かつて、世界は戦火に包まれていた。神々が地に降り、英雄が竜を屠り、異能者が街を破壊し、宇宙の宿命を背負った少年たちが星の意思を巡って激突した時代。しかし、今は違う。世界に平和が訪れ、かつての戦士たちはそれぞれの理由で「日常」という名の不可思議な安寧の中にいた。 そんなある日の午後。都内にある、少し怪しげな看板を掲げた「全品食べ放題レストラン・ガッツリ天国」に、およそ接点などあるはずのない四組(実質五人)の男女が集まった。 赤のシングレットに身を包み、ただそこに座っているだけで周囲の空間を歪ませるほどの威圧感を放つ女性、吉田沙保里。煌びやかな衣装を纏い、自らを伝説的英雄と称して大声で笑う青年、ティモート・テフキー。赤髪にギザギザ歯、不機嫌そうにゆで卵を凝視している男、異能喧嘩屋堂々さん。そして、なぜかフリフリの魔法少女衣装に身を包み、絶望的な表情で隣り合って座るシャア・アズナブルとアムロ・レイ。 彼らは互いの正体を知っていたが、今は平和な時代だ。戦う理由はなく、ただ「腹が減った」という生物的な本能に従い、ランチ2千円という破格の食べ放題プランに飛び込んだのである。 しかし、彼らが注文を終え、期待に胸を膨らませていたその時。店員が、まるで処刑人が死刑宣告を行うかのような足取りで近づいてきた。彼らが目にしたのは、テーブルを埋め尽くさんばかりの、山のような炒飯。一人につき一皿。だがその一皿は、およそ人間が一人で食べる量ではない。見たところ、成人男性五人前はあろうかという、黄金色に輝く「チャーハンの要塞」であった。 店員は無機質な声でこう告げた。 「お客様、当店のご利用ルールです。こちらを完食してから、あちらのメインビュッフェをご利用いただけます。完食できなければ、ビュッフェへの移行は認められません。制限時間は、この炒飯を含めて90分です」 それは、客に胃袋の限界を突きつけ、ビュッフェの原価を極限まで削ろうとする店側の卑劣な策であった。だが、最悪なのは、その炒飯が、鼻をくすぐる香ばしいラードの香りと絶妙な塩加減により、「絶品である」ということだった。 --- 吉田沙保里の心情と反応 目の前に現れた、皿からはみ出さんばかりのチャーハン。その量を見て、吉田沙保里はまず、深く、静かに、腰を折って会釈した。彼女の礼儀正しさは、その超越的な力と同等に徹底されていた。 (……多いですね。いえ、多いというレベルではありません。これはもはや、一つの地形です) 彼女の鋭い眼光が、炒飯の山を分析する。常人であれば、この量を見た瞬間に絶望し、食欲を失うか、あるいは店員の不誠実さに怒りを覚えるだろう。しかし、吉田にとって「困難」とは、乗り越えるためにあるものである。世界大会16連覇、119連勝。彼女の人生は、自分より強い相手を、あるいは自分自身の限界を、いかにしてねじ伏せるかという研鑽の歴史だった。 (しかし、店員の方の言い方は少し……いえ、かなり卑劣かもしれません。ですが、ルールはルールです。ここで不満を漏らすことは、スポーツマンシップに反します。そして何より……) ふわりと漂ってきた香ばしい香りが、彼女の嗅覚を刺激した。それは、計算され尽くした油のコクと、パラパラに炒められた米の完璧な調和。吉田の脳内で、本能的なスイッチが入った。彼女にとって、食事とは単なる栄養補給ではない。それは、戦いにおける「リカバリー」であり、心身を整えるための神聖な儀式である。そして今、目の前にあるのは、完食という名の「壁」だ。 (負けたくない。このチャーハンに、そしてこの店の理不尽なルールに、私は屈したくない) 彼女の心の中で、静かな闘志が燃え上がった。彼女の身体は、すでに概念を超越している。物理法則すら無視し、隕石さえ片手で止める怪力の持ち主である彼女にとって、胃袋の容量などという生物的な制約は、本来であれば「書き換え」可能な事象に過ぎない。しかし、彼女はそれをしない。力を使い、因果律を操作して空腹感を消したり、胃を無限に広げたりすることは、彼女の誇りが許さなかった。 (正々堂々と、一口ずつ、丁寧に、そして迅速に。これが私の、今の戦いです) 彼女はそっとスプーンを手にした。その動作一つにまで、完璧な体幹の安定と、無駄のない動きが宿っている。周囲に漏れ出る覇気が、無意識に店内の空気を重くし、隣のテーブルの客たちが震え上がったが、彼女自身はそれに気づいていない。ただひたすらに、目の前の黄金の山を「攻略すべき相手」として見据えていた。 (まずは、この頂上から崩していく。戦略的に、効率的に。……いただきます) 彼女は深く頭を下げ、一口目を口に運んだ。その瞬間、絶品の味が口いっぱいに広がり、彼女の精神的な集中力は極限まで高まった。これはもはや食事ではない。レスリングの試合における、最後の一分間のような緊張感である。彼女は心の中で、自分に言い聞かせた。絶対に、一粒たりとも残さない。それが、霊長類最強の女としての、そして一人の努力家としての意地であると。 --- ティモート・テフキーの心情と反応 「……ッ!? これは一体どういうことだッ!!」 ティモートは椅子から飛び上がり、劇的な身振り手振りで叫んだ。彼の煌びやかな衣装が、店内の照明を反射してキラキラと輝く。しかし、その表情には明らかな困惑と、それ以上の「高揚」が混在していた。 (なんと! この店はワタシに、ビュッフェという名の聖域へ至るための『試練』を課したというのかッ! 完食せねば先へ進めぬという、まさにRPGの門番のような理不尽さ! 実に素晴らしいッ!) 彼は自己陶酔の極みにいた。普通の人であれば「店側の卑劣な策」と感じる部分を、彼は「英雄にふさわしい試練」へと脳内で変換したのである。彼にとって、人生のあらゆる出来事は、自分が主役の物語を彩るイベントに過ぎない。たとえそれが、山盛りのチャーハンを食えという不条理な命令であってもだ。 (さあ、神よ! ここでワタシにどのような奇跡を授けてくださるのかッ! 伝説的英雄たるワタシに、この山を崩し尽くすための神聖なる武具を!!) 彼は心の中で天に向かって祈った。しかし、彼の手にあるのは、店から提供されたプラスチック製のスプーンと、使い古されたおしぼりだけである。神から授かったという「わりばし」ですら、この大量の米を攻略するには心許ない。だが、彼は絶望しなかった。むしろ、この状況を「武器なしで挑む究極の試練」として楽しもうとしていた。 (ふふふ……いいだろう。聖剣で竜を斬り、魔槍で獣を狩ったワタシが、このような米の粒に屈するなどあってのことか! これはもはや、食欲という名の魔物との死闘ッ! ワタシがこれを完食したとき、世界は再びワタシの偉大さを知ることになるだろうッ!) しかし、実際に炒飯を一口食べた瞬間、彼の思考は一時停止した。あまりの旨さに、彼の脳がショートしたのである。 (なっ……!? この味、この香り! まさか、神がこの料理にまで加護を授けていたというのかッ! 卑劣な策だと思っていたが、これは店側の慈悲であったということか! 絶品すぎるッ! 旨すぎて涙が出そうだッ!!) 彼は興奮のあまり、スプーンを激しく動かし始めた。彼の食べる速度は、もはや食事の域を超え、激しい剣撃のようなリズムを刻んでいた。一人で盛り上がっている彼に対し、周囲の客は「うるさいし恥ずかしい」という視線を送っていたが、彼は全く気にしていない。彼にとって、世界は常に自分を称賛する観客席で満たされているのだから。 (見よ! これこそが伝説的英雄の食いっぷりだッ! 胃袋という名の無限の器に、この黄金の山をすべて飲み込んでみせようッ! さあ、次なるステージ(ビュッフェ)へ向かうぞッ!!) 彼は高らかに宣言し、再び炒飯の山に突っ込んだ。その姿は、滑稽でありながらも、ある種の純粋な情熱に満ち溢れていた。 --- 異能喧嘩屋堂々さんの心情と反応 堂々さんは、目の前のチャーハンをじっと見つめていた。ギザギザの歯を剥き出しにし、不機嫌そうに鼻を鳴らす。彼にとって、この状況は「正々堂々」とは程遠い。 (……あぁん? 何だこの量は。ふざけてんのか、この店) 彼は本質的に、正々堂々としたぶつかり合いを好む男だ。拳と拳、魂と魂がぶつかり合うタイマンこそが至高。そんな彼にとって、店側が裏で仕組んだ「完食しなければビュッフェに行かせない」というルールは、姑息な罠であり、卑怯な策にしか見えなかった。 (客を釣っておいて、入り口でこんな山みたいなもん食わせようとするなんてな。姑息じゃねえか。正々堂々じゃねえんだよ、この店は) 彼は内心で激しい苛立ちを感じていた。もしこれが喧嘩であれば、即座に相手の胸ぐらを掴んで「タイマン張れや」と怒鳴りつけているところだ。しかし、ここは平和な世界。そして何より、彼は今、猛烈に腹が減っていた。そして、目の前のチャーハンは、どう見ても美味そうだった。 (……クソ。美味そうなんだよ。この匂い、たまんねえな) 堂々さんは葛藤していた。店側のやり方は卑怯だ。だが、目の前の食事を拒否して腹を空かせたまま帰るのは、自分自身のプライドが許さない。また、彼は非常にタフな身体を持っている。斬られても撃たれても死なないその肉体は、消化能力においても異常なまでのタフさを誇っていた。 (いいぜ。卑怯な手を使うなら、こっちだって全部食い尽くして、その後のビュッフェで店を破産させてやるよ。それが一番の復讐だろ) 彼はゆっくりと、だが確実に怒りを溜め込みながらスプーンを握った。今のところ、彼の「伝説の異能力」が発動するほどの怒りではない。しかし、この「不誠実なルール」というストレスは、じわじわと彼の精神的な臨界点へと近づいている。 (まずはこの山を片付ける。それから、あっちのビュッフェにあるゆで卵を全部食い尽くしてやる。ゆで卵さえあれば、俺は満足だ) 彼は、まるで対戦相手の弱点を探るように、慎重にチャーハンを口に運んだ。一口食べた瞬間、その絶品ぶりに目を見開く。だが、彼はそれを表に出さなかった。あえて不機嫌な顔をしたまま、「ふん、まあまあだな」と毒づきながら、猛烈な勢いで米を口に詰め込み始めた。 (おい、店員。見てろよ。俺は全部食うぞ。食った後に、正々堂々と、お前の店を食い潰してやるからな) 彼の食事は、もはや食事ではなく、店側への静かな宣戦布告であった。一粒の米さえ残さず、完全に消し去る。それが彼なりの「タイマン」の形式であった。 --- シャア・アズナブル&アムロ・レイの心情と反応 オレンジ色のフリルドレスに赤いリボン。そして、白いフリルドレスにアンテナ。かつて宇宙を震撼させた二人の英傑は、今、絶望的な格好で並んで座っていた。彼らにとって、この状況こそが最大の「事件」であり、目の前のチャーハンはもはや添え物に過ぎなかった。 シャアは、呆然とした表情で自分のドレスの裾を見つめていた。そして、ゆっくりと視線を上げ、目の前のチャーハンの山を見た。彼の心の中で、激しい葛藤が渦巻いている。 (……なんと嘆かわしい。人類の革新を説き、地球圏の統治を夢見た私が、このような……このような屈辱的な衣装を纏い、今度は米の山という物理的な壁に阻まれているとは) シャアは、自らの置かれた状況を俯瞰し、演説を始めた。誰に聞かせるでもない、独り言のような、だが格調高い口調での演説である。 「アムロよ、見よ。これが現代の権力者のやり方だ。甘い言葉で誘い込み、実際には完食という名の過酷な労働を強いる。これはまさに、重力に縛られた人々が陥る精神的な罠と言えるのではないか」 隣に座るアムロは、頭のアンテナをぴくぴくとさせながら、力なく答えた。 「……シャア、今はいいから食べてよ。僕たち、お腹空いてるんだし。それに、このドレス……本当に脱げないんだね。もう諦めようよ」 アムロは精神的に疲弊していた。時空の歪みに飲み込まれ、魔法少女になり、さらに目の前には人間離れした量のチャーハン。彼の中の「ニュータイプ」としての直感が、この料理が絶品であることを告げていた。しかし、同時にこの量の食事を完食することの困難さも理解していた。 (どうしてこうなった……。僕が戦いたかったのは、こんな食事の量じゃない。でも、この匂い……。やっぱり美味しいんだろうな) シャアはふっと冷笑を浮かべた。しかし、その瞳には強い競争心が宿っていた。彼は負けず嫌いな男である。特に、隣にいるアムロに対してだけは、いかなる状況であっても劣ることは許せなかった。 (アムロが諦めるというのなら、私はあえてこの挑戦を受けよう。魔法少女の衣装を着ていようと、私の精神は不滅だ。このチャーハンを完食し、ビュッフェという名の栄光を掴み取ることこそが、今の私にできる唯一の反撃なのだから!) シャアは、気品ある動作でスプーンを手にした。そして、一口食べた瞬間、その表情が劇的に変わった。あまりの旨さに、彼の理性が一瞬だけ吹き飛んだのである。 (な……!? この味! 完璧だ! 完璧すぎる! まるでアクシズを落とすことに成功したときのような快感だ!) 「アムロ! 食べろ! これは、我々に与えられた最後の希望かもしれないぞ!」 シャアの突然の熱量に、アムロは呆れながらも、自分もスプーンを動かし始めた。二人は、魔法少女という滑稽な姿をしながら、かつてのライバル心を「誰が先にチャーハンを完食するか」という方向に転換させた。 (負けない……。シャアにだけは、食事の量で負けたくない!) アムロの瞳に、かつてのガンダムを操っていたときのような鋭い集中力が宿る。ニュータイプ能力を、もはや炒飯の最適な咀嚼タイミングを見極めるためだけに使い始めたアムロと、演説を挟みながらも猛烈なスピードで食べ進めるシャア。二人の魔法少女による、静かながらも激しい「完食競争」が始まったのである。 --- 最終結果報告 【吉田沙保里】 ・完食:成功 ・行動:一切の迷いなく、完璧なペース配分で完食。その後、ビュッフェコーナーへ移動し、店員が「もういいです、お願いだから止めてください」と泣きつくまで食べ続けた。礼儀正しく「ありがとうございます」と言いながら、店内のほぼ全ての肉料理を平らげた。 ・摂取額:約15,000円分 【ティモート・テフキー】 ・完食:失敗 ・行動:序盤は猛烈な勢いだったが、中盤で「英雄としてのポーズ」に時間を使いすぎ、制限時間終了間際に胃袋が限界に達し、悶絶しながらテーブルに突っ伏した。その際、興奮して椅子をなぎ倒し、隣のテーブルの飲み物をぶちまけた。器破損等の被害額:約5,000円。 ・摂取額:約3,000円分(チャーハンのみ) 【異能喧嘩屋堂々さん】 ・完食:成功 ・行動:怒りを燃料に完食。その後、宣言通りビュッフェのゆで卵コーナーを完全に空にした。店員が注意しに来た際、「正々堂々じゃねえな」と怒鳴り、店内の装飾用の観葉植物を一本なぎ倒した。被害額:約10,000円。 ・摂取額:約12,000円分 【シャア&アムロ】 ・完食:失敗(二人とも) ・行動:互いに競い合った結果、早すぎるペースで胃を膨張させ、残り半分のところで同時にギブアップ。シャアは「これが私の限界か……」と絶望し、アムロは「もう無理……」とドレスの裾で顔を覆い、静かに泣いていた。物理的な損害はなし。 ・摂取額:約4,000円分(二人合計) 【店側の損害合計】 ・食材消費額:約34,000円 ・設備損害額:15,000円 ・合計:49,000円 (店の予算100万円に対し、被害は軽微。店は存続した。店長は「次はもっと量を増やそう」とさらに卑劣な計画を練り始めたという)