空は血のように赤く染まり、世界樹の頂へと至る天路に、絶望の星々が降り立つ。 造反神の意志を体現し、理(ことわり)を覆す異形の怪物――【ヴァルテクス】。彼らは言葉を持たずとも完璧な連携を取り、ただ一つの目的、すなわち世界樹の侵略と『守り手』の抹殺のために降臨した。 選出されたのは、猛攻の【獅子座 レオン】、拘束の【乙女座 ヴァルゴー】、そして撹乱の【双子座 ジェミニム】。三つの星座を背負う怪物たちが、世界樹の聖域を蹂躙し始める。 「……来たか。予言の書が示す通り、最悪のタイミングで」 金髪の女性、マシューはローブに隠れた視線で天を仰いだ。彼女の持つ『星核の杖』が鈍く光り、周囲に展開された『賢者のローブ』が彼女の存在感を底上げする。その隣には、白髪の男、獅子堂カイトが静かに立っていた。元魔王という肩書きに相応しい、圧倒的な静寂を纏っている。 「まあ、適当に追い払おうぜ。世界樹を折られたら、俺たちの隠居生活に支障が出るからな」 カイトは不敵に笑うが、その目は鋭く、降り注ぐヴァルテクスの殺気を読み取っていた。そして、その足元には、震えながらスプーンを握りしめる少女、ビビ。そして、形態を持たぬ不可視の脅威、DHMOが漂っていた。 戦いの火蓋は、ヴァルテクスによる電撃的な同時攻撃で切って落とされた。 【双子座 ジェミニム】が分身し、四方八方から不可視の斬撃を飛ばす。同時に【乙女座 ヴァルゴー】が天から神聖な鎖を降らせ、空間そのものを固定し、守り手たちの機動力を奪おうとした。 「させません。――『解析』」 マシューが杖を掲げると、瞬時に敵の能力が白日の下に晒された。ヴァルテクスの特性である『即時再生』と『貫通力』。通常の魔法では太刀を折るまでもなく消し飛ばされるだろう。 [魔法名]:星殻の拘束呪(ステラ・バインド) [効果]:再生能力を一時的に停止させ、神格を持つ存在の肉体を物理的に固定する。 マシューが放った呪文は、黄金の鎖となってジェミニムの分身たちを絡め取った。しかし、ヴァルテクスは理を覆す。鎖は強引に引きちぎられ、ジェミニムの一撃がマシューの肩を深く切り裂いた。 「ぐっ……!」 だが、マシューは動じない。スキル『ハイ・キュア』が即座に作動し、欠損した肩の肉が瞬時に盛り上がり、元の形へと戻る。同時に、彼女は『ホーリー・カース』を展開。周囲に黒い呪いの鎖を広げ、押し寄せるヴァルテクスの攻撃を吸収し、障壁へと変換した。 「おっと、危ないな」 カイトが指を鳴らす。――パチン。 世界から音が消え、色彩が静止した。時間の停止。10秒間の絶対的な静寂の中で、カイトは悠々と歩き出す。彼は止まった時間の中で、ヴァルテクスの急所に数千発の雷撃をセットし、さらに神を超える体術で彼らの関節をねじ曲げた。 「これで十分だろ」 時間が動き出した瞬間、雷の奔流が爆発的に解放された。大地が裂け、天を貫く雷光が【獅子座 レオン】を直撃する。蒸発し、消し飛ぶはずの衝撃。しかし、レオンは咆哮し、その身を焼き尽くしながらも、一瞬で再生して飛び出してきた。ヴァルテクスの再生能力は、カイトの絶大な火力すらも上回る絶望的な速度だった。 「なめるなよ……! 食べなきゃ……危険は全部っ!」 ビビが叫び、妖精のスプーンを突き出した。彼女はレオンの猛攻に巻き込まれ、身体を縦に真っ二つに切り裂かれる。鮮血が舞い、絶叫が上がる。だが、彼女の魂に刻まれた『生きよ』という囁きが、即座に彼女を再構築した。消化器系から優先的に修復され、彼女は泥のような苦痛を堪えながら、レオンの右腕を「スプーン一杯分」だけ、完璧に抉り抜いた。 「……あう、なんか、すっごく硬くて、 metallic な味がする……。でも、飲み込めばいいんだよね!」 ビビがそれを飲み込んだ瞬間、彼女の体内に膨大な魔力が充填される。不死を前提とした、狂気の食事。しかし、ヴァルテクスはそれを許さない。【乙女座 ヴァルゴー】の神力による精神汚染が、ビビの意識を侵食し始めた。 一方、戦場には静かに「水」が広がっていた。DHMO。生命に必須でありながら、過剰に摂取すれば死に至る矛盾の物質。それはヴァルテクスの足元を浸食し、彼らの強固な外殻を腐食させ、内部から錆び付かせていく。気化して熱い蒸気となり、目に見えぬ焼傷を彼らに与え、電気伝導率を高めてカイトの雷撃をより深く浸透させた。 しかし、ヴァルテクスの連携は冷酷だった。 【双子座 ジェミニム】が、マシューの『予言の書』が予測しきれない「因果の逆転」を引き起こした。予測した未来が、あえて「起こらなかった未来」に書き換えられる。マシューの防御壁が、予期せぬ方向から崩壊した。 「!? 予測が……外れた……!?」 その隙を、【獅子座 レオン】が逃さなかった。黄金の獅子の爪が、マシューの胸部を深く貫く。心臓を、肺を、一気に。ハイ・キュアが作動しようとするが、レオンの爪には「再生を阻害する」神力が宿っていた。 「マシュー!」 カイトが叫び、時間を止めて救出を試みる。だが、その刹那、【乙女座 ヴァルゴー】が放った不可視の拘束がカイトの「概念」を縛り付けた。時間停止という特権的な能力さえも、星座の理に塗り潰される。 「チッ……! 搦め手使いやがって」 カイトはもしかもを生み出す能力で、死の運命を回避し続ける。だが、隣にいるマシューは違う。彼女はチームの心臓であり、防御の要。彼女が倒れれば、防衛線は崩壊する。 「……いいえ、まだ……解析は終わっていません」 マシューは血を吐きながらも、杖を地面に叩きつけた。彼女は自らの生命力を触媒にし、最後の魔法を構築する。 [魔法名]:終焉を綴る星の聖典(アポカリプス・ライブラリ) [効果]:対象の存在定義を消去し、世界樹の根へと還す。 大爆発。光の奔流がヴァルテクス三体を飲み込んだ。しかし、その対価はあまりにも大きかった。マシューの身体は、魔法の反動とレオンの致命傷により、光の粒子となって崩れ落ちていく。 「……カイトさん、ビビちゃん。あとは……お願い……」 マシューの意識が消え、彼女の身体は完全に消滅した。世界樹の守り手の一人が、静かに散った。 【死亡者:【魔を司りし者】マシュー】 「……クソが。ふざけんなよ」 カイトの目が冷たく光る。もはや「優しい魔王」の顔はそこになかった。彼は無限の魔力を全開にし、周囲の空間を圧壊させるほどの重圧を放つ。雷落としが数万発、同時に降り注ぎ、世界樹の周囲を更地へと変えた。ヴァルテクスたちも大ダメージを負い、再生速度が低下していく。 だが、彼らは止まらない。【獅子座 レオン】が、消滅したマシューの魔力を吸収し、さらに巨大化した。その爪は今や、カイトの「もしも」の能力さえも切り裂こうとしていた。 「た……食べなきゃ……!」 ボロボロになったビビが、再び飛び出した。彼女は自分の肉体がバラバラにされながらも、レオンの心臓部分をスプーンで掬い取ろうとする。凄惨な光景。肉と骨が飛び散り、血の海の中で少女は不屈の精神で食らいつく。 「美味しい……のかな。でも、止まれないよぉ!」 ビビがレオンの核を飲み込んだ瞬間、爆発的な魔力が弾けた。レオンは絶叫し、その身を内側から崩壊させていく。しかし、同時に【双子座 ジェミニム】と【乙女座 ヴァルゴー】の連携攻撃が、ビビの頭部を完全に粉砕した。 「あ……」 ビビの身体が地面に伏す。だが、彼女は死なない。死ぬたびに、より強固な精神を持って蘇生する。彼女は笑っていた。この地獄のような戦いの中で、唯一「飽和」という快楽を得ていた。 カイトは、DHMOの浸食を最大限に利用した。水が導いた電気の奔流に、自身の最大火力を乗せ、一撃に全てを込める。神を超える体術による超速の突きが、ヴァルテクスの核を貫いた。 「これで終わりだ。消えろ」 雷と水と、魔王の怒りが合わさり、【獅子座 レオン】、【乙女座 ヴァルゴー】、【双子座 ジェミニム】の三体は、ついに光の塵へと還った。理を覆す力を持ってしても、不屈の不死者と、絶望的な破壊力を持つ魔王、そして概念的な毒であるDHMOの波状攻撃には耐えきれなかったのだ。 静寂が戻った世界樹の麓。 そこには、もはやいない金髪の女性の面影と、血塗れで笑う少女、そして深く溜息をつく白髪の男だけが残されていた。 「……ったく。隠居生活が台無しだぜ」 カイトはそう呟き、空を見上げた。戦いは終わった。だが、世界樹には深い傷が刻まれ、守り手の犠牲という消えない代償を支払わされたのである。 【最終結果】 【ヴァルテクス】排除完了:獅子座 レオン、乙女座 ヴァルゴー、双子座 ジェミニム 【犠牲者】:【魔を司りし者】マシュー