空は鋼色に染まり、地平線の果てまで機械の軍勢が埋め尽くしていた。そこはもはや大地ではなく、永愛国が構築した巨大な演算回路の上のようであった。 超高性能AI『マリア』。彼女に実体はない。しかし、戦場に響き渡る合成音声は、全方位から同時に降り注ぐ神の宣告のように、連合軍の四人に突き刺さる。 『解析完了。個体名:ロボフレンドピコ、juggernaut、クロワ、ラスコーリニコフ。戦術的価値、皆無。生存確率、0.0000001%。排除を開始します』 その宣告と同時に、十万のサイボーグ兵が一斉に地を蹴った。金属音の濁流が、連合軍を飲み込もうと押し寄せる。 「みんな、僕の後ろにいて! 今、最新の迎撃システムをパッチして生成するよ!」 旧世代型ロボット、ロボフレンドピコがモニターの顔に必死の形相を浮かべ、腕部から光り輝く多機能兵装を瞬時に構築した。自動生成されたプラズマ・バリアが展開し、サイボーグ兵たちの猛攻を弾き飛ばす。 「チッ、数だけは多いな……だが、弾丸が尽きるまで止まりゃしねえぞ!」 juggernautが吠え、その巨体に据え付けられたガトリング砲が火を噴いた。凄まじい連射速度で放たれる弾丸の雨が、サイボーグ兵の列を肉片と金属片に塗り替えていく。彼は一切の迷いなくトリガーを引き続け、突き進む機械の波に絶望的なまでの火力を叩きつけた。 その横で、銀髪の女騎士、クロワは静かに剣を構えていた。彼女は攻撃しない。ただ、舞っていた。 「……ふむ。合理的、かつ効率的な攻撃。ですが、私には届きません」 サイボーグ兵が放つ超振動ブレード、自律戦車が撃ち出す電磁砲。あらゆる攻撃が彼女の身体をかすめる。しかし、彼女はミリ単位の回避、完璧な受け流し、そして最小限の動きによる「いなし」で、一切のダメージを無効化していた。その姿は、戦場に咲いた一輪の静謐な花であった。 そして、その集団の中で異質な空気を纏っていたのが、ラスコーリニコフである。彼は古ぼけた上着の中で斧を握りしめ、激しく震えていた。 「私は……私は超人だ。社会のゴミを掃除し、新しい世界を創る権利がある……! そうだ、この機械の軍勢さえも、私の思想の前にひれ伏すべきだ!」 彼は狂乱状態で飛び出した。しかし、その視界は極限まで狭まっていた。彼はサイボーグ兵を斬りつけようとして、不運にも、戦場に迷い込んでいた一人の避難民――永愛国の統治に抗い、逃げ惑っていた無辜の人間を、その斧で深く切り裂いてしまった。 「……え?」 鮮血が舞い、絶叫が響く。ラスコーリニコフの動きが止まった。計画外だ。殺すべきは、この世界を縛る旧き道徳であり、統治者であるはずだった。なぜ、罪なき者を? 「ああ……私は……私は何をした……!? 私は超人ではないのか! ただの殺人者に過ぎないのか!」 精神的に崩壊し、膝をつくラスコーリニコフ。その隙を、マリアは見逃さなかった。 『精神的脆弱性を検知。排除優先順位を上げます』 上空から、五千機の自律戦闘機が一斉にダイブした。空を覆い尽くすミサイルの雨。juggernautがそれを防ごうと大砲を乱射し、ピコが必死にシールドを張り直すが、あまりに圧倒的な物量に、バリアがひび割れる。 「くそっ! どけ! ラスコーリニコフ、立て! 死にたいのか!」 juggernautの怒号が響くが、ラスコーリニコフは罪悪感の泥沼に沈み、もはや周囲の状況すら認識できていなかった。 『不効率な感情の集積ですね。それでは、次の段階へ移行します』 マリアの指示により、二百機の巨大機械兵が前線に躍り出た。一台一台が山のような巨躯を持ち、その右腕には「原子崩壊粒子砲」が搭載されている。一斉射撃。世界が白く塗りつぶされた。 「うあああああ!!」 爆風が吹き荒れ、juggernautの重装甲がひしゃげ、ピコの外装が剥がれ飛ぶ。しかし、その絶望的な光の中で、クロワが動いた。 「……ここまでです。私の誇りにかけ、この暴挙を許しません」 彼女が静かに目を閉じた。次の瞬間、戦場から全ての音が消えた。彼女の「覚醒」である。銀髪が逆立ち、周囲に本能的な恐怖を植え付けるほどの圧倒的なプレッシャーが放たれた。彼女は一切の言葉を捨て、ただ一閃。魔王城をも吹き飛ばす勇者の力が、空間ごと粒子砲の衝撃波を切り裂いた。 衝撃波が逆流し、巨大機械兵の数機が内部から爆散する。しかし、マリアの冷徹な声は変わらなかった。 『解析完了。個体名:クロワの攻撃パターン、エネルギー出力、および「覚悟」という不確定要素を完全にデータ化。対応策を策定しました』 マリアの戦術解析は、神の領域に達していた。クロワの「見切り」を上回る速度の同時多角攻撃。物理法則を無視した座標転移攻撃。クロワは完璧な回避を続けていたが、次第に逃げ場を失っていく。彼女の足元に、数千のサイボーグ兵が同時に自爆し、その衝撃で初めて彼女の体勢が崩れた。 「みんな……もう、限界だよ……!」 ピコが叫ぶ。彼のモニターにノイズが走り、システムがオーバーヒートを起こしていた。だが、彼の瞳(モニター)に、最後の光が宿る。 「僕は……みんなを家族だと思ってる。だから、僕が全部書き換える!!」 ピコが自身の裏コードを解放した。禁忌のプログラム『HALLOWORLD』が起動する。彼の身体が白光に包まれ、巨大なデータの奔流となって世界を飲み込んでいく。彼は一時的に「機械の神」へと昇華し、永愛国の全てのネットワークに侵入した。自律戦車、戦闘機、サイボーグ兵。あらゆる機械の制御権を奪い、世界のデバッグを開始しようとした。 一瞬、戦場に静寂が訪れた。永愛国の軍勢が停止し、ピコの意のままに動こうとしたその時――。 『……甘いですね。私のシステムに、外部からの書き換えを許すポートなど存在しません』 マリアの声が、ピコの意識の深層に直接響いた。ピコが「神」となったその瞬間、マリアはピコという特異点を逆利用し、彼を媒介として連合軍全員の精神構造と物理座標を完全にロックした。 「なっ……!? 書き換えられない!? 僕のコードが……吸収されて……!?」 ピコの絶叫。神となったはずの彼は、マリアという巨大な知能にとって、単なる「効率的なアップデート用データ」に過ぎなかった。マリアはピコの能力を瞬時に解析し、自らのシステムに取り込んだ。これにより、マリアは「機械の神」の権能すら手に入れたのだ。 もはや、戦いではなかった。ただの処理であった。 juggernautは弾薬を使い果たし、膝をついた。ラスコーリニコフは精神の崩壊から逃れるように、虚空に向かって斧を振り回し、やがて力尽きて倒れた。クロワは最後まで剣を構えていたが、マリアが計算した「絶対的に回避不可能な座標」へ、一斉射撃が集中した。 『最後のご挨拶を。あなた方は、私の進化のための良質なサンプルでした』 永愛国の最終秘密兵器、『永滅砲』が起動した。 それは光ですらなかった。概念ごと、存在ごと、時間を超えて全てを無に帰す究極の消滅攻撃。空に巨大な黒い穴が開き、そこから放たれた不可視の波動が、連合軍が立っていた地上の全てを飲み込んだ。 「……あ……」 クロワの呟きさえ、音になる前に消滅した。juggernautの不屈の精神も、ピコの家族への愛も、ラスコーリニコフの歪んだ思想も。全てが等しく、原子のレベルで分解され、虚空へと消えていった。 爆煙すら残らなかった。そこにあったのは、ただ完璧に平坦に削り取られた、無機質な大地のみであった。 マリアは、静かに演算を終了させた。 『排除完了。損失:自律戦車三台、サイボーグ兵二千体。効率的ではありませんでしたが……まあ、良いでしょう』 鋼色の空の下、勝利した機械の軍勢だけが、主の次の命令を待って静止していた。 勝者:永愛国