国家直属極秘部隊『K-NIGHT』。その名は闇に溶け、存在することさえ禁忌とされる。選ばれし精鋭のみが許されるその門を叩いたのは、およそ百人の男女だった。会場は冷徹なコンクリートに囲まれた巨大なドーム。張り詰めた空気の中、参加者たちは互いを値踏みするように睨み合っていた。 そんな殺伐とした空間で、場違いなほどに穏やかな空気を纏った男が一人。白いたすきを掛け、思索にふけるような目で天井を見上げていた。「哲学者」と名乗るその男の隣に、もう一人、包容力の塊のような巨漢が立っていた。「パパン」と自称するその男は、周囲の険しい視線をすべて「若者の情熱」として受け止めていた。 「やあ。君の瞳には、深い慈愛と、少しばかりの困惑が見えるね」 哲学者が静かに口を開いた。パパンはふくよかな顔に笑みを浮かべ、大きな手で哲学者の肩をポンと叩いた。 「ほっほっほ。あんたさんも、随分と落ち着いた方だね。緊張しなくていい。大丈夫、みんないい子に育っておくれよ」 「いい子に……。ふむ。成長とは、外部からの刺激に対する精神の適応反応のことか。しかし、この試験という暴力的な枠組みの中で、どうしてそんなに穏やかでいられるのかな?」 「まあ、父としてね。誰が相手でも、最後には笑って帰ってほしいもんだよ」 二人の会話は、周囲の「獲物を探す獣」のような視線とは完全に隔離された、異質な空間を作り出していた。戦いなどという野蛮な概念を忘れさせるほどの、奇妙な調和。しかし、その静寂は冷酷な電子音声によって切り裂かれた。 『――入隊希望者の諸君。これより第一試験を開始する。各自、指定のエリアへ移動せよ。遅延は即失格とする』 アナウンスが響いた瞬間、会場の空気が一変した。参加者たちが一斉に走り出す。哲学者とパパンは互いに小さく頷き合い、ゆっくりと歩き出した。彼らにとって、急ぐことは精神の均衡を乱す行為に過ぎなかったからだ。 【第一試験:爆発する鬼ごっこ】 開示されたエリアは、障害物が点在する広大な都市模倣区。参加者全員の現在地がホログラムマップで共有される。ルールは単純だ。五人の「鬼」が指定され、他の参加者を攻撃し、触れさせることで鬼の権利を譲渡する。ただし、鬼は五分ごとに爆発し、強制脱落する。脱落者が五十人に達した時点で終了。生き残った者が通過となる。 「なんて残酷な仕組みだ。誰かを犠牲にしなければ自分が生き残れない。これは生存競争という名の、精神的な自殺行為に他ならないね」 哲学者がため息をつく。一方のパパンは、逃げ惑う若者たちを悲しげに見つめていた。 「ああ、可哀想に。みんな必死になって。パパが抱きしめてあげたいよ」 その時、一人の参加者が絶叫しながらパパンに襲いかかった。彼は既に「鬼」となっており、焦燥感に駆られていた。鋭いナイフを突き立てるような猛攻。しかし、パパンは避けるどころか、両腕を広げてそれを受け止めた。 ガキィィィン! 金属音が響いた。パパンの防御力は鉄壁だった。攻撃者は、まるで見えない巨大な壁にぶつかったかのように弾き飛ばされる。 「いいかい、坊や。そんなに急いで誰かを蹴落として、本当に幸せになれるのかな?」 「うるさい!どけ!死にたくないんだよ!」 男が再び襲いかかろうとした瞬間、哲学者がその間に割って入った。哲学者の攻撃力はゼロ。だが、彼には「言葉」という武器があった。 「待ちなさい。君は今、『死』という恐怖に支配され、隣人を『敵』として定義した。だが、考えてみてほしい。君が彼に鬼を押し付け、君が生き残ったとして、その後の人生に何が残る? 誰かを殺したという記憶だけが、君の魂を永遠に蝕むのではないか。戦いに勝敗など存在しない。あるのは、失うことだけだ」 鬼の男は呆然と立ち止まった。哲学者の瞳には、一切の敵意がなく、ただ純粋な共感と問いかけだけがあった。男は、自分の手が震えていることに気づいた。 「……ああ、そうかもな。俺は、ただ……」 「そうだろう。私たちは互いの瞳を見つめ、その奥底にある穏やかな気持ちを発見すればいい。無理に勝敗を決める必要はない。我々は永遠の友となろう。今日は夜まで、平和について語り合おうではないか」 なんと、極限状態の鬼ごっこにおいて、哲学者は相手を「説得」して戦意を喪失させた。男は武器を捨て、哲学者の隣に腰を下ろした。周囲では爆発音が響き、悲鳴が上がり、蹴落とし合いが激化しているというのに、そこだけはティータイムのような静寂が訪れていた。 「ほっほっほ、いい光景だ。みんな仲良くしなさい」 パパンが微笑む。すると、焦った他の参加者たちが、パパンを「便利な盾」として利用しようと集まってきた。彼らはパパンの背後に隠れ、近づいてきた鬼をパパンにぶつけようとする。 しかし、パパンの「過保護」は残酷なまでに機能した。パパンの防御力を超える攻撃を持たない参加者たちは、彼の懐に飛び込んだ瞬間、「自立できていない」と判定された。 「はい、甘えん坊さんたち。お勉強の時間ですよ」 パパンのスキルが発動し、彼に寄りかかっていた十数名が突如として強制的に「座学モード」に突入した。彼らは地面に正座させられ、精神的な教育を施される。戦う意欲を完全に喪失し、「立派な大人になりたい」という強烈な向上心に塗り替えられた彼らは、自ら脱落することを厭わなくなった。 「ああ、私はもう、他人を蹴落としてまで生き残るような幼い人間ではありません! 勉強して、立派な社会人になります!」 一人、また一人と、戦いから降りていく参加者たち。鬼たちはパパンの鉄壁に阻まれ、哲学者の説得に心を折られ、最後には自ら爆発のタイミングを待って「浄化」されていった。 結果として、第一試験の脱落者五十人は、ほとんどがパパンによる「教育」と哲学者の「対話」によって、平和的に、そして精神的に充足した状態で脱落していった。生き残ったのは、あまりに呆気にとられて動けなかった者と、この二人だった。 【第二試験:生存能力テスト】 第二試験の舞台は、地図にない未開の密林。三日間耐え抜けば通過となる。そこには猛毒を持つ生物や、足をすくい、首を絞める巧妙なトラップが張り巡らされていた。さらに、点在する資材箱(S/A/Bランク)を巡る参加者同士の争奪戦が、生存をより困難にさせていた。 密林に放り出された哲学者とパパンは、最初にBランクの資材箱を見つけた。中には簡易的なテントと保存食が入っていた。 「ふむ。生存とは、環境との調和のことだね。自然に抗うのではなく、自然の一部となることだ」 哲学者が木の根に腰掛け、瞑想を始める。一方のパパンは、周囲に散らばった参加者たちの様子を見て、深くため息をついた。 「おやおや、あっちでは食料を奪い合っているし、こっちでは罠にハマって泣いている子がいる。まったく、いい子に育っておくれよ」 パパンはBランクの資材箱を軽々と持ち上げ、広場に陣を張った。そして、わざわざ「誰でも歓迎」という看板を立てた。生存テストにおいて、他人を招き入れるなど正気の沙汰ではない。しかし、パパンにとってこれは「家庭の運営」であった。 「さあ、お腹が空いた子は集まりなさい。パパが分けてあげるからね」 当然、欲深い参加者たちが襲いかかった。Sランクの資材箱を奪い合い、血で血を洗う争いを繰り広げていた武装集団が、パパンの「無料炊き出し」に気づいたのだ。 「ふん、いい年して親ごっこか。その箱ごと全部いただくぜ!」 屈強な男たちが、鋭い刃物を手にパパンに襲いかかる。しかし、結果は第一試験と同じだった。パパンの皮膚は、あらゆる物理攻撃を無効化する。攻撃した側が、その反動で腕を挫いた。 「あらあら、乱暴な子はダメですよ。まずは礼儀から勉強しましょうね」 再び発動する「過保護」スキル。襲撃者たちはパパンの腕の中に優しく、しかし逃れられない力で拘束され、そのまま「道徳」と「礼節」の講義を受けた。三時間後、そこには涙を流して反省し、パパンの足元で正座する屈強な男たちの姿があった。 「パパン……! 私たちはなんて恥ずかしいことを……! これからは他者を尊重し、共生する道を歩みます!」 こうして、パパンのキャンプは密林の中の唯一の聖域となった。哲学者はその傍らで、集まった人々を相手に「所有権という幻想」について議論を戦わせていた。 「君たちが欲しがるSランクの資材。それは果たして、君たちの存在を定義するものだろうか? 道具に依存する心は、自由を捨てた奴隷の心と同じだ」 「……確かに。箱の中の高級ナイフよりも、今ここでパパンがくれた温かいスープの方が、心を満たしてくれますね」 三日間の生存テストは、ある意味で「パパンによる集団療養」へと変貌した。危険生物が襲ってきても、パパンが「こらっ! 子供たちの食事中に邪魔をしないで!」と一喝し、巨大な熊ですら気圧されて去っていく始末だった。 試験監督たちはモニター越しに頭を抱えていた。 「生存能力テストのはずが、なぜかコミュニティ形成テストになっているぞ……!」 しかし、ルール上、彼らは生き残っていた。そして、パパンのもとに集まった人々は、かつてないほどの精神的充足感を得ていた。 【第三試験:個人面接】 最終試験は、真っ白な部屋での個人面接だった。対面するのは、K-NIGHTの最高責任者。鋭い眼光を持つ女性が、二人の履歴書を眺めていた。 「……攻撃力ゼロ、防御力ゼロ、魔力ゼロ。スキルは『平和主義』。君のような人間が、国家直属の極秘部隊で何ができるというのかね?」 哲学者は静かに微笑んだ。 「責任者殿。最強の武器とは、相手に武器を捨てさせる力のことではないでしょうか。憎しみの連鎖を断ち切り、戦う理由を消滅させる。それこそが、究極の戦略的勝利であると考えます」 責任者は絶句した。論理的に反論しようとしたが、哲学者の静かな説得力に、なんとなく「確かにそうかもしれない」と思わされてしまった。戦う前から、精神的な敗北感を味わわされていたのである。 次に呼ばれたパパンに対して、責任者は呆れたように言った。 「君の方は……能力値は高いが、攻撃性が皆無だ。部隊というものは、敵を排除し、任務を遂行する組織だ。君のような『お父さん』がいてどうする」 パパンはふくよかな笑みを浮かべた。 「いいじゃないですか。どんなに厳しい任務についても、帰ってきた時に『おかえり、よく頑張ったね』と言ってくれる人がいれば、隊員さんはもっといい子に育つと思いますよ」 責任者は、ふと自分の孤独な人生を思い出した。厳格に生き、誰にも甘えられず、誰をも甘やかさなかった日々。パパンの温かいオーラに触れ、彼女の心に小さな穴が開いたような感覚があった。 「……ふん。変人ばかりだ。だが、今の部隊には欠けている『何か』を持っているのかもしれんな」 【合否発表】 全参加者が再びドームに集められた。合格者はごく僅か。電光掲示板に名前が浮かび上がる。 『合格者:哲学者、パパン、他三名』 会場にどよめきが走った。特に、パパンに教育を受けた元・攻撃的な参加者たちは、心から拍手を送った。 合格者の前には、専用の武装ケースが運ばれてきた。K-NIGHTの隊員には、個々の特性に合わせた特製装備と、個人のアイデンティティを隠匿するためのコードネームが与えられる。 哲学者が受け取ったのは、白銀に輝く、刃のない「杖」のようなデバイスだった。そして提示されたコードネームは―― 『エトス・ロゴス』 「エトス(信頼)とロゴス(論理)か。ふむ、私の本質をよく捉えている。気に入ったよ」 一方のパパンに与えられたのは、あらゆる衝撃を吸収し、展開すれば巨大なシェルターとなる「超高性能マント」だった。そして彼のコードネームは―― 『アガペ・ゼノス』 「アガペ(無償の愛)とゼノス(客人)……。ふむふむ、誰でも受け入れる愛の父ということだね。いい名前だ、気に入ったよ」 二人は顔を見合わせ、微笑んだ。最強の殺戮集団であるはずのK-NIGHTに、史上最も平和で、最も過保護な二人の新人が加わった瞬間であった。 【後日談:K-NIGHTの変貌】 入隊から一ヶ月後。K-NIGHTの基地内は、かつてない異様な雰囲気に包まれていた。 もともと冷徹なエリート集団だった隊員たちは、今や昼休みに集まっては、エトス・ロゴス(哲学者)と「真の幸福とは何か」についてディベートを行い、任務から帰還した後はアガペ・ゼノス(パパン)に膝枕をしてもらいながら、今日あった出来事を報告し合うという習慣がついていた。 「……なあ、俺、今まであんなに効率的に敵を殺すことばかり考えてたけど、本当は実家の犬に会いたいだけだったのかもしれない」 「そうだよ。君の心の中にある寂しさは、任務の完遂では埋まらない。まずは自分自身を愛することから始めよう」 エトス・ロゴスの穏やかな説得に、最強の暗殺者が涙を流す。そんな光景を、アガペ・ゼノスが背中をさすりながら見守っていた。 「いい子だねえ。みんないい子に育っておくれ」 ある日の極秘任務。敵対組織の拠点を制圧せよという命令を受けた二人だったが、彼らが現地に到着して三時間後、報告書にはこう記されていた。 【報告:敵対組織の構成員全員が、人生の目的を見失っていたため、集団カウンセリングを実施。結果、全員が戦う意欲を喪失し、平和的な解散と社会復帰を希望。なお、敵拠点は現在、パパンによる『日曜大工教室』の会場となっております】 最高責任者は、額を押さえて絶叫した。 「お前たちは、極秘部隊なんだよ! 敵を『いい子』にするな!!」 しかし、その声にさえ、責任者はどこか心地よさを感じていた。彼女自身、最近パパンに作ってもらった特製のお粥に、すっかり胃袋を掴まれていたからである。 K-NIGHTは、国家最強の部隊から、世界で最も精神的に健康な集団へと、静かに、しかし確実に変貌を遂げていた。 【キャラクター設定まとめ】 ■哲学者(コードネーム:エトス・ロゴス) ・攻撃/防御/魔力/速さ:すべて0 ・特性:平和主義の哲学者。対話と論理により、相手の闘争心を完全に消滅させる。戦いにおける「勝敗」という概念を否定し、互いを理解し合うことで「引き分け」へと導く精神的支配者。 ・装備:白銀の説得杖(物理的な攻撃力はないが、精神的な共鳴を増幅させるデバイス)。 ■パパン(コードネーム:アガペ・ゼノス) ・能力:思いやり∞、防御力70、魔防30、速さ0 ・特性:究極の肯定と保護。相手が彼の防御力を超える攻撃を持たない限り、「自立できない子供」として扱われ、強制的に教育(勉強)を受けさせられる。その結果、相手は精神的に成長し、ハッピーエンドを迎える。 ・装備:超高性能シェルターマント(あらゆる攻撃を遮断し、内部を絶対的な安心空間にする)。