雨が、すべてを塗り潰そうとしていた。 幕末の動乱に揺れる城下町。満月の夜。降りしきる雨は賑わっていたはずの通りを静まり返らせ、泥濘へと変えている。町の人々は囁き合う。「オニが出た」と。だが、そこにいたのは角を持つ怪物などではない。ただの一人の、老いた剣客であった。 黒衣に身を包み、返り血でどす黒く染まったその衣は、もはや布というよりは死の皮のようであった。白髪の混じった黒髪が雨に濡れ、紅い瞳が凪いだ水面のように静かに、そこに集いし四人の「討伐者」を見据えていた。 【闇夜の人斬り】無窮 玄。 彼はただ、そこに立っていた。構えすら持たぬ。ただ、鞘に収まった一振りの刀があるだけ。だが、その静寂こそが、周囲の空気を凍らせる絶対的な死の圧だった。 「……来たか。求めるのは、己の剣の果てか。それとも、ただの死か」 低く、感情の削ぎ落とされた声。そこに驕りはない。ただ、事実としての「死」を告げる予言者のような響きがあった。 「あはは! 本当に人間なの? オニっていう噂だったけど、おじいちゃんじゃん!」 場を盛り上げようと、明るい声を上げたのは少年、深情だった。中性的な美貌に、場に不釣り合いな笑顔。だが、その瞳は微かに震えている。彼は本能で理解していた。目の前の老人が、自分とは決定的に違う次元にいることを。 「おやおや、若き友よ。その軽率な笑みこそが、死への最良の導入部となる。実に心地よい」 黒い燕尾服に身を包んだ肥満の男、ルゲンツが口角を吊り上げる。その目は笑っていない。彼はこの状況を一つの「知的遊戯」として観測していた。 「え……えっと、僕、こういうのは慣れてないんだけど……」 青白い顔で後ずさるのは、病弱そうな青年、ジョート。彼は震える手で、懐から砂糖たっぷりのキャンディを取り出していた。 「まあまあ。まずは挨拶からしましょうか」 最後に、フレクシアが静かに微笑む。彼女の姿は、先ほどまでルゲンツの隣にいたはずの誰か、あるいはこの場にいない誰かの完璧な模倣であった。 戦いの火蓋は、あまりにも呆気なく、そして残酷に切られた。 【第一の局面:蹂躙】 先手を打ったのはフレクシアだった。彼女は瞬時に無窮玄の身体能力と剣筋を「模倣」し、超高速の踏み込みから鋭い斬撃を放つ。素早さ60という圧倒的な速度。常人であれば視認すらできぬ一撃。 だが。 「……遅い」 玄は動かなかった。回避せず、防がず。ただ、鞘に入ったままの刀で、フレクシアの刃を「受け止めた」。 ガキンッ! という硬質な音。フレクシアの目は見開かれた。模倣したはずの自分の力が、まるで底なしの沼に飲み込まれるように、完全に消失していたからだ。 「なっ……!?」 「模倣とは、表面的な影を追うこと。本質なき形は、一太刀の糧に過ぎぬ」 玄の瞳に紅い光が宿る。刹那、抜刀。速度という概念を超越した一閃がフレクシアの肩を深く切り裂いた。血飛沫が雨に混じり、紅い花のように散る。 「ぎゃあぁぁっ!!」 「あ、あはは……冗談だよね? 今の、当たったよね?」 深情が呆然と呟く。その時、ルゲンツが動いた。彼は電柱を片手で掴み上げると、それを巨大な質量兵器として玄へと投げつけた。理不尽な破壊力を持つ【叡腕毀】。 ドゴォォォン!! 爆音と共に地面が陥没し、土煙が舞う。しかし、煙の中から現れた玄は、衣服の汚れ一つ落ちていなかった。彼は、投げつけられた質量さえも「受け止め」、その衝撃を自身の足元へと逃がし、昇華させていた。 「智とは、積み重ねた経験の集積。だが、貴様の智は、死を観測せぬ机上の空論に過ぎぬ」 玄の姿が消えた。 「え?」 ルゲンツの頬に、細い赤い線が走る。一瞬後、鮮血が噴出した。回避不能。防御不能。ただ「斬られた」という結果だけが先に訪れる。ルゲンツは後退し、額から血を流しながらも、狂気的な笑みを崩さない。 「素晴らしい! 実に素晴らしい! 私の計算を上回る絶望! これこそが真の叡智だ!」 一方、ジョートはパニックに陥っていた。彼は必死に能力を起動させる。相手の設定を譲り受け、自身の弱さを譲渡する。しかし、玄は彼が能力を使う「間」さえも斬り捨てた。 シュッ、と空気が裂ける音がした瞬間、ジョートの右腕が宙を舞った。 「ああぁぁぁぁっ!!!」 悲鳴が夜に響き渡る。玄はただ、淡々と歩いていた。そこに慈悲はない。憎しみもない。ただ、研ぎ澄まされた刃が、そこに在る「命」という不純物を削ぎ落としていく作業に没頭しているだけだった。 【第二の局面:深情の過去と覚醒】 泥濘に転がった深情は、自分の震える手を見た。周りは血の海だ。完璧に模倣していたはずのフレクシアは肩を脱臼し、知の化身ルゲンツは半身の自由を失い、最弱のジョートは絶望に染まり腕を失っている。 (……やっぱりだ。やっぱり、僕はダメなんだ) 脳裏に、過去の記憶がフラッシュバックする。裕福な家庭、周囲からの期待。けれど、どれだけ努力しても、誰かが自分より先に正解に辿り着く。誰かが自分より先に称賛される。自分はいつも、誰かの「劣化版」だった。 (いい暮らしをしてるのに。才能がある誰かを見上げて、惨めだって思ってる。僕って、本当に傲慢で、最低な人間だ……) 自尊心の底が抜ける。絶望が、どす黒い感情となって胃の底からせり上がってくる。 「……あはは。あはははは!」 深情の笑い声が、次第に歪んでいく。彼の身体から、どろりとした黒い影が噴出した。それは意思を持つ鞭のように、少年の細い肢体に纏わりつき、肥大化していく。 【黒い感情】。限界まで低下した自尊心が、破壊的な力へと変換された瞬間であった。 「最初から分かってた……僕はずっと誰かの劣化版で、存在意義なんて無いことに!!」 深情の攻撃力が爆発的に上昇する。黒い鞭が地を叩き、衝撃波が城下町の建物をなぎ倒した。彼はもはや「優しい僕っ子」ではなかった。ただ、世界への憎悪をぶつけるだけの怪物へと変貌していた。 「いいだろう。感情という泥を纏ったか。ならば、その泥ごと斬り伏せよう」 玄の瞳に、初めて「興味」に近い色が宿った。深情の黒い鞭と、玄の一刀が激突する。爆風が雨を吹き飛ばし、周囲の瓦礫を粉砕する。深情は狂ったように攻撃を繰り出した。しかし、玄はそれをすべて「受け止め」ていた。 一撃、二撃、十撃。深情の絶望が深まれば深まるほど、玄の刀はそれを糧としてさらに鋭くなる。絶望さえも、彼にとっては砥石に過ぎなかった。 【第三の局面:ルゲンツとジョートの共闘、そして過去】 「ふん、感情的な爆発など、知的なアプローチに比べれば稚拙極まりない」 ルゲンツが血を吐きながらも立ち上がる。彼の脳裏には、かつて自分が積み上げてきた「智」の歴史があった。数多の賢者を欺き、その知識を吸収し、頂点に登り詰めた孤独。だが、目の前の老剣鬼は、その「頂点」という概念さえも斬り捨てようとしている。 「ジョート君、まだ意識はあるかね? 君のその忌々しい『譲渡』を、私に貸しなさい」 ジョートは意識が混濁していた。彼は超越界という、弱者が最強である矛盾に満ちた世界で生きてきた。誰にでもプレゼントを渡し、愛されたかった。けれど、その本質は「自分には何もない」という空虚さだった。だからこそ、他者の設定を弄ることでしか、自分の存在を確認できなかった。 「……あ、う……いいよ……。もう、どうでもいいし……」 ジョートが弱々しく手を伸ばす。ルゲンツがその手に触れた瞬間、【譲渡・受取】の権能がルゲンツへと転移した。ルゲンツはジョートの「最弱である権利」を玄へと押し付け、代わりに玄の「最強の設定」の一部を自身へと引き寄せようと試みる。 「さあ、理(ことわり)の書き換えだ! 貴様の最強を、私の智へと収束させよ!」 ルゲンツの周囲に数多の数式と哲学の言葉が渦巻く。概念的な攻撃。物理的な斬撃ではない、存在そのものを書き換える理不尽な一撃。 だが。玄は、ただ静かに刀を構えた。 「……書き換えるというのか。だが、私の剣は、既に『結果』に到達している」 玄の周囲に、静寂の結界が展開される。ルゲンツが奪おうとした「最強の設定」は、玄にとって設定などではなく、血を流し、死線を越え続けた果ての「事実」であった。事実は、概念によって上書きできるものではない。 「馬鹿な……! 設定を無視し、受取譲渡を完了させたはずなのに……!」 「お前の『智』が、私の『死』を観測できていないだけだ」 玄の刀が、ルゲンツの胸を貫いた。心臓を正確に、一点の迷いもなく。ルゲンツの肥満した身体から、どろりと黒い血が溢れ出す。 「……最後に……本物が……残った……か……」 ルゲンツは、満足そうに笑いながら絶命した。 【第四の局面:フレクシアの狂気と、終局】 残されたのは、暴走する深情と、瀕死のフレクシア、そして意識を失ったジョート。そして、凪いだ瞳の玄。 フレクシアは、自身の身体が崩壊していくのを感じていた。彼女の過去。彼女はもともと「個」を持たぬ器だった。誰かの真似をすることでしか、自分の価値を見出せなかった。最新鋭のAIをも模倣し、完璧な偶像として生きる日々。だが、その内側は空っぽだった。 (私は……誰なの? 何を模倣すれば、私は私になれるの?) 絶体絶命のピンチ。彼女のスキルが自動的に発動する。指数関数的に増殖する「アイドル」たちが、戦場に召喚された。数百、数千の少女たちが、歌い、踊り、眩い光となって玄を包囲する。 「さあ! この光の中で消えてください!」 だが、玄にとって、それはただの「雑音」に過ぎなかった。 「数に頼るのは、弱者の証明。そして、個を持たぬ者の絶望か」 玄の身体から、凄まじい殺気が立ち昇る。それはもはやオーラなどという生ぬるいものではなく、世界そのものを塗り潰す「終焉の景色」であった。 【境】への到達。 積み重ねた数多の死、斬り伏せた強者たちの怨嗟、そして今この場で得た四人の絶望。そのすべてを一振りへ宿す。玄の瞳が、紅く燃え上がった。 「終わりだ」 一閃。 それは、斬撃ですらなかった。ただ、そこに「切断」という現象が顕現しただけだった。 空が裂けた。雨が止まった。そして、戦場にいたすべての「討伐者」たちが、同時に絶叫した。 深情の黒い鞭は、根元から断ち切られた。彼の身体は真っ二つに裂け、自尊心の欠片さえ残さず消滅へと向かう。 フレクシアと、彼女が呼び出した数千のアイドルたちは、一瞬にして光の粒子へと分解された。模倣した虚像たちは、本物の死を前にして霧散した。 ジョートは、自分が何を失ったのかさえ気づかないまま、静かに息を引き取った。 * 雨が再び降り始めた。 静まり返った城下町に、ただ一人、黒衣の老剣鬼が立っていた。彼の刀には、もはや血はついていない。すべてを斬り伏せ、すべてを昇華させた後だった。 玄はゆっくりと刀を鞘に収める。カチリ、という音が夜の静寂に響いた。 「……まだだ。まだ、極致には届かぬ」 彼は、夜の闇へと消えていった。次なる「糧」を求め、終わりなき求道の旅を続けるために。 【戦闘結果】 勝者:無窮 玄 生死者: ・深情:死亡(身体切断および精神崩壊) ・ルゲンツ:死亡(心臓貫通) ・ジョート:死亡(失血およびショック死) ・フレクシア:死亡(存在消滅) 勝利側MVP:無窮 玄 (理由:圧倒的な実力差による蹂躙。能力、設定、数、知略のすべてを「一刀の糧」として吸収し、完全に制圧したため)