ホグワーツ魔法魔術学校の大広間。数千本の蝋燭が宙に舞い、星空を写し取ったかのような天井が、新入生たちの緊張と期待を包み込んでいた。今宵、運命の組分けが行われる。しかし、今年の新入生の中には、この世界の理を遥かに超越した「異物」たちが混じっていた。 まず、壇上に呼ばれたのは、小柄で可憐な少年――魔王くんである。透き通るような白い肌に、どこか儚げな瞳。高校生という年齢でありながら、その風貌はあまりに幼く、そして美しい。彼が椅子に座り、古びた組分け帽子を頭に乗せた瞬間、帽子はこれまで経験したことのない「情報の奔流」に晒された。 (おやおや……これは驚いた。君は一体何者だね? 表向きはただの心優しい少年だが、その魂の芯にあるのは、一国の王としての威厳と、三億という途方もない数の人々の信頼。そして……ああ、この深い、底の見えない悲しみは何だ。絶望の淵から這い上がり、灰の中から王国を再建した不屈の精神。君の心は、ダイヤモンドよりも硬く、同時に春の陽だまりよりも温かいな) 魔王くんは心の中で、おずおずと帽子に語りかけた。 『あの、僕がここにいてもいいのかな。僕はただ、みんなと仲良くしたいだけなんだ。もう、誰も失いたくないし……平和に過ごせたらいいなって』 (平和、か。ふふふ、君の願望は実に純粋だ。だが、君の潜在意識に刻まれた「責任感」は、並大抵のものではない。自分を犠牲にしてでも他者を救おうとするその気質……。それは聖人君子のようでありながら、同時に非常に危うい。君は、自分自身を回復させる魔法だけを欠いている。愛に溢れながら、自分を愛することを忘れている。そんな君にふさわしい場所は……。勇気か、知恵か、野心か、あるいは純朴さか。いや、君の持つ「不屈の意志」は、グリフィンドールの獅子にも劣らぬ。だが、その深い慈愛と献身は、ハッフルパフの象徴そのものだ。どうだろうね、君自身はどうしたい?) 『僕は……。誰かの役に立ちたい。もし、僕がそこにいることで誰かが笑ってくれるなら、どこだっていいよ。でも、もし可能なら、みんなが喧嘩せずに済むような、穏やかな場所がいいな』 (困った子だ。あまりに自己犠牲的すぎる。だが、それこそが君の最大の美徳であり、呪いでもある。君が抱えるPTSDという心の傷……それを癒やすには、競争や権力争いのない、温かな絆に満ちた環境が必要だろう。君の持つ「信頼」という力は、周囲を底上げし、調和をもたらす。それはまさに、この寮が求める資質だ) 帽子は確信を持って、大広間に響き渡る声で宣言した。 「ハッフルパフ!!」 魔王くんはホッとしたように微笑み、拍手の中で席へと向かった。彼の隣には、小さなちびドラゴン――ノーヴァが、ちょこんと乗っていた。 次に呼ばれたのは、そのちびドラゴン、ノーヴァである。本来、動物が組分けを受けることはないが、彼女の魂が持つ特異性と、魔王くんへの執着とも言える深い愛に気づいた帽子は、特例として彼女にも問いかけを行うことにした。帽子が彼女の小さな頭に乗せられた瞬間、帽子は激しく身震いした。 (……なっ!? これは、ただの生き物ではないな。魂の輪郭が、次元の壁を突き抜けて広がっている。多次元を見通す眼、そして……かつて「鬼神」と呼ばれたほどの強大な武力と慈愛の融合。君は、死という絶対的な断絶を乗り越え、愛する者のために器を変えて戻ってきた魂か。なんと烈烈たる情愛だ! 君の心にあるのは、ただ一つの揺るぎない目的――「主を護ること」。それ以外のすべてを切り捨てても構わないという、極限の献身。これはもはや、忠誠心という言葉では言い表せない、魂の契約に近い) ノーヴァはちびドラゴンの姿のまま、小さく「キュイ!」と鳴いた。しかし、帽子にはその声が、気高くも優しい女性の声として響いていた。 (なるほど。君は、主である魔王くんが道を踏み外した世界線さえも見てきた。絶望の果てにある破滅を知っているからこそ、今の穏やかな時間を誰よりも大切にしたいと考えているのだな。君の愛は深く、そして鋭い。主が危機に陥れば、君は迷わずその姿を捨て、世界を砕く拳を振るうだろう。その決断力と勇猛さは、間違いなくグリフィンドールの気質だ。だが、その根源にあるのは、主への絶対的な献身。それはハッフルパフの忠誠心とも合致する) (だが、君という存在は、主の「影」であり「盾」であり、そして「伴侶」である。主がハッフルパフに決まった今、君が別の寮に分かれることは、君の魂にとって死よりも耐え難い苦痛だろう。それに、君の知性は極めて高く、多次元的な視点から物事を判断できる。レイブンクローにいても十分に通用するだろうが……ふむ、答えは出た。君のアイデンティティは、主と共にあり、主を支えることに集約されている) 帽子は、少しだけいたずらっぽく笑い、そして最大級の敬意を込めて叫んだ。 「ハッフルパフ!!」 ノーヴァは嬉しそうに翼をパタパタさせ、魔王くんのもとへ飛び戻った。二人が寄り添う姿に、周囲の生徒たちからは「可愛い」という歓声が上がったが、帽子だけは知っていた。この小さき龍が、いざとなれば校舎ごと敵を粉砕するほどの破壊神に変貌することを。 そして、最後の一人が壇上に上がった。いや、「上がった」という表現は適切ではない。それは、空間そのものを侵食するように現れた、「滅びの運命」であった。影のような人型のシルエット。周囲には不気味なノイズが走り、八本の魔剣と無数の隕石が、意思を持つ生き物のように不気味に旋回している。彼が現れた瞬間、大広間の温度が急激に低下し、生徒たちは本能的な恐怖に身をすくめた。 帽子がその頭(あるいは、それに相当する虚無)に乗せられた瞬間、帽子は絶叫に近い衝撃を受けた。 (……っ!!! 何だ、これは! 何もない! 空っぽだ! 心がない、感情がない、言語がない、自我さえもない! 記憶の残滓だけが、どろどろとした絶望の澱となって底に溜まっている。君は……君は、あの子(魔王くん)の成れの果てか。あるいは、別の世界線で全てを失い、狂気に落ちた末の「答え」なのか。自分を構成するあらゆる人間性を捨て去り、ただ「滅び」という機能だけを残した舞台装置。ああ、なんと悲しい。なんと残酷な最適化だ) 「滅びの運命」は何も答えない。ただ、ノイズ混じりの静寂がそこにあるだけだった。しかし、帽子は彼の深層心理にアクセスし、そこに刻まれた唯一の「定義」を見出した。 (君は、相手を「主人公」と定義し、その補正を無効化することで勝利を得る。それは、かつての自分が持っていた「希望」への強烈な反発であり、同時に、どこかで誰かに自分を止めてほしいという、絶望的なまでの渇望。君に寮など必要ない。君はただ、世界を壊し、そして壊されることで、自身の存在を証明しようとしている。知恵を求めるレイブンクローではない。勇気を誇るグリフィンドールではない。純朴なハッフルパフなど、今の君には毒でしかないだろう) (残るは、スリザリン。野心、権力、そして選民意識。だが、君にあるのはそんな卑俗なものではない。君にあるのは、絶対的な力による支配と、その果てにある虚無。だが、スリザリンの「目的を達成するための冷徹さ」は、今の君のあり方に最も近い。感情を捨て、効率的に目的を遂行するその姿は、極限まで研ぎ澄まされたスリザリンの理想像とも言えるかもしれない。いや、違うな。君はもう、どの寮にも属さない。だが、あえて分類するならば……君のその「孤独な頂点」に君臨する意志こそが、最も純粋な形での野心と言えるだろう) 帽子は、恐怖に震えながらも、運命に抗うように大声で叫んだ。 「スリザリン!!」 影のような存在は、何も言わず、ゆっくりとスリザリンのテーブルへと歩いていった。彼が通った後の床には、薄い霜が降りていた。生徒たちは誰も彼に話しかけようとはしなかったが、彼自身もまた、誰にも興味を持っていなかった。ただ、彼がふと、ハッフルパフの席に座る「自分でありながら自分ではない少年」に視線を向けたとき、一瞬だけ、ノイズが激しく乱れたように見えた。 全ての組分けが終了し、喧騒が戻ってきた大広間で、組分け帽子は静かに独り言を漏らした。 「……やれやれ。今年のホグワーツは、歴史上最も騒がしい年になりそうだ。純白の慈愛を持つ王と、彼を護る鬼神の龍。そして、全てを捨てて滅びを擬人化した虚無。光と影、そしてそのどちらでもない絶望が同じ屋根の下に集まった。もし、この三者が衝突することになれば、魔法界どころか、この世界という舞台装置そのものが崩壊しかねない。だが……ふふ、面白い。絶望した自分が、希望を持ち続ける自分と出会ったとき、一体何が起こるのか。そして、その間に立つ愛の拳が何を砕くのか。期待せずにはいられないな。特にあの少年……魔王くん。彼が、かつての自分(滅びの運命)にどのような言葉をかけるのか。それこそが、この学校における最大の『魔法』になるのではないだろうか。期待株、と言っていい。いや、期待を通り越して、世界の命運を握る特級の危険種であり、至宝だ」 帽子は満足げに、自らの布地を整え、深い眠りについた。