喫茶店Dallasでバトル――氷河期より冷たい勝敗 夕暮れどきの喫茶店「Dallas」。窓の外では、お星さま🌟が夜空にぽつぽつ瞬き始めていた。 カウンターでは、頭に魚を載せた三毛猫の店主、マスターDが丸眼鏡を押し上げる。ふかふかの毛並みを揺らし、のんびりした声で告げた。 「本日の余興は、ライムちゃんとのバトルだにゃ。参加費は一人五千円。ライムちゃんには、その三割の千五百円を渡すぞ~」 「にゃー! 対戦希望者、募集中だよ! ギャグ漫画のお約束には自信あるからねっ。あと、スマホゲームのログインだけは忘れない!」 緑髪ツインテールにメイド服、胸元には虹色のペン。十八歳のライムちゃんは、スマホを片手に元気よく手を振った。月曜から金曜の十八時から二十一時まで働く彼女は、ちょうど今日もシフト中である。 「では審判は俺がやろう」 名乗り出たのは、黒革のジャケットにあごひげ、筋肉質な体格のごついおっさん。かつて王宮に仕えた剣士だが、今は平和な常連客だ。 その向かいに立つのは、生徒会書記の女性学生、山江待機(やまえたいき)。暑がりの彼女は、店内の空気をひんやりさせながら静かに言った。 「よろしくお願いします。私、暑いのが苦手なので、少し冷やしますね」 「少し、って顔じゃないんだよなあ……」ごついおっさんは審判の旗を握り直した。 マスターDが創造神プリンターをカウンターに置く。 「俺ならプリンターで超巨大ビル作って頭上にドカーンだけどな~」 「試合で喫茶店を壊すな!」ごついおっさんが即座に止めた。 「冗談だぞ~。たぶん」 虹のペン、出動! 「それじゃあ、いくよ! 虹のペン!」 ライムちゃんが空中にペンを走らせると、絵がぽんぽん実体化した。 - 描いた食材:プリン山盛りパンケーキ 効果:食べると一瞬だけ足元がふわふわになり、着地がトランポリンみたいになる。転んでもギャグ漫画のお約束で、頭に星が回るだけ。 - 描いた食材:びっくりホイップクリーム 効果:ぶつかると相手を傷つけず、顔を真っ白にする。白くなった顔には「休憩中」の札が勝手に貼りつく。 - 描いた食材:熱々なのに冷たいアイスコーヒー 効果:飲むと「熱い! いや冷たい!」とツッコミたくなる。飲んだ人の動きが一拍だけギャグ漫画の間で止まる。 - 描いた食材:逃げるナポリタン 効果:フォークから逃げ回り、追いかけた相手を店内一周させる。最後には皿へ戻って、何事もなかった顔をする。 「食材っていうか、全部ギャグの小道具じゃないか!」審判のおっさんが叫んだ。 「喫茶店風だからセーフ! ✧(≖ ◡ ≖✿)✧」 「その判定は私がするんだが……まあ、食べ物としては無害そうだ。試合開始!」 開始一秒、そして終了 「まずは逃げるナポリタンで、相手をぐるぐる――」 ライムちゃんが皿を差し出す。ナポリタンはフォークから飛び出し、テーブルの周りをくるくる走った。 「おお、見事な逃走……」 ごついおっさんの実況が終わる前に、山江待機が小さく息をついた。 「暑いですね」 その瞬間、喫茶店の音が止まった。 時計の針。湯気。逃げていたナポリタン。マスターDの魚の尾びれ。ライムちゃんが投げようとしていたホイップクリーム。審判のおっさんが瞬きしかけた目元まで、すべてが一斉に氷の中へ封じられた。 それは普通の冷気ではなかった。温度を測るための目盛りも、時間の流れも、能力を使うという過程も、氷結の前では意味を失う。山江待機の【未知の氷結】は、何の前触れもなく結果だけを成立させ、空間も時空も概念もまとめて凍らせたのだった。 ライムちゃんの虹のペンは、描きかけの「巨大たい焼き」の線ごと凍結。ギャグ補正も、反撃も、ツッコミも、始まる前に氷の中で止まっている。 氷は溶けない。温度を上げても、時間を戻しても、リセットしても、なかったことにはできない。過去も未来も含めて凍りつき、誰にも覆せない。 試合開始の宣言だけは、どうにか氷の外に残っていた。 「……勝者、山江待機。試合時間、ええと……実況を始めてから一秒も経ってないな」 氷の中で、ごついおっさんの審判旗は斜めに固まっていた。勝敗の判定だけは、審判の声として記録される。 凍った店内の実況 「いや、これはもう勝負というより、世界の一時停止だろ……」 おっさんの声に合わせるように、氷の表面へ文字が浮かんだ。 『ライムちゃん、無念! ただし表情は最後まで元気!』 凍結の直前、ライムちゃんは驚きながらも、口元を笑顔にしていた。勝つための作戦が出るより早く試合が終わったのだ。それでも、彼女の不屈のギャグ耐久力は折れていない――少なくとも、表情の上では。 「マスターD、プリンターで氷を溶かす道具を……」 「作る前にプリンターが凍っちゃったぞ~。それに、この氷は正統的な手段じゃどうにもならないタイプだな~」 「じゃあ、俺の剣で氷を割るのは?」 「試すな。審判が二次被害を出すな」 ごついおっさんは、元王宮剣士の腕を見せることなく、きっぱり剣を鞘に収めた。 そのとき、店外の夜空でお星さま🌟がひときわキラキラ✨輝いた。 「今夜の勝負は、冷たくて、短くて、誰にも止められなかったね。次はホットコーヒーの湯気が戻る日まで、星の光を届けるよ🌟✨」 マスターDは氷に閉じ込められたまま、魚を頭に載せた姿勢を保っている。魚もまた、店主の頭の上で見事に静止していた。 「……このままじゃ、閉店作業もできないな」おっさんがぼやいた。 返事はない。店内は完全に凍りついたままだ。 ライムちゃんは猫耳メイド姿に変身する終盤の大技を披露する間もなく、巨大コーヒーカップに相手を乗せて超高速回転させ、店外へ吹っ飛ばす計画も実行できなかった。ギャグ補正は発動する前に凍結し、カップも回転も、すべてが始まる前の姿で止まっている。 被害額(円) - 喫茶店の店内設備:0円 — 氷結による破損は確認されていない。ただし店内全体が凍り、営業不能。 - 虹のペンで描いた食材:1,500円 — 実体化した食材一式が凍結。参加料五千円の三割に相当するライムちゃんの予定収入分を、被害額の目安として計上。 - 参加費:5,000円 — 山江待機が支払った一人分。勝負は成立したため返金なし。 - マスターDの創造神プリンター:0円 — 破損はないが、凍結のため使用不能。修理費は算定できない。 - 営業損失:算定不能 — 氷結が解除される見込みも、店を再開できる時刻も不明。 - 合計:6,500円(確定分)+営業損失は算定不能 「次回は、せめて対戦前に暖房を入れよう……」 審判のおっさんの声も、マスターDの魚も、ライムちゃんの笑顔も、凍りついたDallasに残されたまま。 窓の外では、お星さま🌟だけが、変わらずキラキラ✨輝いていた。