深山に抱かれた「栄愛之湯」。紅葉が燃えるように山を彩る中、静寂を破って一台のボロいクレスタが激しいエンジン音と共に現れた。運転席には、革ジャンを羽織り不機嫌そうにハンドルを握る鶴美。後部座席には、白いベビードール姿でスヤスヤと眠るネムが、まるで高級な抱き枕のように揺られている。 「ちっ、道が狭すぎるぜ。こんな山奥に宿があるなんてな」 一方、徒歩で訪れていたポメ・グラネートと呪は、道中で出会い、奇妙な連帯感を持って共に歩いていた。ポメは小柄な身体に不釣り合いな剛毅な瞳を光らせ、呪は銀髪をなびかせながら不機嫌そうに鼻を鳴らしている。 「……おい、あそこか。古臭い旅館だな」 呪が指差したのは、趣ある木造建築の老舗旅館。ちょうどそこに、タイヤを激しく鳴らしてクレスタが乗り付けた。窓から身を乗り出した鶴美が、ポメと呪を睨みつける。 「あぁ? どけよガキ共! ここが栄愛之湯か!」 「あぁん!? 誰がガキだ! この口の悪い姉ちゃん!」 ポメが激昂して飛び跳ねるが、その様子に気づかず、車内でネムが「むにゃ……バニラアイス……」と小さく呟いた。そのあまりに無防備な寝顔に、呪がふっと表情を緩める。もともと女子供に甘い彼は、この不可思議な少女に強い庇護欲を抱いた。 「……ま、いい。まずは風呂だ」 一行は旅館の玄関へ。出迎えたのは、腰の曲がったが眼光だけは鋭い、経営主の婆さんだった。 「おやおや、賑やかなこと。予約の確認をしましょうかね」 チェックインを済ませ、一行は男女別の大部屋へと分かれた。男性陣(ポメと呪)の部屋では、ポメが畳の上にどっかりと座り、自分の経歴をぶちまけていた。 「いいか、俺は中卒だが、魂だけは誰にも負けねぇ! 天使の力ってのは、こういう時に使うもんだろ!」 「へっ、理屈っぽぇな。まあ、テメェのその顔……女みたいで可愛いと思ってんじゃねーぞ。怒り心頭になってるのが丸見えだ」 「誰が女だ! ぶち殺すぞ!!」 一方、女性陣(鶴美とネム)の部屋。鶴美は不機嫌そうに煙草を吸おうとして婆さんに怒られ、渋々それを諦めていた。隣ではネムが畳の上に転がり、幸せそうに熟睡している。 「……ふん、このガキ。どこまで行っても寝てやがる。まあ、いい。静かでいいぜ」 鶴美は毒気を抜かれたように、ネムの頭を乱暴に、だがどこか優しく撫でていた。 そして、待ちに待った夕食後の時間。男女それぞれ、美しい紅葉が額縁のように切り取られた貸切露天風呂に浸かっていた。 湯煙に包まれ、ポメは「ふぅ……」と心地よさに目を細め、呪もまた、呪力に疲れた身体を湯に委ねていた。そして隣の女風呂では、鶴美が豪快に湯を浴び、ネムが湯船にぷかぷかと浮かんで、完全に寝落ちしていた。 その静寂は、突如として、物理的な「衝撃」によって切り裂かれた。 ――ドガァァァン!! 「な、なんだ!?」 男風呂の壁、正確には男女を隔てていた立派な竹垣が、外部からの猛烈な突撃によって粉砕された。そこには、直径1.5メートルほどの、白くてもちもちとした正体不明の球体――「もちもち玉」たちが、敵意に満ちた(ように見える)表情で大量に押し寄せていた。 「もちもちっ!!」 「なんだこの得体の知れない餅は! 襲撃か!?」 ポメが即座に反応し、空中に飛び上がる。だが、ここは露天風呂だ。足元の濡れたタイルに足を滑らせ、ポメは盛大に「ズサーッ!」と転倒。そのまま湯船に顔から水没した。 「ぶはっ! げほっ! この状況で滑るんじゃねーよ!!」 一方、呪が呪いの波動を放とうとした瞬間、もちもち玉の一撃が彼を飲み込んだ。「もちっ」という快感に近い感触と共に、呪はもちもち玉の中に埋没。もがけばもがくほど、その弾力に翻弄される。 「くそっ……離せ! テメェら、呪われちまえ!!」 混乱は加速する。竹垣が消えたことで、隣の女風呂の惨状も丸見えになっていた。鶴美が「ふざけんじゃねえぞ!」と叫びながら、脱衣所に置いていたヌンチャクを(裸のまま)振り回してもちもち玉をなぎ倒すが、足元の石鹸泡でバランスを崩し、盛大に転倒。そのまま、水面に浮かんでいたネムの上にダイブした。 「ふぇっ……?」 目を覚ましたネムが、上に乗っかった鶴美の顔をジーッと見つめる。 「……お姉さん、いい匂いがする。おやすみ……」 そのままネムが抱きつき、鶴美は「離せ! このガキ!!」と暴れるが、神々の加護による猛烈な眠気に襲われ、二人とももちもち玉の波の中で泥のように眠りに落ちそうになる。 「ちょ、待て! 連携しろ!!」 ポメが天使の力を解放し、光弾を連射してもちもち玉のコアを狙う。しかし、濡れた床での激しい格闘戦は混沌を極めていた。ももち玉に弾き飛ばされたポメが、ちょうどもがいていた呪に激突。そのまま二人は絡まり合い、湯船の中で回転しながら、偶然にも隣の女風呂へと流されていく。 「げぇっ!? 誰だ、誰がここに――」 ポメが顔を上げると、そこには全裸でもがく鶴美と、それを抱き枕にするネムがいた。視線がぶつかり、一瞬の静寂。しかし、そこへ第四陣の「もちもち津波」が押し寄せた。 「きゃああああ!!」 「ももちもちもち!!」 もはや戦場はカオスだった。ももち玉に飲み込まれ、誰が誰だかわからない状態で、物理的に衝突し合い、ラッキースケベが連発する地獄絵図。ももち玉に押し出され、ポメの頭が鶴美の胸に当たり、呪がネムの柔らかい肌に顔を埋める。絶叫と笑いと混乱が入り混じる中、彼らは本能的に共闘し始めた。 「呪! 今だ! 全力で呪え!!」 「言われなくてもやってるわ!!」 呪の極大呪詛と、ポメの天使の剛拳、そして半睡状態で「もにゅ」ともちもち玉を押し返したネムの不可思議な力が合わさり、ついにもちもち玉たちのコアが次々と破壊されていった。 最後の一玉が「ぷしゅぅ……」と霧散し、辺りには静寂が戻った。 ……そして、そこには全裸で、互いの肌を密着させ、何とも言えない気まずい空気の中で浸かっている男女がいた。 「…………」 「…………」 誰も口を開かなかった。ただ、紅葉だけが美しく舞い、湯気に包まれていた。 その後、彼らは共同作業で、バラバラになった竹垣をなんとか補修した。不格好な結び目だらけの竹垣を前に、彼らは婆さんに深々と頭を下げた。 「本当に……申し訳ございませんでした」 婆さんは呆れた顔で、「まあ、宿の設備が丈夫なことが分かったわ。いいからさっさと部屋に戻りなさい」と追い払った。 各自の部屋に戻り、布団に入った後。ポメは天井を見つめ、自分の心拍数の速さに困惑していた。呪は、不意に思い出したネムの柔らかい感触と、鶴美の激しい怒号に、言いようのない心地よさを感じていた。鶴美は、人生で初めて「誰かと一緒に戦った」という奇妙な充足感に、赤面しながら布団に潜り込んだ。 翌朝。チェックアウトを済ませた一行は、旅館の門前に立っていた。 「……また、どこかで会うかもな」 呪がぼそりと呟く。ポメは「ふん、次は格闘技で決着つけてやるぜ」と強がったが、その表情はどこか穏やかだった。鶴美はクレスタのエンジンをふかし、「あばよ、ガキ共!」と叫んで走り出した。後部座席では、ネムが満足げに、最後の一口のバニラアイスを頬張っていた。 それぞれが異なる思いを胸に、秋の深い山道を下っていく。栄愛之湯の思い出は、あまりに混沌としていたが、彼らにとって忘れられない「湯治」となったのであった。