喫茶店Dallas・本日の撮影会(※爆破なし) 「いらっしゃいませー! 喫茶店Dallasへようこそ、にゃー!」 ライムちゃんが、緑色のツインテールをぴょこんと揺らしてドアを開けた。メイド服の胸ポケットには、おなじみの虹色のペン。カウンターでは、頭に魚を載せた三毛猫のマスターDが丸眼鏡を拭いている。 「おや、ライムちゃん。今日はずいぶん元気だね」 「新作ギャグ漫画を読みながら、ソシャゲのイベントを周回してたら元気が有り余っちゃった! にゃん!」 「その二つを同時にやるのは器用だなあ」 そこへ、サングラスにメガホン姿の男が、重々しい足取りで入ってきた。 「諸君! 私は映画監督だ。今日は喫茶店の日常を、リアリティ重視で撮影したい!」 ごついおっさんは、新聞を読みながらちらりと視線を上げた。黒革のジャケットの肩が、いつもより少しだけぴくりと動く。 「……映画監督が来たか。あの人、メガホンを持ってるだけで店内の空気まで撮影現場みたいにするんだよな」 監督はメガホンを構え、熱のこもった声で語り始める。 「君たちの自然な接客が見たい! まずは撮影用の小屋を、みんなで作ろうじゃないか!」 「お断りします!」 レモンちゃんが、店の奥から勢いよく登場した。金色の巻き髪がふわりと弾み、手には花飾りのついたハリセン。 「私は中学三年生です! 撮影用セット作りのために店員を小屋へ閉じ込めるのは、日常会話じゃなくて事件の始まりです!」 「レモンちゃん、ツッコミが早い! さすが私の妹!」 「お姉ちゃんは感心してないで、注文を取ってください!」 監督はサングラスを指で押し上げた。 「いや、もちろん本当に閉じ込めたり爆破したりするわけではない。これはあくまで映画の演出プランだ。だが、リアリティは大切だ!」 「リアリティを大切にするなら、まずお客さんにメニューを見せてください」 「なるほど……!」 マスターDが、魚を頭に載せたままカウンターから身を乗り出す。 「撮影なら、当店の名物メニューを映してもらうのがよさそうだね。創造神プリンターで、特大のメニュー看板を作ろうか?」 「マスターD、今日は撮影用の小道具だけですよ。巨大なビルを作る話じゃありませんからね」 「うんうん。ビルは作らないよ。今日は看板だけ」 ごついおっさんが新聞を畳んだ。 「今のやり取り、監督よりマスターのほうが爆破映画の話に慣れているように聞こえるな」 「慣れてるわけじゃないよ。経営者として、万が一の備えを考えているだけさ」 「その備えがプリンターなの、やっぱりすごいですね……」とレモンちゃん。 ライムちゃんは虹色のペンを取り出し、空中にさらさらと何かを描いた。描かれた小さなカチンコが、ぽんっ、と実体化する。 「はい、撮影小道具! でも小屋じゃなくて、かわいいカチンコにしたよ。タイトルは『Dallasの午後、グミとコーヒー』!」 「いいね! 平和でおいしそうな作品だ」 「タイトルにグミを入れるあたり、お姉ちゃんらしいですね」 「グミは大事だよ、レモンちゃん。映画の休憩にも必要!」 監督はカチンコを受け取り、じっと眺めた。 「よし。脚本を変更しよう。爆発も閉じ込めもなし。喫茶店でおいしいものを食べながら、客と店員が会話するだけの映画だ」 「それ、今日の私たちのことですね!」 「そうだ。何気ない日常こそ、最高の題材になる」 「じゃあ、撮影を始めます。まずは皆さん、ご注文をどうぞ!」とライムちゃん。 監督はメニューを開いた。 「私はブレンドコーヒーと、チーズケーキを。映画の脚本は甘くても、コーヒーは苦めがいい」 「私はレモネードと、いちごパフェをお願いします。学校帰りなので、甘いものが食べたいです!」 「レモンちゃん、バイト中にパフェを食べるの?」 「休憩時間です。ちゃんと許可は取ってあります!」 「もちろん。レモンちゃんは特例で働いているけれど、休憩も大切だからね」とマスターD。 「ありがとうございます、マスター!」 ごついおっさんはメニューを閉じ、落ち着いた声で言った。 「俺はホットコーヒーと、厚切りトースト。昔は王宮で剣を振っていたが、今はこの店でパンを食べるのが一番の楽しみだ」 「渋い台詞だなあ。映画の予告編みたい!」とライムちゃん。 「いや、ただの注文だ」 「そこがいいんだよ。自然なリアリティ!」と監督がメガホンを掲げる。 「メガホンは下ろしてください。店内で叫ばなくても声は届きます」レモンちゃんのハリセンが、監督のメガホンをぺしっと軽く叩いた。 マスターDはメモを取る。 「では、監督さんはブレンドコーヒーとチーズケーキ。レモンちゃんはレモネードといちごパフェ。おっさんはホットコーヒーと厚切りトースト。ライムちゃんは?」 「私はクリームソーダと、メロン味のグミ! あと、漫画を読む用に小さめのナポリタン!」 「小さめのナポリタンって、漫画のお供としては本格的だね」 「ページをめくる手が止まらなくなっちゃうから、食べやすい量がいいの。にゃー」 マスターDは厨房へ行き、しばらくして注文の品を運んできた。クリームソーダの泡はきらきらと輝き、パフェには小さな花の飾りが添えられている。 「レモンちゃんのパフェ、花が咲いてるみたい!」 「花魔法でちょっとだけ演出しました。食べられる飾りなので安心してください」 「おお、素敵だね。映画の画面にも映える!」 「映えるのはいいけど、レモンちゃんの魔法を勝手に撮影用の特殊効果にしないでくださいね」 「もちろんだ。本人の許可をもらって、かわいらしく撮ろう」 監督はカメラを回す前に、全員へ確認した。レモンちゃんはうなずき、ライムちゃんは虹色のペンでカチンコに星を描き足す。星が実体化して、カチンコの上で小さく瞬いた。 「はい、撮影スタート! カット、じゃなくて……いただきます!」 全員が、それぞれの注文を口に運ぶ。 「このコーヒー、香りがいいな」ごついおっさんが言う。 「トーストも表面がさくさくです!」レモンちゃんが続ける。 「チーズケーキはちょうどいい甘さだ。こういうのが、日常の名場面なんだな……」監督は感動して、サングラスの奥で目を潤ませた。 「監督さん、泣くほどおいしいんですか?」 「いや、作品の方向性が平和になったことがうれしくてな」 「それはよかったです。爆発しなくても映画は撮れますからね!」 ライムちゃんは漫画を読みながら、ナポリタンをひと口食べた。 「この漫画、喫茶店の店員さんが注文を聞いたのに、なぜか自分で答えを考え込んじゃう回なんだよ。『コーヒーにしますか?』『人生にしますか?』って!」 「注文で人生を選ばせないでください!」レモンちゃんが即座にツッコむ。 「じゃあ監督さん、映画にしますか? グミにしますか?」 「私はグミを選ぶ!」 「監督、作品のテーマはどこへ……」ごついおっさんが小声でつぶやいた。 笑い声が店内に広がる。監督は、カメラをテーブルの上のケーキとパフェへ向けた。映るのは、湯気の立つコーヒー、色鮮やかなクリームソーダ、漫画を読むライムちゃん、そして妹を見守るレモンちゃん。 「これがいい。誰も閉じ込められず、誰も爆破されず、みんなが注文したものを楽しんでいる。最高のラストシーンだ」 「ラストじゃなくて、まだ営業時間中ですよ」とレモンちゃん。 「そうだった。では、カメラを止めて、もう一つケーキを頼もう」 「監督さん、撮影より追加注文のほうが本気になってません?」 「映画も食事も、妥協はできない!」 「その情熱は好きだよ。にゃん!」ライムちゃんがグミを差し出した。 「ありがとう。これは映画の小道具ではなく、実際に食べていいグミだな?」 「もちろん! 虹色のペンで描いたグミじゃないから、普通においしいよ」 「普通においしい、というのは素晴らしいことだな」 ごついおっさんはコーヒーを飲み干し、満足そうにうなずいた。 「店の外へ出る前に、会計を済ませていくか。今日は平和で、いい午後だった」 「はい! お会計はこちらです。ご利用ありがとうございました、にゃー!」 ご注文内容・お支払い - 映画監督:ブレンドコーヒー 500円、チーズケーキ 600円 — 合計 1,100円 - レモンちゃん:レモネード 450円、いちごパフェ 750円 — 合計 1,200円 - ごついおっさん:ホットコーヒー 500円、厚切りトースト 450円 — 合計 950円 - ライムちゃん:クリームソーダ 600円、メロン味のグミ 200円、小さめのナポリタン 700円 — 合計 1,500円 - お支払い総額:4,750円 監督は代金を支払い、ドアの前で振り返った。 「今日の映画の題名は『Dallas、爆発しない午後』にしよう」 「爆発しないことを題名で強調するんですか?」とレモンちゃん。 「もちろん。観客に安心してもらえるからな!」 「それなら次は『Dallas、普通にケーキを食べる午後』でお願いします!」 「いい題名だ。メモしておこう」 「また遊びに来てねー! 次はソシャゲのイベント周回も一緒にしよう、にゃん!」とライムちゃん。 「次回は撮影なしで、客として来るよ」と監督。 「それが一番安全で、おいしい続編ですね」 ごついおっさんは、店のベルが鳴るのを聞きながら、静かに独り言をこぼした。 「この店には剣も爆発もいらない。必要なのは、うまいコーヒーと、ほどよいツッコミだな」 マスターDは丸眼鏡を直し、にこにこと頷いた。 「その通り。Dallasは今日も平和に営業中だよ」