第一章:地平を揺らす緑の災厄 空は高く、どこまでも続く青に塗り潰されていた。中世の風景を彷彿とさせる、見渡す限りの草原。人の背丈を遥かに超える青々とした草が、風に吹かれて波のようにうねっている。そこに集った四人の面々は、互いに正体こそ知らぬが、共通の危機を前にして一時的な共闘を組んでいた。 重厚な金属音を響かせるのは、鈍色の装甲に身を包んだ異形の機体、グソクムシ型。その無機質な外殻は、周囲の自然とはあまりに不釣り合いだった。その隣では、淑やかな微笑みを絶やさない魔術師リアムが、ゆったりとした動作で衣服の裾を整えている。さらに、物理的な厚みを一切持たない不可思議な円盤――四則演算が、重力に抗うように宙に浮いていた。そして最後の一人、天健都は、不機嫌そうに、あるいはただひたすらに真面目な表情で、静かに戦場を見据えていた。 「うふふふ、なんだか賑やかなことになりましたね」 リアムが穏やかな口調で呟いたその時だった。突如として、足元の地面が激しく震動した。鳥たちが一斉に飛び立ち、草原が波打つ。草むらの奥から、大地を突き破らんとする凄まじい圧力がせり上がってきた。 ――ドォォォォン!! 爆発的な音と共に地面が弾け飛び、そこから現れたのは、想像を絶する巨躯を持つ「何か」であった。それは芋虫に似た、しかし山のごとき巨体を持つ生物。粘液に濡れた皮膚はどす黒い緑色に光り、その体躯は周囲の背の高い草をまるごと押し潰しながら、悠然と姿を現した。 「……デカすぎる」 健都が短く呟く。その生物――大芽食らいは、飢えた獣のような眼差しで周囲を見渡し、目の前にいる小さな存在たちを認識した。それは獲物を見る目というよりは、単に道を塞ぐ邪魔物を排除しようとする、災害のような傲慢さに満ちていた。 先制攻撃に出たのはグソクムシ型だった。腕部に内蔵されたビームライフルが鋭い閃光を放ち、同時に頭部のバルカン砲が火を噴く。激しい銃声が草原に鳴り響き、光の弾丸が巨躯に叩きつけられた。しかし、大芽食らいは微動だにしない。厚い皮膚が衝撃を吸収し、攻撃は表面で弾かれた。 「あらあら、あんなに撃っても効かないなんて。厚いお皮ですね」 リアムが小声で、まるで講義でもするように呟く。彼女が指先を軽く振ると、大芽食らいの周囲の空間が歪んだ。重力の方向が急変し、巨躯がわずかに地面に押し付けられる。しかし、その生物は重力という概念さえもその質量でねじ伏せるかのように、地を這い始めた。 次の瞬間、大芽食らいの巨体が弾かれた。驚異的な加速。それは巨体に似合わぬ速度での「突進」であった。草原を文字通りなぎ倒しながら、真っ直ぐに彼らを襲う。 「危ない!」 健都が咄嗟に前へ出た。避ける暇はない。大芽食らいの質量が彼を押し潰そうとした瞬間、不可視の壁がそこに現れた。健都の特殊な体質が、衝突のベクトルを完全に相殺したのだ。ドォォンという衝撃音が響くが、健都の足元の一歩先から先へは、大芽食らいの頭部は進めなかった。 「……っ!」 健都が踏ん張る。しかし、相手の質量は桁違いだ。衝撃を相殺していても、足元の土壌が陥没していく。その隙を逃さず、四則演算が静かに動いた。円盤の上に記された記号が淡く光り、大芽食らいが受けるはずの「前進」という結果を、計算式から消し去ろうと試みる。 だが、大芽食らいは本能的にそれを回避するように、巨体を激しくくねらせた。その動きは不格好ながらも力強く、周囲の草を根こそぎに食い散らかしながら、再び獲物を狙う体制へと戻る。戦いはまだ始まったばかりであった。 第二章:絶望的な質量と計算の狂い 戦いは膠着状態に陥っていた。大芽食らいの皮膚はあまりに強固で、グソクムシ型の連装ミサイルポッドから放たれた数十発のミサイルさえも、激しい爆炎と共に散ったが、その後に残ったのは浅い擦り傷程度であった。 「うふふふ、本当に頑丈ですね。では、少しだけ負荷をかけてみましょうか」 リアムが優雅に手をかざす。彼女の周囲に複雑な幾何学模様が展開され、大芽食らいの頭上に極小の、しかし超高密度の重力球が形成された。瞬間的に十倍、二十倍と増大する重圧が生物を襲う。大芽食らいの巨体がみしり、と音を立てて地面に沈み込んだ。 「今だ!」 グソクムシ型が腕部の8.8cm3連装バルカン砲を最大出力で掃射する。火線が降り注ぎ、重力で拘束された敵の急所に弾丸が突き刺さる。同時に四則演算が「掛け算」を執行した。グソクムシ型の攻撃威力を幾重にも増幅させ、理論上の最大打撃を叩き込む。 轟音と共に、大芽食らいの皮膚から緑色の体液が飛散した。初めて見せた明確なダメージ。しかし、その攻撃こそが、この怪物の「本能」に火をつけた。 「ガァァァッ!!」 耳を裂くような咆哮。ダメージを受けた大芽食らいは、激しく身をよじり、「暴れ」始めた。その巨体が左右に振られるたびに、周囲の草地が文字通り粉砕され、衝撃波が襲いかかる。近くにいたグソクムシ型がその質量に巻き込まれ、装甲を軋ませながら後方に吹き飛ばされた。 「きゃっ」 リアムが小さく声を上げる。彼女は即座に反重力を展開して宙に浮いたが、大芽食らいの暴走は止まらない。さらに、生物は不意に地面へと潜り込んだ。地響きと共に、その巨体が土の下へと消えていく。 「消えた……?」 健都が周囲を警戒する。静寂が訪れた。しかし、それは嵐の前触れに過ぎなかった。地面が盛り上がり、健都の真横から大芽食らいが猛烈な勢いで飛び出してきた。奇襲である。 「危ない、離れて!」 健都が叫ぶと同時に、背後にいたリアムを突き飛ばして庇った。鋭い牙のような口が健都の肩を捉えようとしたが、やはり彼の相殺体質が牙の速度をゼロにする。だが、衝突の衝撃そのものは凄まじく、健都は後方の草むらへと激しく転がった。 「もう、不器用なんだから」 リアムが呆れたように笑いながらも、その瞳には鋭い光が宿っていた。彼女は詠唱を省略し、瞬時に複数の重力場を構築する。地面に潜ろうとする大芽食らいを、上下左右から異なる重力で引き裂こうとする精密操作。同時に四則演算が「割り算」を行い、大芽食らいの防御力を定義不能な領域まで削ぎ落とそうと試みる。 計算と魔術の複合攻撃が、生物の側面に深い亀裂を入れた。大芽食らいは苦しげに身悶えし、再び土の中へと逃げ込む。だが、その逃避は休息ではなく、さらなる破壊への溜めのようであった。草原はすでに、彼らの戦いによって見る影もなく荒れ果てていた。 第三章:終焉への疾走、そして静寂へ 戦いは最終局面を迎えていた。大芽食らいの皮膚には無数の傷が刻まれ、体液が草原を濡らしている。しかし、その眼光は衰えるどころか、飢餓感に突き動かされた狂気さえ帯びていた。 「うふふふ……そろそろ、おしまいにしましょうか」 リアムが静かに告げ、空高くに手を掲げた。彼女の背後に、宇宙の深淵を切り取ったかのような巨大な黒い球体が現れる。隕石を召喚し、重力で加速させて叩きつける、最大火力の攻勢。同時にグソクムシ型が肩部の50cmバズーカ砲を斉射し、四則演算がすべての攻撃結果を「足し算」で積み上げていく。 空から降り注ぐ鉄と岩の雨。大芽食らいはそれを真正面から受け止めた。爆炎が視界を覆い、地面が激しく陥没する。しかし、煙の中から現れたのは、さらに凶暴な姿となった怪物の姿だった。 それは、もはや単なる突進ではなかった。暴れ狂いながら、周囲のすべてを蹴散らすように突き進む「暴食の突進」。狙いは特定の人ではない。ただ、そこに存在するすべての生命を、障害物を、粉砕し、食らい尽くそうとする破滅の奔流である。 「避けて!」 健都の警告も虚しく、突進の速度は回避困難な域に達していた。グソクムシ型が盾となり、最大出力の装甲で食い止めようとするが、あまりの質量に装甲がひしゃげ、後方へ押し流される。リアムさえも、重力操作による回避が間に合わず、その衝撃波に翻弄された。 健都は再び前へ出た。彼は自分を救う魔法は使えない。だが、仲間を守るためなら、この体は無限の壁となる。 「ここから先は……行かせない!」 健都が両腕を広げ、突進の真っ正面に立つ。大芽食らいの巨大な質量が彼に衝突した。凄まじい衝撃。相殺体質をもってしても、地盤が崩壊し、健都の足が深く土に埋まる。しかし、彼は一歩も引かなかった。その不器用なまでの意地が、怪物の前進をほんの一瞬だけ止めた。 その一瞬を、リアムは見逃さなかった。 「これで、さようなら」 彼女が静かに指を弾く。発動したのは、彼女の切り札にして原初の魔術。健都の足元から、底の見えない漆黒の『奈落』が口を開けた。それは物理的な穴ではなく、存在そのものを封印する深淵である。 大芽食らいは、自分を止めた少年の足元に広がる闇に、ゆっくりと吸い込まれていった。巨体がもがくが、一度奈落に捕らわれれば、いかなる質量も意味をなさない。生物は最後にあがき、草原の草を一飲みにして、静かに闇の底へと消えていった。 沈黙が戻った。 地面に開いた穴は、ふっと消え、そこには再び静かな草原が広がっていた。大芽食らいは二度と現れなかった。ただ、地面の底深くへと潜り込み、二度と地上に上がることはなかったのである。 「ふぅ……疲れましたね」 リアムがいつものように微笑み、健都の肩を軽く叩く。健都は泥だらけのまま、小さく溜息をついた。グソクムシ型は装甲の至る所が凹んでいたが、静かに武器を収めた。四則演算は、ただ静かに空中に浮き、計算を終えたかのように記号の光を消した。 彼らは互いに言葉を交わすことはなかったが、心地よい疲労感と共に、それぞれの道へと歩き出した。風に揺れる草原だけが、ここに激しい戦いがあったことを記憶していた。 合計与ダメージ量:742