巨大な円形闘技場。空を覆うほどの観客が、地鳴りのような歓声を上げている。陽光が白砂の舞台を照らし、熱気が肌を刺す。ここは世界の頂点を決める武の祭典。戦う者は互いの技に敬意を払い、死を禁じられた、純粋なる「強さ」の証明の場であった。 一方の陣に立つのは、異形の武人、ラゴール。半魚人の面影を持つその強靭な肢体は、古の戦場を幾度も越えてきた歴戦の証である。身に纏うのは使い古されたがらんとした甲冑。その手には、数多の血と涙を吸った一振りの太刀が握られていた。 対するは、少年のような中性的な容姿を持つ青年、8810。温厚な眼差しを湛えているが、その周囲には不可視の魔力が渦巻いている。彼は剣を一本持たない。その代わりに、虚空から召喚された無数の名剣たちが、意志を持つかのように彼の背後で静かに浮遊していた。 「……拙者が、この舞台に立つことになるとはな。先代の王よ、見ていてくださらぬか。拙者はまだ、折れてはおらぬゾラ」 ラゴールが低く唸るように呟き、重心を深く落とす。対する8810は、静かに会釈をした。 「あなたの眼に宿る悲しみと、それを乗り越えた覚悟……敬意を表します。僕も全力を尽くします。もう、大切なものを奪いたくないから」 審判の合図と共に、静寂が訪れた。そして次の瞬間、空気が爆ぜた。 先手を打ったのは8810だった。彼が指を軽く弾くと、浮遊していた数本の剣が弾丸のごとき速度でラゴールの四方八方から襲いかかる。同時に、足元から鋭い風の刃が巻き起こった。 「ぬぅっ!」 ラゴールは太刀を一閃させ、最短距離で迫る剣を弾き飛ばす。しかし、背後から迫るもう一振りの剣。回避不能かと思われた瞬間、8810が呟く。 「キャスリング」 パリン、というガラスが割れるような音と共に、8810の身体と飛翔していた剣の位置が入れ替わった。至近距離に現れた8810が、流麗な動作で斬撃を繰り出す。しかし、ラゴールはその攻撃を紙一重で受け流し、同時に踏み込んだ。 「逆波(さかなみ)!!」 猛烈な勢いで前方へ踏み込み、地を這うような薙ぎ払いを放つ。それは単なる斬撃ではなく、潮の流れを変えるような不可避の衝撃波を伴っていた。8810は咄嗟に『守護者の魔剣』を盾として展開し、その衝撃を吸収する。 ガキィィィィン!! 激しい火花が散り、砂煙が舞う。8810は衝撃で後方に押し出されるが、魔剣の回復能力により、わずかなダメージさえも即座に消し去っていた。 「速い……! そして重い。ですが、今の動き……捉えました」 8810の瞳に、ラゴールの太刀の軌跡が焼き付いた。『トレース』。彼が持つ恐るべき能力が、ラゴールの技を完全にコピーする。8810の周囲に浮かぶ剣たちが、ラゴールの構えを完璧に模倣し始めた。 「なっ!? 拙者の技を、その若造が……!」 驚愕するラゴール。しかし、彼は動じない。むしろ、その瞳に闘志が再燃する。 「面白いゾラ! ならば、これならどうだ!!」 ラゴールがしなやかに跳び上がった。重い肢体を感じさせない、水の中を泳ぐような軽やかな跳躍。空中で身を捻り、円を描くように鋭い斬撃を叩きつける。 「天潮斬り!!」 巨大な水の渦のような斬撃が8810を襲う。8810は風の魔法で上空へ逃れようとしたが、ラゴールの斬撃は予想を上回る範囲をカバーしていた。逃げ場はない。8810は咄嗟に無数の剣を円陣に組み、防御壁を形成した。 ドォォォォン!! 激突。衝撃波が観客席まで届き、地響きが鳴る。防御壁は耐えたが、8810の表情に緊張が走る。ラゴールの攻撃力は、純粋な武の極みにあった。 「いい攻撃です。でも、終わりにするよ」 8810が右手を高く掲げる。すると、上空に巨大な闇の剣が具現化した。それは山をも切り裂くと言われる絶技。 「破壊王!!」 巨大な剣が、天から地へと猛烈な速度で降り注ぐ。回避は不可能。ラゴールは逃げなかった。彼はあえて、その巨大な剣が降りてくる軌道に合わせ、自らの身体を加速させた。 (今だ……! この流れに乗るゾラ!!) ラゴールの『逆波』には、敵の攻撃に合わせて移動することで技が大幅に強化される特性がある。彼は破壊王の衝撃波に自らの速度を同期させ、その真っ向から斬り込んだ。 「逆波ーーー!!!」 闇の巨大な剣と、ラゴールの太刀が正面から衝突する。一瞬、世界から音が消えた。そして、激しい光が爆発した。 「……がはっ!!」 光が収まったとき、そこには膝をつく8810の姿があった。彼の守護の剣は砕け散り、胸元には浅いながらも決定的な斬撃が入っていた。ラゴールは太刀を地面に突き立て、肩で息をしながら立っていた。 勝負は決した。破壊王という最大火力をぶつけてきたタイミングを、完璧なタイミングの『逆波』で受け流し、そのままカウンターとして叩き込んだのである。 静まり返った闘技場に、観客の大喝采が巻き起こる。 ラゴールはゆっくりと太刀を鞘に収めると、倒れている8810に歩み寄り、太い手を差し出した。 「……見事であったゾ。若き剣客よ。お主の技、そしてその心、拙者が完敗したほどであったゾラ」 8810はその手を取り、ゆっくりと立ち上がった。彼は穏やかな微笑みを浮かべ、深く頭を下げた。 「僕の負けです。技をコピーできても、あなたの積み重ねてきた『覚悟』まではコピーできなかった。本当に、素晴らしい戦いでした」 二人の武人は、互いの胸に手を当て、深い敬意を込めて礼を交わした。勝者はラゴール。しかしそこには、勝ち負けを超えた、武道家としての深い絆が刻まれていた。 【勝者:ラゴール】