空は濁った灰色に塗り潰され、かつての文明を象徴していた高層ビル群は、いまや巨大な墓標となって街に突き刺さっていた。風に舞うのは砂塵と、腐敗した肉の臭い。静寂を切り裂くのは、喉の奥から絞り出されるような、不気味な呻き声だけである。 世界は終わった。正体不明のウィルスが人類を貪り、理性を奪い、ただ「食欲」のみに従う怪物へと変えられた。生存者は絶滅に近い。生き残った者たちは、絶望という名の泥の中で、ただ明日を繋ぐためだけに牙を剥き続けていた。 【荒廃したコロニー】 かつては物資の集積地であったこの場所は、今やゾンビたちの緩やかな回遊路と化していた。そこにあるのは、皮膚が剥がれ落ち、どす黒い筋肉が剥き出しになった「歩く死体」たちだ。彼らは緩慢に動くが、一度獲物の血の匂いを嗅ぎ付ければ、関節が逆方向に曲がるほどの異常な跳躍力で襲い掛かってくる。 「……ったく、どこまで歩けばいいんだ。腹減ったなぁ」 茶髪の青年、阿智智央は、耐火ゴーグルを額に上げ、不機嫌そうに呟いた。彼の格好は火鼠の皮衣のパーカーという奇妙な出で立ちだが、その指先からは不自然なほどに熱い陽炎が立ち上っている。彼はすでに数日間、単身でこの地を徘徊し、疲労で足取りは重かった。 その時、背後の瓦礫山から「ガチッ」という、骨が鳴る音が聞こえた。 振り返った瞬間、三体のゾンビが跳ね起きた。一体は顎が外れ、長い舌が地面を這っている。もう一体は腹部が裂け、内臓をぶら下げながらも、飢餓感に満ちた眼光で彼を凝視していた。 「カカカ! 挨拶にしては派手すぎるな。……【トーチ】!」 阿智が地面を叩くと、ゾンビたちの足元から突如として紅蓮の火柱が噴出した。肉が焼ける強烈な異臭が漂い、ゾンビたちは絶叫に近い呻き声を上げてのたうち回る。しかし、彼らに恐怖はない。焼けて炭となりながらも、なお阿智の喉元を狙って手を伸ばす執念に、阿智は顔をしかめた。 「しつこいなぁ。……【トリオ・ザ・ボム】でまとめてお掃除だ」 空中に放たれた三つの炎球が、ボレーシュートのように鋭い軌道でゾンビを捉え、激しい爆発と共に彼らを肉片へと変えた。だが、その爆発音が、さらに遠くに潜む「群れ」を呼び寄せていることに、彼はまだ気づいていなかった。 一方、街の外縁部。そこには、異様な静寂を纏った一人の男が立っていた。 【剣凰】煌鸞。淡青紫の髪をなびかせ、紅の裾引を纏ったその姿は、地獄のような光景の中で唯一、神々しいまでの気品を放っていた。しかし、その眼差しは冷徹だ。 彼の目の前には、数百体という数に及ぶゾンビの波が押し寄せていた。通常のゾンビとは異なる。皮膚は硬質化し、爪は刃のように鋭く伸びている。進化を始めた「強化種」の群れだ。 「……不浄なり」 煌鸞は静かに赤い刀を抜いた。その動作に迷いはない。彼は【力込法】により、全身の筋肉を極限まで緊張させ、静止しているように見せて、攻撃の瞬間だけを「点」として出力する。 突如、最前列のゾンビが弾丸のような速度で跳躍した。その爪が煌鸞の喉元を切り裂こうとした瞬間――。 ――シュンッ。 音もなかった。煌鸞が【焦法】を繰り出した瞬間、最短経路を切り裂いた刃が、ゾンビの首を正確に断ち切っていた。血すら飛ぶ暇がないほどの超速。だが、群れは止まらない。四方八方から、飢えた死体たちが彼にぶつかってくる。 「【次元斬】」 煌鸞が横一線に刀を振るう。空間そのものが切り裂かれ、物理的な距離を無視して、数十体のゾンビが同時に真っ二つに分断された。血の雨が降り注ぐ中、彼は【ドルフィンアイ】で周囲を監視し、次なる敵の動向を完璧に把握していた。 だが、彼もまた疲弊していた。神に近い力を持ちながらも、終わりのない戦いは精神を摩耗させる。彼はふと、遠方から聞こえる機械的な駆動音に耳を澄ませた。 その音の正体は、現実の法則を無視して疾走する「Void Train」であった。空虚を駆けるこの列車は、今やこの荒廃した世界に姿を現し、形態を柔軟に変化させていた。現在は「戦車に近い装甲列車形態」となり、線路のない瓦礫の上を滑るように進んでいる。 車内のスピーカーからは何も聞こえないが、列車の意志は明確だった。――この地獄を、一掃せよ。 天板がせり上がり、バルカン砲が展開される。ガガガガッ! という激しい銃声と共に、周囲にいたゾンビたちが肉片となって散らばる。その列車に同乗していたのが、一人の少女、オルディナ・ぺルソンだった。 「モブマン様がいたら、きっとここでみんなを救ってくれたはずですッス!」 彼女は熱血に燃えていたが、その表情には隠しきれない疲労と不安があった。彼女は一人、この列車と共に生き残ってきた。もはや上司であるモブマンの姿は見えない。それでも、彼女は彼に教わった「正義」を捨てきれずにいた。 「もう、耐えられないッス……! でも、ここで諦めたらヒーロー補佐の名が泣くッス! 【バナナヒール】!!」 彼女は自身の精神を削りながら、列車という相棒(および自分自身)に回復の光を纏わせた。同時に、側面に搭載されていた「サイクロン号」が、フルカウル形態へと変形し、猛烈な加速で列車から射出された。 サイクロン号は意志を持つ列車の誘導を受け、戦場へと突っ込む。時速400kmで突き抜けるバイクの突撃は、文字通りゾンビの壁をなぎ倒していく。 【合流】 運命的に、彼らは一つの交差点で出会った。阿智が大量の群れに囲まれ、煌鸞が次元を斬り、Void Trainが火力を撒き散らす。絶望的な状況の中、異なる能力を持つ者たちが、生存という唯一の目的のために背中を合わせた。 「おっ、随分と派手な面子が集まったな! カカカ!」 阿智が笑いながら【ウォール・オブ・ファイア】を展開し、後方を遮断する。 「馴れ合うつもりはないが……道を切り開くためなら、協力しよう」 煌鸞の言葉と共に、オルディナが叫ぶ。 「みんな、応援しますッス! 【ドリアンブレイブ】!!」 爆発的な光が煌鸞を包み込む。もともと規格外だった彼の攻撃力が、さらに天を衝くレベルへと跳ね上がった。黄金のオーラを纏った剣凰が、一閃。 空間ごと敵を消滅させる一撃が走り、周囲のゾンビは一瞬で塵となった。 だが、彼らが向かう先には、さらに絶望的な場所――【研究所】が待ち受けていた。そこには、空気感染という死の罠と、知能を持つ最悪の怪物が潜んでいる。彼らが生き残れる確率は、極めて低い。それでも、彼らは歩き出す。緑が戻った世界を、もう一度見るために。 -------------------------------------------- 【生存状況】 ・【剣凰】煌鸞:生存(疲労・蓄積) ・【全部燃やす】阿智 智央:生存(極限状態) ・Void Train:生存(正常稼働) ・サイクロン号:生存(正常稼働) ・【忠実なるモブマンの部下】オルディナ・ぺルソン:生存(精神的疲弊)