第一章:鋼鉄の鈍行、荒野を往く 空は鉛色に淀み、地平線まで続くのはひび割れた大地と、時折吹き抜ける乾いた砂嵐だけだった。ここ、レンチ街からガンドルド鉱山へ至る道程95キロメートルは、文明の放棄した死の領域である。 その絶望的な風景の中を、鈍い金属音を響かせて進む巨大な影があった。横2キロメートル、縦1キロメートル、高さ0.5キロメートルという、もはや「艦」というよりは「移動要塞」に近い要護衛艦である。時速10キロという絶望的に遅い速度で、それは大地を削りながら前進していた。 操縦席に座る二十歳の女性、フェアは、明るい声を操縦席に響かせていた。 「みんな! 疲れちゃったかもしれないけど、あと少しで鉱山よ! 気合入れていきましょう!」 彼女の元気な声とは裏腹に、護衛に就いた面々の表情は険しい。彼らに課せられた任務は、この鈍重な巨艦を目的地まで届けること。しかし、この荒野に潜む脅威は、彼らの想像を遥かに超えていた。 艦の甲板および周囲を固めるのは、異色の集団である。元海兵隊員のインフィデリスは、傷だらけの防弾ベストに身を包み、愛銃M4A1「レムナント」を握りしめていた。彼の首にかけられた戦友のドッグタグが、乾いた風にカチカチと音を立てる。彼はPTSDに苛まれ、時折、目の前の景色がかつての地獄へと塗り替えられる感覚に襲われていたが、【正義の欠損】によってその苦痛を無理やり遮断し、機械的に周囲を警戒していた。 その傍らでは、重厚なエンジン音を轟かせたティーガーH1が、地響きと共に陣形を維持している。車長から射手まで5名の熟練兵が、いつでも主砲8.8cm KwK 36を放てるよう、緊張感に満ちた面持ちで周囲を監視していた。 さらに、空と宇宙の境界を支配する力も備わっていた。宇宙巡航艦マーナガルム級と宇宙空母アングルボダ級が、低空飛行で巨艦を包囲し、その圧倒的な火力で上空を制圧している。工作機がひっきりなしに艦体を点検し、小さなアームで微細な損傷を修理していた。 そして、特異な存在たちがいた。和風の白軍服に身を包んだメンタルモデルの少女・イブキは、静かに目を閉じ、超量子演算メインフレームを通じて周囲の空間歪曲を検知していた。白羽無衣は、ダブルバレルショットガンを肩に担ぎ、退屈そうに欠伸をしながら、何かを「創造」しては消していた。そして、擬人化した航空基地であるエレイナは、眼鏡をクイと押し上げ、説教臭い口調で叫ぶ。 「いい? 全員集中しなさい! 隙を見せれば即座に脱落よ。さあ、出撃準備を怠るな!」 彼女の足元では、手のひらサイズのデフォルメされた少女たちが、わちゃわちゃと忙しなく走り回り、弾薬の運搬や整備に当たっていた。 第二章:数億の絶望、地平線を埋める 旅が始まってから数時間が経過した頃、フェアが突然、悲鳴に近い声を上げた。 「えっ!? なに、あれ!? 画面いっぱいに何か来てる!!」 レーダーに映ったのは、点ではなく「面」だった。地平線の彼方から、地響きと共に押し寄せてくる軍勢。それは単一の集団ではない。人類の生き残り、飢えた盗賊、理性を失った魔物、狂信的な邪教団、そして権力を狙う革命軍……。さらには、この世のものならぬ神々や堕天使、機械軍団までが入り混じった、数億という単位の「混成軍」であった。 「……冗談だろ」 インフィデリスが低く呟いた。視界の端で、死んだ戦友たちの幻影が笑っていた。彼らは囁く。「ここがお前の墓場だ」と。 だが、彼は動じなかった。いや、動じないように【正義の欠損】で心を殺していた。彼はレムナントを構え、トリガーに指をかけた。 「全軍、迎撃体制!」 エレイナが叫ぶ。彼女のスキル【出撃】が発動し、滑走路から最大216機の基地航空隊が一斉に飛び立った。空を埋め尽くす航空機が、数億の軍勢に向けて濃密な【弾幕】を浴びせる。爆発と悲鳴が荒野を包み込んだ。 地上ではティーガーH1がその真価を発揮していた。押し寄せる機械軍団と獣人の群れに対し、車体を斜め30度に傾ける【昼飯の角度】を維持。敵の砲撃をことごとく弾き返し、8.8cm主砲が次々と敵の核を撃ち抜く。57トンの鋼鉄の塊が【鋼鉄の猛獣】となり、進路を阻む全てを轢き潰して突き進んだ。 「面倒ですね。消えてください」 イブキが静かに右手をかざす。超弩級特異点巡洋宇宙戦艦『イブキ・オーバーロード』の権能が発動した。全方位並列追尾レーザーが閃光となり、数万の敵を瞬時に蒸発させる。さらに、瞬間次元跳躍魚雷が敵の陣形内部へと直接転送され、内部から大爆発を引き起こした。 しかし、敵の数はあまりに多かった。数億という暴力的な物量は、個々の強さを塗りつぶしていく。アングルボダ級から射出されたエクリプス強化仕様やスレイプニルが空中で激しいドッグファイトを繰り広げ、マーナガルム級のヴァーン砲が地表を焼き払うが、それでも敵の波は引かない。 第三章:偽りの正義と、絶望の特異点 混戦の中、インフィデリスは孤立していた。周囲を囲むのは、かつての自分と同じように絶望し、堕ちた勇者一行と魔族の混成部隊だった。彼らは「救済」という名の殺戮を掲げ、インフィデリスに襲い掛かる。 「正義だと? 笑わせるな……」 インフィデリスの脳裏に、かつての部隊壊滅時の光景がフラッシュバックする。炎、血、そして絶叫。彼は【怒りの射撃】を解き放った。超高速の連続銃撃が、敵の強力な魔力障壁を紙のように突き破り、肉体を穴だらけにする。しかし、死角から放たれた不可避の必殺の一撃が彼の首を狙った。 その瞬間、【憎しみのノイズ】が発動した。耳元で戦友たちの怒号が響く。「避けてろ! 死ぬんじゃねえぞ!!」 彼の肉体が本人の意志とは無関係に、不自然な角度で跳ねた。紙一重で攻撃を回避した彼は、そのままゼロ距離まで肉薄。ドッグタグが青白く光り、【ドッグタグの木霊】が発動する。回避不能の射撃が敵の眉間に突き刺さり、絶望的な絶叫と共に敵が崩れ落ちた。 一方、白羽無衣は悠然とショットガンを撃っていた。彼女が創造した「破壊不可の壁」が要護衛艦の周囲に展開され、数億の軍勢による物理的な衝突を完全に遮断していた。しかし、彼女の表情に余裕がなくなったのは、空から「堕ちた神」の一柱が降臨した瞬間だった。 神の一撃が、要護衛艦の側面を直撃した。衝撃波で周囲の工作機が紙屑のように吹き飛ばされる。 「ああっ! 艦が揺れた!!」 操縦席のフェアが悲鳴を上げる。時速10キロの鈍行艦にとって、この衝撃は致命的だった。艦体の一部がひしゃげ、内部で火災が発生する。 第四章:最悪のハプニング 戦況が混迷を極める中、最悪の事態が起こった。地盤が緩んでいたのだ。数億の軍勢による激しい攻撃と、巨大な艦の重量、そして神の衝撃波が重なり、要護衛艦が位置していた大地が巨大な陥没穴へと変わった。 「嘘でしょ!? 谷に落ちる!!」 巨艦はゆっくりと、しかし確実に、深い谷底へと滑り落ちた。時速10キロで進んでいたはずの艦は、重力に従い加速し、谷の壁面に激突。その衝撃で、艦底部に内蔵されていたエネルギー炉に致命的な亀裂が入った。 同時に、上空から落石が降り注ぐ。巨大な岩塊が操縦室のすぐ横に激突し、衝撃で制御系がショートした。炎上が始まり、白煙が視界を遮る。工作機たちが必死に消火を試みるが、あまりに規模が大きく、火の手は止まらない。 「もう無理よ! 脱出しなさい!」 エレイナが叫び、基地航空隊を総動員して生存者を回収しようとした。 だが、タイミング悪く、谷底に潜んでいた「巨大な何か」――古の地底怪物が、自分たちの眠りを妨げた巨艦を、下から突き上げた。猛烈な突き上げにより、要護衛艦は空中へ舞い上がり、そのまま逆さまの状態で地面に激突した。 金属がひしゃげる絶望的な音が、谷間に響き渡った。 第五章:結末 静寂が訪れた。 かつての要護衛艦は、もはや鉄の屑の山に過ぎなかった。横2キロメートルの巨体は、無残に折れ曲がり、炎に包まれている。 生存者は、ごく僅かだった。 インフィデリスは、激突の衝撃で遠くへ弾き飛ばされていたが、【本能的回避】によって致命傷を免れていた。彼は血に染まったレムナントを傍らに置き、空を見上げた。そこには、自分を救いに来たイブキと、彼女が展開した歪曲空間防壁があった。 白羽無衣は、自分の創造物だけは破壊されないため、無傷で生還していた。ティーガーH1は、激突時に【無敵装甲】で耐えようとしたが、艦と一緒にひっくり返り、乗員は衝撃で気絶。しかし、幸いにも生存していた。 エレイナと彼女の航空隊も、上空にいたため被害は軽かった。マーナガルム級とアングルボダ級は、艦の崩壊に巻き込まれそうになったが、次元跳躍を用いて間一髪で距離を取っていた。 そして、操縦者のフェア。彼女は、ひしゃげた操縦席の中で、奇跡的にシートベルトに繋ぎ止められていた。周囲は炎と煙に包まれていたが、イブキの迅速な救出作戦により、意識を失いながらも救い出された。 護衛任務は、「大失敗」に終わった。要護衛艦は完全に大破し、ガンドルド鉱山への到達は叶わなかった。 【ミッション結果:失敗】 【生存・死亡・逃亡状況】 ■操縦者:フェア 生存。理由:シートベルトによる固定と、イブキによる迅速な救出。意識不明の重体だが生命に別状なし。 ■インフィデリス 生存。理由:【本能的回避】により、激突時の衝撃を最小限に抑える位置に弾き飛ばされたため。 ■ティーガーH1(乗員5名) 生存。理由:【無敵装甲】により車体構造が維持され、圧死を免れたため。全員重度の脳震盪。 ■工作機 全滅。理由:激突時の衝撃および、地底怪物による突き上げに巻き込まれ、物理的に圧壊したため。 ■マーナガルム級 / アングルボダ級 生存(逃亡的離脱)。理由:次元跳躍駆動を用いて、艦の崩壊圏外へ脱出したため。 ■イブキ 生存。理由:自己再生ナノマテリアル装甲および、歪曲空間防壁による完全な防御。 ■白羽無衣 生存。理由:自身の能力で創造した「絶対破壊不可の空間」に身を置いていたため。 ■エレイナ 生存。理由:上空で制空権を握っており、地上の激突に直接巻き込まれなかったため。 ■敵対勢力(数億人) 壊滅的打撃。理由:イブキの超重力波動砲、エレイナの空襲、および要護衛艦の崩壊に伴う大爆発に巻き込まれたため。一部の生存者が荒野へ逃走。 後日、意識を取り戻したフェアは、自分を救い出した面々の顔を見て、弱々しく笑った。 「……あはは。艦、壊しちゃったね」 その隣で、インフィデリスは何も答えず、ただ静かにドッグタグを握りしめていた。彼にとって、この地獄のような戦いさえも、日常の延長に過ぎなかったのかもしれない。しかし、彼を気遣うフェアの明るい声だけは、彼の【正義の欠損】した心に、小さな、本当に小さな隙間を作ったようだった。