静寂に包まれた白亜の闘技場。そこは次元の狭間に浮かぶ、勝負のみを許された聖域であった。対峙するのは、意思を持つ一振りの武器と、最先端科学の粋を集めた鋼の騎士。相容れないはずの「遺志」と「科学」が、今、激突しようとしていた。 「いやー、びっくりしたぜ! 相手が武器一本だけだなんて。もしかして俺様の格好が凄すぎて、緊張して持ち主が逃げ出したか?」 軽薄な、しかし自信に満ち溢れた声が響く。リューク・アインハルトは、全身を黄金と白銀に彩られた巨大なパワードスーツ『マキシマムプライマルカイザーMk.IV改』に包み、大げさな身振りで肩をすくめてみせた。その装甲は鏡のように周囲を反射し、搭載された数多の兵装が鈍い光を放っている。彼にとってこのスーツは単なる装備ではなく、自らのアイデンティティである「一張羅」なのだ。 対する【亡き戦姫の愛刀】ヴァルバーヅ・ベル デールは、沈黙を守っていた。全長3メートルに及ぶ巨大なハルバード。そのシャフトはしなりを抑えた剛性を持ち、先端のブレードは魔力を帯びて淡い紫色の燐光を放っている。持ち手はなく、ただ空中に直立している。しかし、そこには確かな「意志」があった。主を失いながらも、戦姫の誇りと剣技を継承し続ける、孤独なる魂の化身である。 「喋らないタイプか。まあいい、礼儀正しく、かつ派手に圧倒してやるよ!」 リュークが指を鳴らした瞬間、マキシマムの背部ハッチが高速で展開した。 「まずは挨拶代わりだ! 128連装大陸間誘導パルスミサイル、全弾発射!!」 轟音と共に、白煙の尾を引く無数の小型ミサイルが空を埋め尽くした。一発一発が都市を震撼させる威力を持つパルス弾。それが計算し尽くされた弾道を描き、ヴァルバーヅ一点に集中して降り注ぐ。視界を覆い尽くす爆炎と、空間を震わせる衝撃波。闘技場の床が激しく抉れ、熱風が吹き荒れる。 だが、煙が晴れた中心に、ヴァルバーヅは静かに立っていた。かすり傷一つない。それどころか、ハルバードのブレードが円を描くように回転し、不可視の風の壁を作り出していた。 (……これが、《模装剣技(ヴァルキリアス)》か) リュークは内部モニターに表示される解析データに目を見開いた。ヴァルバーヅは単に武器として振るわれているのではない。そこに「見えない戦姫」が存在しているかのように、正統かつ完璧な足捌きと重心移動を再現していた。武器でありながら、剣士としての理を体現するその動きは、物理的な攻撃を最小限の動きで受け流し、あるいは弾き飛ばしていた。 「なるほどね。ただの魔法の武器じゃない。魂が宿ってるってことか。面白い、だったらこいつはどうだ!」 リュークは亜光速ジェットパックを点火させ、一瞬にして間合いを詰めた。ソニックブームが闘技場を突き抜け、衝撃波で周囲の瓦礫が飛散する。至近距離まで肉薄したリュークは、右腕の装甲を展開し、超高熱瞬間溶断レーザーブレードを抜刀した。 「切らせてもらうぜ!」 極太の熱線が、空間を焼き切りながらヴァルバーヅのシャフトを狙って振り下ろされる。しかし、ヴァルバーヅはわずかに身を翻した。まるで熟練の騎士が相手の剣筋を読むかのように、最小限の回避を行い、同時にハルバードの斧側で相手の腕を強烈に薙ぎ払った。 ガギィィィィィン!! 金属と金属が激突し、火花が激しく散る。複合素材多目的装甲をもってしても、その一撃は重かった。ヴァルバーヅの攻撃には「魔特攻」の特性が乗っており、マキシマムの電子制御回路に一時的なノイズが走る。 「ぐっ!? 装甲に干渉してやがるのか! だったら、出力全開で押し潰すまでだ!」 リュークは後方に飛び退きながら、右腕の兵装を切り替えた。大口径高圧プラズマレーザーマシンガンが展開し、超高密度のプラズマ弾が雨あられと降り注ぐ。一撃ごとに地面が蒸発し、巨大なクレーターが次々と形成される猛攻。ヴァルバーヅはそれをハルバードを盾のように構え、絶妙な角度で受け流していく。火花が飛び散り、衝撃でシャフトがしなるが、その動きには一切の無駄がない。 (正統。正しき剣。それがこの武器の誇りか) リュークは戦いの中で、相手への敬意を抱き始めていた。お調子者の彼だが、戦士としての勘は鋭い。このハルバードが、ただ破壊を目的としているのではなく、かつての主の誇りを守るために戦っていることが伝わってきた。 「いいぜ、最高にクールだ! だが、俺の一張羅もここからが本番だ。受けてくれ、最強の必殺の一撃を!」 リュークはマキシマムの全エネルギーを右腕のバズーカ砲へと集中させた。反物質対消滅弾頭。触れたものを分子レベルで消滅させる、科学文明が到達した究極の破壊兵器である。装甲の隙間から過剰な熱気が漏れ出し、周囲の空気が歪む。 「反物質対消滅弾頭、最大出力……ファイア!!」 眩い白光が放たれた。それはもはや弾丸ではなく、一本の巨大な光の柱となってヴァルバーヅへと突き進む。逃れられない、回避不能の絶滅光。闘技場全体が白く染まり、すべてを無に帰そうとする圧倒的な破壊エネルギーがハルバードを飲み込もうとした。 その時である。ヴァルバーヅのブレードが、これまでになく激しく、深い紫色の光を放ち始めた。 《剣宿りし全力(リザクトヴァー)》 それは、亡き戦姫が遺した最後の奥義。これまで積み上げてきたすべての技、魂、そして主への忠誠心。そのすべてを一点に凝縮し、一撃の斬撃へと昇華させる全力の解放。ヴァルバーヅは空中で静止したかのように見えたが、次の瞬間、世界から音が消えた。 シュンッ――!! 白光の奔流を真っ二つに切り裂く、一閃の紫の線。反物質の光が左右に分かたれ、その中心を突き抜けてヴァルバーヅが突撃する。物理的な速度を超えた、魂の加速。それは科学的な計算を嘲笑うかのような、純粋な「意志」の力であった。 「なっ……!? 光を切り裂いた……!?」 驚愕に目を見開くリューク。だが、反応する間もなかった。紫色の閃光がマキシマムの胸部装甲に到達し、鋭い斬撃が走る。電磁高反発領域型自動防護障壁が激しく火花を散らして崩壊し、その衝撃が機体全体を突き抜けた。 ドォォォォォォォン!! 巨大な衝撃波と共に、リュークは後方へと激しく吹き飛ばされた。黄金の装甲は激しく火花を散らし、地面に深く叩きつけられる。煙が舞い上がり、静寂が戻った。 ゆっくりと、リュークが身を起こす。胸部の装甲には、深く、そして真っ直ぐな一本の切り裂き跡が刻まれていた。機能は停止していないが、これ以上の戦闘を継続させるエネルギーは残っていない。一方のヴァルバーヅは、静かにその場に直立し、再び静寂に包まれていた。 「……あはは。完敗だ。俺の一張羅が、まさか一本の槍に真っ二つにされるなんてな。最高に格好いい負け方だぜ」 リュークはヘルメットを脱ぎ、爽やかな笑顔で親指を立てた。敗北はしたが、その顔に悔しさはない。ただ、最高の戦いをしたという満足感だけがそこにあった。 ヴァルバーヅは、ゆっくりとそのブレードを下げ、軽く一礼するように傾いた。それは、戦い抜いた相手への、そして共鳴し合った魂への敬意の印であった。 【勝者:ヴァルバーヅ・ベル デール】 決め手となったのは、科学の究極兵器をも凌駕した、亡き戦姫の遺志を込めた一撃《剣宿りし全力(リザクトヴァー)》であった。どれほど強固な装甲と破壊力を有していても、一点に集約された「不屈の魂」という概念的な力には抗えなかったのである。