日常と非日常の訪れ 都会の喧騒から切り離された路地裏に、その事務所はある。看板には何も書かれておらず、ただ古びた真鍮のドアノブがあるだけだ。ここを訪れる依頼人は、絶望の淵にいるか、あるいは常識では説明のつかない怪異に憑りつかれた者たちのみ。一般の警察や除霊師では手も足も出ない「超常的な力」が関与する案件のみを取り扱う特務事務所である。 事務所の中は、不釣り合いな静寂と混沌が同居していた。 ソファには、一匹の狐の置物が鎮座している。見た目は精巧な工芸品だが、そこには『物部』という名の天狐が宿っている。彼は常に気だるげで、もはや置物のままでいることに快感を覚えている節があった。その周囲には、近づく者に言いようのない倦怠感と重圧を与える「近づくなオーラ」が漂っており、掃除のおばちゃんですら、彼に近づくときは足取りが泥のように重くなる。 その傍らで、若々しくもどこか不気味な食欲を湛えた少年、生生(ナマイキ)が何かを咀嚼していた。彼は生物を食べることでその才覚を奪い、一時的に天才となる特異体質の持ち主である。 さらに、空間を歪ませるほどの重圧を身に纏うジラが、空中に浮かぶ魔導書のような何かを眺めていた。彼の周囲では時折、小さな石ころが浮き上がり、不可視の力で押し潰される。そして、この事務所の最大にして最悪の矛盾とも言える存在――『妖怪王』。彼は人間たちの想像力の結晶であり、その姿は見る者によって変わる。今は気さくな青年のような姿をしていたが、その瞳の奥には数多の怪異を統べる底知れない闇が潜んでいた。 そこへ、一枚の依頼書が舞い込んだ。依頼主は、ある由緒ある旧家の当主。内容は、一族が代々守ってきた「鏡の迷宮」という異空間に、家宝の『真理の種』が盗まれ、同時に迷宮の管理者が正気を失って閉じ込められたというものだった。 【依頼内容】 種類:【2】解明(非戦闘、謎解き) 難易度:特級(精神汚染および空間認識能力の喪失を伴う) 詳細:鏡の迷宮へと潜入し、迷宮の構造を解き明かして『真理の種』を回収し、管理者を救出せよ。ただし、迷宮内では「物理的な破壊」は禁じられており、強引な突破は迷宮の崩壊を招き、依頼主の一族を滅ぼすことになる。 報酬:古代の霊力を蓄えた霊珠(物部の魔力回復に有効)および、絶滅した幻の生物の肉(生生への報酬)、そして世界的な名声(妖怪王の存在感を強める) 「……あー、面倒くせぇ。おれ、置物のままでいいよね」 物部が置物のまま、気だるげに声を出す。しかし、報酬の霊珠という言葉に、わずかに置物の尻尾がピクリと動いた。