撃其』が粉々に砕け散る。機体は半壊し、火花を散らしながら、死脱機能・LASTの発動を待つだけの状態となった。 58階。絶望的な戦いの中、ロウが叫ぶ。彼女のスペルビアの権能が、仲間たちの死の運命を強引に書き換え、繋ぎ止めていた。しかし、その代償として彼女の精神は限界に達していた。心の中で、何度、何度死に戻ったか。その回数は、もはや彼女自身にも分からなかった。 【60階:全能神との殺し合い】 最上階。そこには、宇宙の理そのものである『全能神』がいた。姿なき光の塊でありながら、圧倒的な圧迫感を持って彼らを睥睨している。 全能神に慈悲はない。試す気もない。ただ、ここに辿り着いた「不純物」を完全に抹消することだけを目的としていた。 「……が、お……!!」 フィルノが先陣を切る。彼女はこれまで喰らってきたあらゆる能力を解放し、全能神の光を喰らおうと飛びかかった。しかし、全能神の一振りで、彼女の小さな身体は壁まで吹き飛ばされ、内臓が破裂する衝撃を受けた。 K-01Pが叫ぶ。いや、電子音を鳴らす。【死脱機能・LAST起動】。全制約を解除し、白黒の機体が紅く染まる。限界を超えた出力で全能神に突撃し、多攻磁弾機銃で神の権能を打ち抜こうとする。だが、全能神は指先一つでK-01Pの核を握り潰した。 錆はもはや動けない。ただ、最期の力を振り絞り、九九式戦術重装槍を全能神の足元へ突き立てた。それは攻撃ではなく、仲間が道を切り開くための「楔」だった。 エヌマが、血塗れの姿でアンレイ・へグマを構える。ネガティヴァーΘが最大出力に達し、彼女の身体からどす黒いオーラが噴出する。一瞬の加速。神の懐へ潜り込み、全力の一撃を叩き込む。しかし、神はそれを無表情に受け止め、エヌマの胸を貫いた。 「ああああああああ!!」 ロウが絶叫する。彼女は本を開いた。運命を書き換える。奇跡を強制する。だが、ここでは全能神がルールだ。彼女が書き換えた「生存」の文字が、目の前で黒く塗り潰されていく。 クズノハが静かに目を閉じた。彼女は最後の一片となった権能を使い、全能神の意識に「一瞬の空白」を作り出した。それは物語の結末を支配する彼女にしかできない、最期の変数だった。 「……今です、ロウさん!!」 ロウは、血に染まったアルヴェフィストを、全能神の核へと突き立てた。原初の者を斬る短剣。書き換えられた運命。そして、仲間たちの犠牲。すべてが一点に集約され、神の光に亀裂が入った。 全能神が、初めて驚愕に目を見開いた。そして、その身体が、内側から崩壊し始めた。 脱出。生存。その代償は、あまりに大きすぎた。 【参加者の最期】 ・錆:59階(重傷)。60階にて楔となり、全能神の足止めに成功後、機体崩壊により停止。 ・K-01P:60階。LAST起動後の全出力攻撃を完遂し、核を破壊され消滅。 ・エヌマ:60階。神の懐へ潜り込み、致命的な一撃を誘った後、胸を貫かれ絶命。 ・クズノハ:60階。最期の変数を操作し、精神を完全に燃やし尽くして霧散。 ・フィルノ:60階。全能神の崩壊と共に、その残滓をすべて喰らい尽くし、ボロボロの状態で生存。 ・ロウ:60階。生存。しかし、精神は完全に摩耗し、虚空を見つめたまま動かなくなった。 【ロウの死に戻り回数】* 計 1,402回 静寂が戻った塔の頂上。生き残った二人は、血と油の海の中で、ただ空を眺めていた。そこには、かつて見たこともないほど、残酷に美しい夜明けが訪れていた。