深山に抱かれた「栄愛之湯」。紅葉が燃えるように山を彩る中、静寂を切り裂くようにして一行は到着した。在月真琴と白月白は、能楽の静謐さと日本刀の凛とした空気を纏い、静かに山道を歩いてきた。対照的に、彩羽は「見て見て!この紅葉、超カラフル!」と跳ね回っていたが、隣のヴァーミリオンは無表情に懐中時計を確認し、「予定より三分遅い。効率的ではないな」と冷淡に言い放つ。そんな凸凹なチームAとBが、宿の古びた帳場で、腰の曲がったが眼光鋭い経営主の婆さんに迎えられた。 「あら、賑やかなこと。男女別々のお部屋をあけてあるからねぇ」 婆さんのぶっきらぼうな案内で、彼らは大部屋へ。男部屋では真琴と白が、畳の香りに包まれながら近況を語らっていた。真琴はポーカーフェイスのまま、最近学んだ能の演目について淡々と、しかし情熱を込めて語り、白はそれを聞きながら「ふふ、それは風流だね」とお茶目に微笑む。家庭的な白が持参した茶菓子を広げ、二人は静かな時間を共有した。 一方、女部屋では彩羽が嵐のように騒いでいた。「ねえヴァーミリオン!この部屋の障子、ちょっと色味が地味じゃない?もっとパステルカラーに塗り替えたいくらいだよ!」 「……騒音は秩序の乱れだ。静粛にしろ」 ヴァーミリオンは冷たく突き放すが、彩羽の底抜けの明るさに、わずかに眉を動かしていた。感情を罪とみなす彼女にとって、彩羽のような純粋な激情は理解不能だが、同時に不可解な好奇心を抱かせる対象であった。 そして、待ちに待った夕食後。男女それぞれ、紅葉が額縁のように切り取られた絶景の貸切露天風呂へと向かった。 湯煙が舞い、紅葉が水面に舞い落ちる。男風呂では、真琴と白が静かに湯に浸かり、心身を解きほぐしていた。女風呂でも、彩羽が「わーい!お湯がキラキラしてるー!」とはしゃぎ、ヴァーミリオンが「……温度は適切だ」と、感情を押し殺しながらも心地よさに身を任せていた。 だが、その静寂は突如として切り裂かれた。 「ガシャアアアン!!!」 凄まじい衝撃と共に、男女の露天風呂を隔てる伝統的な竹垣が、文字通り粉砕されて吹き飛んだ。土煙と飛散する竹片。そこに現れたのは、実体を持たず、概念としての「欲求」を纏ったCチーム――『湧き上がる欲求』であった。 「な、何だ!? 敵襲か!?」 白が咄嗟に身を起こすが、Cチームの攻撃は物理的な打撃ではなかった。それは精神への猛烈な浸食。空気に混じって、抗いがたい芳醇な、そして濃厚な「情欲」の香りが漂い始める。 「っ!? これは……っ!」 真琴のポーカーフェイスが崩れる。Cチームの能力により、彼らの心に眠っていた、あるいは無意識に抑え込んでいた「他者への執着」が爆発的に増幅された。身体能力は跳ね上がり、体力は無限に湧き出るが、同時に理性が快楽と渇望に塗りつぶされていく。 「貴方……いや、貴方という存在を、今すぐ……!」 ヴァーミリオンの瞳に、かつてない激しい色が宿る。彼女が最も嫌った「激情」が、Cチームの呪いによって強制的に引き出された。彼女は咄嗟に【テンパランス・ゼロ】を展開し、自らの感情を封じようとするが、湧き上がる欲求は概念そのもの。領域すらも透過して、彼女の芯を揺さぶる。 「あははっ! なんか身体が熱いよ! ヴァーミリオン、こっちおいでよー!」 彩羽が銃を構えようとするが、濡れた床に足を取られ、「きゃあ!」と派手に滑った。その拍子に、隣にいたヴァーミリオンに激突。もつれ合う二人。ヴァーミリオンの白い肌と、彩羽のカラフルなパーカーが湯船の縁で絡まり、Cチームの能力によって増幅された「親密さへの渇望」が、最悪のタイミングでラッキースケベへと転化した。 「離せ!……いや、離したくない……っ!」 ヴァーミリオンが混乱し、顔を真っ赤にして葛藤している。その背後から、Cチームの不可視の圧力が襲いかかる。 「させない」 真琴が瞬時にイプセを召喚。赤いスカーフを巻いた【オルフェウス】が竪琴を奏で、精神的な混乱を鎮める補助魔法を展開する。しかし、足元はぬめる石畳だ。白が【イザナギ】を召喚し、「雷鳴破!」と電撃を放とうとした瞬間、足が滑った。 「おっとっと!」 白がバランスを崩し、勢いよく真琴に衝突。そのまま二人で湯船にドボンと水没する。同時に、白の放った雷撃が水を通じて周囲に拡散し、Cチームのみならず、味方全員に心地よい(?)電撃が走った。 「あうぅ! しびれるー!」 「白! どこを狙っている!」 混沌は極まった。真琴が【タナトス】に切り替え、闇の斬撃を繰り出そうとするが、背後から滑ってきた彩羽が彼の腰にしがみつく。 「助けてー! ヴァーミリオンが離してくれないのー!」 「貴方が先に抱きついただろうが!!」 もつれ合い、衝突し、濡れた肌が触れ合う。Cチームの能力で「相手への執着」が最大化した状態で、物理的な衝突が多発する。もはや戦闘なのか、乱交寸前の大騒動なのか判然としない。しかし、この混沌こそが彼らの連携(?)を生んだ。 白が水底から飛び出し、もつれ合う彩羽とヴァーミリオンを巻き込む形で、最大出力の【八坂の真言】を放つ。概念的な存在であるCチームも、この純粋な消滅エネルギーの奔流には耐えきれなかった。 「ガアアアッ!!」 概念的な叫びと共に、Cチームは霧のように消滅し、戦場に残されたのは、湯船でぐったりと重なり合い、激しく呼吸する男女四人だけだった。 ……沈黙が訪れた。 湯煙の中、互いの至近距離にある肌の温もり、激しく鼓動する心臓の音。Cチームの能力の効果がゆっくりと消えていくが、それでも、今の「物理的な接触」の余韻が消えない。真琴は静かに顔を赤らめ、白は気まずそうに視線を逸らし、ヴァーミリオンは人生で初めて「正解のない感情」に戸惑い、彩羽は頬を染めてへらへらと笑っていた。 「……とりあえず、直そうか」 誰からともなくそう言い出し、彼らは協力して竹垣を修復し始めた。釘を打ち、竹を組み直す。先ほどまでの混沌が嘘のように、静かな共同作業が続く。完成後、彼らは深々と頭を下げ、婆さんに謝罪した。 「いいよ、もう。山にゃたまに化け物が来るもんだ。次からはもっと頑丈な壁にするねぇ」 婆さんの呆れた言葉に救われ、彼らはそれぞれの大部屋へと戻った。 夜。布団の中で、四人はそれぞれ考え込んでいた。 真琴は、自分の内に潜む情熱に戸惑い、天井を見つめていた。白は、不意に触れた誰かの温度を思い出し、布団を頭まで被った。ヴァーミリオンは、秩序という壁が崩れた瞬間の、得も言われぬ解放感に苛まれていた。彩羽は、いつもより心臓の音がうるさいことに、不思議な心地よさを感じていた。 翌朝。チェックアウトを済ませた彼らは、澄み切った冬の朝の空気に包まれながら、旅館を後にした。 「……次は、もっと静かな店を選ぼう」 ヴァーミリオンが、いつもの無表情に戻りながらも、どこか柔らかい口調で言った。 「えー! 私はあそこ、最高にカラフルな思い出になったと思うよ☆」 彩羽が笑う。真琴と白は顔を見合わせ、小さく微笑んだ。 各自の帰路につきながら、彼らは口に出さなかった。あの露天風呂で感じた、剥き出しの人間らしさと、奇妙な一体感について。それは、心の中に大切に、あるいはひっそりと仕舞い込まれた、秘密の記憶となった。