チームA 純白の髪を風に靡かせ、獅子堂カイトは静かに佇んでいた。黒いパーカーのフードを深く被り、その下から覗く鋭くも優しい瞳が、目の前に広がる奇妙な空間を捉えている。ここは現実の理が通用しない、境界のような場所だった。カイトは自身の内側にある無限の魔力と、決して折れることのない鋼の精神を研ぎ澄ませ、周囲の状況を冷静に分析していた。 「……ここは、どこなんだろうな。けれど、不安はない。僕がここにいる以上、最悪の結末は回避できる」 独り言を呟きながら歩き出したカイトの前に、突如として空間が歪んだ。まるで鏡が割れたかのように、空中に亀裂が走り、そこから「誰か」が歩み寄ってくる。カイトは即座に身構えたが、現れた人物を見た瞬間、その動きを止めた。 そこに立っていたのは、自分と全く同じ顔をした少年だった。白髪に185cmの長身、端正な顔立ちは鏡合わせのように同一である。しかし、纏っている空気が決定的に違っていた。カイトが黒いパーカーに白シャツというカジュアルな装いであるのに対し、目の前の「彼」は、厳格な騎士団の真っ白な礼装に身を包み、腰には黄金に輝く長剣を帯びていた。その瞳には、優しさよりも先に「義務」と「規律」という名の冷徹な光が宿っている。 それは、獅子堂カイトが歩みなかった可能性の一つ。ある世界線において、彼は自分の能力を「個人の救済」ではなく、「組織の維持と統制」のために捧げた、帝国騎士団の最高司令官としてのカイトだった。 平行世界のカイトは、軍靴の音を響かせて止まると、冷徹な視線でこちらを凝視した。そして、感情を排した低い声で口を開いた。 「……信じられん。僕が、このような締まりのない格好をして、あてどなく彷徨っている世界があるとはな。君は僕か。それとも、僕という存在が切り捨てた『弱さ』の残滓か」 カイトは驚きを隠せなかった。自分と同じ能力を持ちながら、思考回路が根本から異なる。この平行世界の自分は、自己犠牲を「誰かを守るため」ではなく、「組織という大義を完遂するため」の手段として最適化している。そこに迷いはない。だが、同時に、彼が失った「心の余裕」や「他者への純粋な慈しみ」が、カイトには痛いほどに伝わってきた。 「僕のことを弱さと言うのかい。僕は、ただみんなが笑っていられればそれでいいと思っているだけだよ。君みたいに、誰かを支配したり、規律で縛ったりすることに快感を得るタイプじゃないからね」 カイトが穏やかに微笑むと、騎士の姿をした平行世界のカイトは、不快そうに眉をひそめた。 「笑いなどという不確かな感情に価値はない。世界を安定させ、秩序を構築することこそが、真の救済だ。僕はそのために、不可能なことを可能にし、死すべき運命にある者を強制的に生かし、軍の駒として固定し続けた。それが僕の正義であり、唯一の正解だ」 騎士カイトは腰の剣に手をかけたが、この空間の理によって、彼らが互いに攻撃し合うことは不可能だった。剣を抜こうとしても、見えない壁に阻まれるようにして、刃は鞘から出ない。カイトもまた、能力を発動させようとしたが、相手が自分自身であるため、干渉することができなかった。 「君は……寂しい人だね」 カイトがふと漏らした言葉に、騎士カイトは一瞬だけ目を見開いた。激昂するかと思いきや、彼はゆっくりと視線を落とし、自らの白い手袋に包まれた拳を見つめた。 「寂しい……? くだらん。僕は頂点に立ち、すべてを統制している。孤独などという概念は、管理不足な弱者が使う言葉だ」 そう言いながらも、騎士カイトの声はわずかに震えていた。彼は、自分の中にある「もしも」の願望を、規律という鎖で封じ込めて生きてきたのだ。誰かに寄り添いたい、ただの少年として笑い合いたいという、ごく当たり前の欲求を。彼は、目の前のパーカー姿のカイトが持つ「自由」と「優しさ」に、無意識のうちに激しい嫉妬と、それ以上の憧憬を抱いていた。 一方のカイトは、平行世界の自分を見て、改めて自分の在り方を肯定した。能力があるからといって、それを権力に変えてはいけない。たとえ世界を救うためであっても、個人の心を殺して得た平和に価値はない。彼は、騎士カイトの肩にそっと手を置こうとした(物理的な接触は可能だったが、攻撃は不可だったため)。 「いいよ、今の君がそうやって強くあろうとするのも、君なりの正義なんだろうな。でも、たまには肩の力を抜いて、美味しいものでも食べに行けばいい。僕の世界に遊びに来るなら、案内するよ」 その提案に、騎士カイトは鼻で笑った。 「ふん。そんな非効率的な時間の使い方は、僕の辞書にはない。……だが、君のような甘い考えを持つ僕が、それでも鋼のメンタルを維持できているという点だけは評価しよう。おそらく、君は僕よりもずっと『強い』のかもしれないな」 認められたことに、カイトは照れくさそうに頭を掻いた。二人はしばらくの間、互いの人生について語り合った。一方は、多くの人々を救いながらも、常に自分を後回しにしてきた自己犠牲の道。もう一方は、完璧な秩序を構築するために、自分自身の人間性を削ぎ落としてきた独裁の道。 「もしも、僕が君の組織に入っていたら、きっとすぐにクビになっていただろうね」 「ああ、間違いなく即刻追放だ。君のようなお人好しは、軍の士気を乱すからな。だが……」 騎士カイトは、遠くを見つめるように視線を外した。 「……その『お人好し』な部分こそが、僕が捨ててしまった、最も大切なピースだったのかもしれない」 カイトは、平行世界の自分が漏らした本音に、深い共感を覚えた。どんなに能力を1000倍に高めても、どんなに不可能を可能にしても、失った心を取り戻すことはできない。けれど、こうして出会えたことで、騎士カイトの心に小さな、本当に小さな「もしも」の種が蒔かれたはずだ。 「また会えるかな」 カイトが問いかけると、騎士カイトは背を向け、再び空間の亀裂へと歩き出した。彼は振り返ることなく、静かに告げた。 「可能性はゼロではない。僕たちが、互いの存在を認識し得る特異点に再び立てばな。……さらばだ、もう一人の僕。次はもう少し、マシな服を着ていろ」 そう言い残して、騎士の姿をしたカイトは光の中に消えていった。一人残されたカイトは、静まり返った空間で、自分の胸に手を当てた。そこには、変わらぬ温かい鼓動と、誰かを想う優しい気持ちが宿っていた。彼は、自分が歩んでいるこの道が正しいことを確信し、再び前へと歩き出した。 * チームB 静寂が支配する空間。そこは現実と夢の境界線であり、色彩が絶えず流動する幻想的な領域であった。ドリムレイズは、その中心に静かに佇んでいた。真紅の鎧は鈍く光り、その周囲を虹色の光の粒子が舞っている。彼(あるいは彼女、あるいはそれ)の姿は常に揺らいでおり、実体があるようでいて、同時に蜃気楼のように不確かな存在であった。 ドリムレイズは声を持たない。しかし、その意思は純粋な思念となって、周囲の空気に溶け込んでいた。彼は「夢」という概念そのものであり、この世界のあらゆる憧憬や希望、そして絶望までもが彼の構成要素となっていた。聖剣「ナイトオブレイア」が鞘の中で静かに共鳴し、希望の光を微かに放っている。 その時、ドリムレイズの目の前に、空間の亀裂が走った。パリンという、ガラスが砕けるような音が響き、現実の壁が崩落する。そこから現れたのは、ドリムレイズと全く同じ姿をした騎士だった。 しかし、その騎士が纏っていたのは、虹色の光ではなく、深い闇に塗り潰された漆黒の鎧であった。炎は赤から紫へと変色し、その周囲を舞うのは夢の粒子ではなく、悪夢の断片である。聖剣「ナイトオブレイア」に相当する剣は、どす黒い瘴気を纏い、触れるものすべてを絶望へと突き落とす「ナイトオブナイトメア」へと変貌していた。 それは、ドリムレイズが「夢を守る騎士」ではなく、「悪夢を統べる王」として君臨していた平行世界の姿であった。 漆黒のドリムレイズは、揺らぐことなく、地にしっかりと足をつけた状態でこちらを見据えた。その存在感は圧制的であり、周囲の空間を強制的に「絶望的な夢」へと書き換えようとしていた。ドリムレイズは、思念を用いて静かに問いかけた。 (……貴方は、私か。あるいは、私が切り捨てた『光』の残影か) 漆黒の騎士からは、冷徹で残酷な、しかしどこか深い悲しみを湛えた思念が返ってきた。 『ふふ……。笑わせてくれる。夢などという儚いものに価値があると思うか? 希望は残酷な毒だ。いつか消えゆく運命にあるからこそ、人は絶望する。ならば、最初からすべてを悪夢に塗り潰し、終わることのない永劫の眠りにつかせることが、真の救済となるのだ』 ドリムレイズは、相手の言葉に静かに反応した。漆黒の自分は、夢の脆さと儚さに絶望し、それを克服するために「悪夢」という絶対的な支配を選んだのだ。守るべきものを守れなかった過去があるのか、あるいは、守ろうとした結果としてすべてを失ったのか。ドリムレイズには、その漆黒の鎧の下に隠された、凍りついた心が見えた。 (夢は儚い。だからこそ、美しいのだ。消えゆくからこそ、人はそれを追い求め、心に灯をともす。悪夢で塗り潰した世界に、真の安らぎはない) 『美しいだと? 吐き気がするな。私は見た。虹色の夢が、現実の残酷さに触れて砕け散る様を。守り手などという傲慢な肩書きなど、何の役にも立たなかった。私はこの手で、すべての夢を食らい尽くし、絶望という名の唯一の真実を構築したのだ』 漆黒のドリムレイズが剣を構えた瞬間、周囲の空間に亀裂が入り、砕け散った。彼が能力【虹夢現想】の反転版、いわば【黒夢現実】を発動させようとしたのだ。しかし、この特殊な空間の制約により、彼らが互いに攻撃を繰り出すことは禁じられていた。黒い剣が閃光を放とうとしたが、その斬撃はドリムレイズに届く直前で、虹色の粒子となって霧散した。 ドリムレイズは、攻撃されないことに安堵したのではない。ただ、悲しかった。平行世界の自分が、これほどの絶望を背負って生きていることに。彼にとって、夢とは守るべき宝物であったが、漆黒の自分にとって、夢とは憎むべき呪いとなっていた。 (貴方が失ったものは、私が今も守り続けている。もし、貴方が望むなら、その闇を虹で塗り替えてみせよう) 『……黙れ。貴様のその眩しさが、私には耐え難い。貴様はまだ、何も失っていないだけだ。何も知らずに、ただ心地よい夢を見ていればいい』 激しい拒絶の思念が飛んできた。しかし、ドリムレイズは揺らがなかった。彼は自身の能力を用いて、周囲の空間に小さな「夢の欠片」を具現化させた。それは、かつて漆黒のドリムレイズが守りたかったはずの、ささやかな日常の風景。暖かい陽だまり、誰かの笑い声、風に揺れる花々。そんな、取るに足らない、けれどかけがえのない記憶の断片だった。 漆黒の騎士は、その光景を見た瞬間、激しく身を震わせた。黒い鎧の隙間から、紫色の炎が乱舞する。彼はそれを消し去ろうと剣を振るったが、攻撃不能の理により、その光景を壊すことはできなかった。 『消せ……! 消してくれ! そんなものを今さら見せて、どういうつもりだ! 私はもう、あのような温もりに戻ることはできない!』 叫びのような思念が空間を揺らす。ドリムレイズは、静かに、けれど確信を持って伝えた。 (戻ることはできなくても、新しく創ることはできる。貴方が今抱いているその激しい拒絶さえも、一つの「想い」だ。想いがある限り、夢はいつか現実となる) 漆黒のドリムレイズは、しばらくの間、呆然と虹色の風景を見つめていた。彼の姿が、わずかに揺らぎ始めた。絶対的な絶望という鎧に、小さな、本当に小さな亀裂が入った瞬間だった。彼は、自分を否定し、闇に染めたことでしか、自分を保てなかったことに気づかされたのかもしれない。 (貴方は、私である。そして私は、貴方である。私たちがどのような道を歩もうとも、根底にあるのは「誰かを想う心」であったはずだ) ドリムレイズの思念は、包み込むような慈愛に満ちていた。漆黒の騎士は、ふっと力を抜き、剣を下げた。彼はもう、怒り狂うことはなかった。ただ、深い溜息のような思念を漏らした。 『……救いようのないほど、おめでたい奴だ。貴様のような光に当てられると、私の闇が薄まってしまう。不愉快極まりない』 そう言いながらも、漆黒のドリムレイズの周囲に舞っていた悪夢の断片が、わずかに虹色に染まっていることに、彼は気づいていなかった。あるいは、気づいていて、それを拒絶しきれなかったのかもしれない。 ドリムレイズは、平行世界の自分に向けて、静かに最敬礼を捧げた。それは騎士としての礼節であると同時に、絶望の中で戦い続けてきたもう一人の自分への、最大限の敬意であった。 漆黒のドリムレイズもまた、不器用に、しかし確かに、同じように礼を返した。彼らの姿は、次第に透き通り、元の世界へと戻る時間が近づいていた。 『次に会う時は……。いや、次などない方がいい。貴様がその眩しさを失い、絶望に膝をついた時、私がその骸を拾い上げてやろう』 (いいえ。次は、貴方が私と共に、虹の橋を渡る番です。その日まで、私は夢の守り人として、貴方の居場所を空けておきましょう) 漆黒の騎士は、ふん、と鼻で笑うような思念を残し、空間の亀裂へと吸い込まれていった。残されたのは、静かな虹色の光と、心地よい風だけだった。 ドリムレイズは、再び一人になった。しかし、その心には、不思議な充足感があった。絶望を知る者がいたからこそ、今自分が守っている夢の価値が、より鮮明になった。彼は聖剣「ナイトオブレイア」をゆっくりと鞘に収め、再び揺らめく姿で、夢の地平線へと歩き出した。現実を夢に、夢を現実に。その無限の巡りの中で、彼はこれからも、誰かの希望を灯し続けるだろう。