空は濁った鉛色に染まり、かつての都市はコンクリートの骸骨と化した。空気には鉄錆と腐敗した肉の臭いが凝固し、絶望だけが唯一の共通言語として世界を支配している。 そこは、生きることを諦めた者たちが、ただ死ぬ順番を待つ地獄だった。 【荒廃したコロニー】 錆びついた鉄柵が、風に吹かれてガシャガシャと不快な音を立てている。かつては人々が肩を寄せ合って暮らした避難所だった場所は、今や「動く死体」たちの餌場へと成り果てていた。 「チッ……クソったれが。煙草一本ねぇのかよ」 魔法少女の衣装に身を包んだ少女、咲喜羽成は、地面に唾を吐いた。12歳という幼い外見に似合わず、その口調は下品で、目は飢えた獣のように鋭い。彼女は手にしたステッキ――実質的に金属バットであるそれを肩に担ぎ、疲労困憊の足取りで瓦礫の間を歩いていた。 ガリッ、ズズッ……。 背後の路地から、異様な音が響く。振り返ると、そこには皮膚が剥がれ落ち、筋肉が剥き出しになったゾンビが三体、不自然な角度に首を曲げて立っていた。彼らの眼球は白濁し、ただ生存者の「生」への渇望だけが、どす黒い衝動となって溢れている。 「あぁ? 見てろよ、このクソ野郎ども」 羽成はニヤリとキザ歯を覗かせた。ゾンビの一体が、喉から血混じりの絶叫を上げ、猛烈なスピードで跳躍する。その爪は鋼のように硬く、掠めただけで肉を削ぎ落とす。 ドカッ!! 羽成のステッキが、ゾンビの顎を正確に打ち抜いた。衝撃で頭蓋骨が砕け、脳漿が飛び散る。しかし、今のゾンビはかつての鈍い化け物ではない。倒れたはずの個体が、ありえない速度で地面を這い、彼女の足首に噛みつこうと顎を広げる。 「根性焼きしてろ!」 羽成は懐からライターを取り出し、ガソリンをぶちまけると同時に火をつけた。猛烈な火柱がゾンビを包み込む。絶叫さえ上げられない死体が黒焦げに焼かれるが、それでも彼らは火の中でもがき、彼女の裾を掴もうとする。その執念に、羽成の背筋に冷たいものが走った。 【静寂の境界】 一方、その喧騒から離れた影の中。そこには、理性を捨て、ただ「破壊」という本能のみに従う影の獣がいた。 「……刺すー!」 低く、しかし残酷に響く声。四足歩行の犬のような姿をした『さすけ』は、概念上の闇に溶け込んでいた。彼にとって、この崩壊した世界は最高の狩場だ。視認不可能な潜伏から、絶望に打ちひしがれた生存者を、あるいは飢えたゾンビを、口にくわえたナイフで切り裂く。 シュッ! 空間が、音もなく切り裂かれた。さすけの『空間切り』が、路地裏に潜んでいた大型の変異種ゾンビを縦二半に割った。血飛沫が舞うが、さすけは血に染まることすらない。彼は再び陰へと潜り、次の獲物を探して移動する。その瞳には、慈悲など一片もなかった。 【未知の浸食】 そして、都市のさらに深部。そこには「生物」とも「現象」ともつかない異形の霧、『Eve』が漂っていた。 Eveが通り過ぎる場所では、地面からどろどろとした触手が突き出し、逃げ惑う生存者の足を絡め取る。触れた瞬間に崩壊が始まる。肉体が、骨が、衣服が、円周率に基づいた計算通りの正確さで消滅し、その分だけEveの質量が増えていく。 周囲に漂う強烈な怨念が、生きている者の精神を圧迫する。動けない。指一本動かせない。ただ、霧に飲み込まれ、自分という存在が消えていく恐怖に身を震わせることしかできない。 そこに、突如として「白い立方体」が現れた。 シュミレーションキューブ。それは意志を持たず、ただ思考を現実に変換する神の欠片。キューブが「静寂」を想像すると、Eveの触手さえもが凍りついたように停止した。しかし、この世界の絶望は、そんな小手先の現実改変すら飲み込もうとしていた。 【研究所:絶望の最果て】 物語は、最悪の場所へと集束する。ゾンビウィルスの抗体があるという噂の【研究所】。 そこは、空気そのものがウイルスを含んだ死の空間だった。侵入した者の80%が、扉を開けた瞬間に肺から感染し、内側から腐り落ちる。生存者は皆、ガスマスクを着用し、神経をすり減らして戦っていた。 研究所の中央ホール。そこには、最高神が遊びで作った二つの神器が、誰に気付かれることもなく静かに鎮座していた。 漆黒の闇を纏い、触れるもの全てを蝕む『邪険-夜-』。 三日月の光を放ち、不浄を浄化する『聖剣-月-』。 相反する二つの力が、互いを拒絶し合いながらも、一つの空間に存在している。もし、誰かがこの二つの剣を手にし、失われた呪文を唱えることができれば、世界は虚無へと還り、あるいは再生へと向かうだろう。 だが、今の彼らにそんな余裕はない。 研究所の奥から、壁を突き破って現れたのは、もはやゾンビと呼べるレベルを超えた「何か」だった。皮膚は結晶化し、体長は5メートルを超え、咆哮一つでコンクリートの壁を粉砕する。時間の経過と共に強化され続けた、この世界の頂点に立つ絶望の化身。 「……あー、もう最悪。時給分だけ働いたら、さっさと帰らせろよ」 羽成が、血塗れのステッキを握りしめ、絶望の化身の前に立つ。背後には、陰から現れたさすけがナイフを構え、上空からはEveの霧が静かに降りてくる。そして、シュミレーションキューブが冷徹に、破滅の計算を開始していた。 運命の歯車が、最悪の速度で回転し始める。 -------------------------------------------------- 【参加者の生死】 咲喜 羽成:生存(極限状態・重傷) さすけ:生存(精神的充足) [Eve]:生存(浸食継続中) シュミレーションキューブ:生存(観測中) 【世界の状態】 崩壊進行度:85%(臨界点まであと僅か) ゾンビ危険度:極限(変異種が支配的に)