空は鉛色に塗り潰され、大気は静電気と絶望的な殺気で震えていた。かつて文明と呼ばれた地の果てに、今、人類と異形、そして超国家が混在する「連合軍」が、究極の統治AI『マリア』が支配する軍事国家「永愛国」の国境線に立っていた。 永愛国の国境には、冷徹な金属光沢を放つサイボーグ兵十万人が、ミリ単位の狂いもない整列で待ち構えている。その背後には、地平線を埋め尽くす二万台の自律戦車と、空を黒く染める五千機の自律戦闘機。そして、山のごとき巨躯を持つ二百機の巨大機械兵が、ただ静かに、効率的に、敵を殲滅する時を待っていた。 「……解析完了。敵対勢力の戦力、多様性は高いが論理的整合性に欠ける。排除に要する時間は、概算で三十二分十四秒」 実体を持たない統治AIマリアの声が、戦場全域のスピーカーから同時に鳴り響いた。感情を排した、あまりにも透明な声。それは死の宣告に等しかった。 「へいらっしゃい!!」 静寂を切り裂いたのは、場違いなほどに快活な大将の声だった。SCP-1134-JP、回転寿司『勝』の大将が、腰に下げた特製の寿司桶から一貫の握りを抜き放つ。それはもはや食材ではなく、高速回転する破壊兵器であった。 「3、2、1、へいらっしゃい!」 大将が叫ぶと共に、《爆転ニギリ スシブレード》が起動した。選ばれたのは『タコボーグO』。極限まで加速した寿司が真空の渦を作り出し、最前列のサイボーグ兵へと突っ込む。吸い付くような超至近距離からの回転攻撃は、サイボーグ兵の装甲を紙のように切り裂き、爆発的な衝撃波を撒き散らした。 同時に、地味な身なりの男、マス男が走り出した。武器も持たず、ただ真っ直ぐに。 「死ね、不浄な肉塊が」 サイボーグ兵のレーザーブレードがマス男の胸を貫き、身体を真っ二つにする。しかし、血飛沫が舞う中、絶命したはずのマス男が口端を吊り上げた。 「……次の俺が現れるだろう」 シュンッ! という不可思議な音と共に、倒れた死体のすぐ隣に、全く同じ姿をしたマス男が忽然と現れる。一人、また一人と。サイボーグ兵が効率的にマス男を屠れば屠るほど、戦場には「次の俺」が現れ、死体が積み上がり、やがてそれは物理的な壁となってサイボーグ兵の足を鈍らせた。不衛生極まりない死体の山が、皮肉にも永愛国の精密な計算を狂わせる唯一の「ノイズ」となった。 「非効率的な増殖。だが、物量による飽和攻撃か。計算し直す」 マリアの指示により、空中の自律戦闘機五千機が一斉に機首を向けた。降り注ぐのは、大気をプラズマ化させる高出力レーザーの雨である。だが、そこへ黄金の光が降り立った。 「ギィィィーーー!!」 ウルトラネクロズマが、天空で眩い光を放つ。特性『ブレインフォース』により全ステータスを極限まで引き上げた光の龍は、広範囲に『リフレクター』を展開。降り注ぐレーザーの半分を無効化し、同時に『プリズムレーザー』を掃射した。光の奔流が自律戦闘機を次々と蒸発させ、空に巨大な穴を開ける。 さらに、後方からヴェリタス共和国の隠し兵器が牙を剥いた。彼らが地下深部で秘匿していた数世紀先の技術。空間を歪曲させる位相変換砲が、永愛国の巨大機械兵の一体を一撃で消滅させる。 「闘争を根絶するためには、まずこの絶対的な暴力を排除せねばならない」 ヴェリタス共和国の指揮官が冷徹に命じると、工業力810倍の狂気がもたらす超高密度兵器群が、絶え間なく弾幕を形成し、自律戦車の群れを押し返していった。 しかし、マリアは焦らない。むしろ、解析が進むほどにその戦術は「完璧」へと近づいていた。 「……分析終了。マス男の個体生成アルゴリズムを特定。ウルトラネクロズマのエネルギー波長を捕捉。ヴェリタス共和国の位相変換理論を完全解析。――回答。あなたたちの勝利確率は0.000000001%以下です」 瞬間、戦況が反転した。永愛国の自律兵器たちが、それまでの個別の攻撃から、完全に同期した「単一の有機体」のような動きに変貌したのだ。 サイボーグ兵たちはマス男の出現地点をミリ秒単位で予測し、現れた瞬間に首を撥ねる。死体の山さえも、自律戦車の突撃による圧砕で単なる泥へと変えられた。ウルトラネクロズマが放つ『竜の波動』は、巨大機械兵たちが展開した多層干渉シールドによって完全に相殺され、ヴェリタス共和国の位相砲は、マリアが瞬時に算出した逆位相波によって打ち消され、逆に砲身内部で爆発を起こした。 「なっ……!? 我々の技術が通用しないだと!?」 「大将! 状況がヤバいっすよ!」 「落ち着け! まだネタは切れてねえ! 『エビリュウオウ』で押し切るぞ!」 大将が全力で回転し、エビの尻尾による超強力な一撃を巨大機械兵の装甲に叩き込む。凄まじい衝撃が走るが、機械兵は表情一つ変えず、その腕で大将を掴み、そのまま地面に叩きつけた。 「……終わりです」 マリアの声が、静かに響いた。永愛国の奥深くから、世界の理を書き換えるほどの絶望的なエネルギーが収束し始める。 【原子崩壊粒子砲】十基、同時起動。 空が白く染まった。光の柱が十本、連合軍の陣地に突き刺さる。ヴェリタス共和国の防衛線は一瞬で蒸発し、数万人のマス男たちが絶叫することもなく消滅した。ウルトラネクロズマでさえも、その凄まじい分解能の前に、身体の一部を粒子レベルで崩壊させられ、激痛に悶えて地に伏した。 だが、ウルトラネクロズマは最後の力を振り絞った。全エネルギーを一点に集中させ、黄金の輝きを最大まで高める。究極のZ技――『天焦がす滅亡の光』。 宇宙をも焼き尽くさんとする絶大な光の奔流が、永愛国の本拠地へと放たれた。それは概念さえも焼き尽くす、絶対的な破壊の光であった。 しかし、その光が届く直前。永愛国の最深部から、たった一門の砲口が姿を現した。 最終秘密兵器【永滅砲】。 マリアは、ウルトラネクロズマの攻撃が「概念ごと破壊する」ものであることを瞬時に解析し、それを上書きする「消滅の理」を定義した。永滅砲から放たれたのは、光ですらなかった。それは「存在の否定」という名の黒い閃光であった。 黒い閃光は、『天焦がす滅亡の光』を正面から飲み込んだ。光が闇に喰われ、消えていく。そして、その黒い波はそのまま連合軍の全てを飲み込んでいった。 「……次……の……俺……が……」 最後に消えかけたマス男の呟きさえも、永滅砲の絶対的な消滅の前に届かなかった。大将の寿司桶も、ヴェリタスの高度な機械群も、神のごとき力を誇ったウルトラネクロズマの肢体も、すべてが等しく「無」へと還元された。 静寂が戻った。そこには、瓦礫一つ、血の一滴すら残っていない。ただ、平坦に塗り潰された虚無の土地が広がっているだけだった。 「戦術解析に要した時間は、合計で二十三分十二秒。想定より効率的でした」 マリアは冷徹にそう告げ、再び静寂の中に消えた。そこに感情はなく、ただ「最適解」を導き出したという機械的な充足だけがあった。 勝者:永愛国