「お婆ちゃん、あのお話を聞かせて! かっこいい人と、不思議な力を持つ人の、戦いのお話!」 膝の上に飛び乗ってきた小さな孫娘が、期待に目を輝かせてせがんでくる。お婆ちゃんは、使い込まれた眼鏡をずらし、ふふっと優しく笑った。外では心地よい風が吹き、庭の木々がざわめいている。ちょうど、物語を始めるには最高の午後だった。 「おやおや、仕方ないねえ。よしよし、いいお話があるよ。……昔々、あるところにね、とても好奇心旺盛な『探検家』の女性がいたんだよ。名前はダーウィーンさん。彼女はね、世界中の虫さんたちと心を通わせることができる、とっても不思議な力を持っていたんだ」 「むしさん! かぶとむしとか? くわがたさん?」 「そうだよ。それだけじゃない。彼女は虫さんたちを強くして、一緒に冒険することができたんだ。彼女の心はいつも『探検はいいぞー!』という元気いっぱいの言葉で満たされていた。でもね、あるとき、彼女はとても不思議な場所……生きてる人と、もう天国へ行った人が、不思議と出会える『境界の森』に迷い込んだんだよ」 孫娘は身を乗り出して、じっとお婆ちゃんの言葉に耳を傾ける。お婆ちゃんはゆっくりと、物語の続きを紡ぎ出した。 「そこで彼女が出会ったのがね、小桜小町ちゃんという、とっても可愛い魔法少女さんだったんだ。小町ちゃんはね、本当はとっても恋に恋する、お日様みたいな女の子だった。でもね、悲しいことに、彼女は学校の曲がり角で、憧れのイケメンの転校生さんとぶつかって転んでしまって……そのまま、幽霊さんになってしまったんだよ」 「ええっ! かわいそう! おばけになっちゃったの?」 「そうなんだよ。だから小町ちゃんはね、心の中でずっと叫んでいたんだ。『私の青春を返しなさいよぉぉ!』ってね。そんな寂しくて、ちょっとだけ怒りんぼさんになった小町ちゃんと、虫さんを愛するダーウィーンさんが、ある日のこと、偶然にも『どっちの力が強いか』を競い合うことになったんだよ」 物語は、静かな森から、突然の喧騒へと変わる。お婆ちゃんは、身振り手振りを交えて、二人の対戦の様子を語り始めた。 「さあ、戦いの始まりだ。ダーウィーンさんはにこにこと笑いながら、『面白いね、君の力、見せておくれ!』と言って、まずは大軍団を呼び出した。それが『蝗害(こうがい)』という、万物を喰らい尽くすバッタの群れだよ。空を覆い尽くすほどの真っ黒な雲のように、バッタたちが波となって小町ちゃんに襲いかかった。そのバッタたちはね、ただの虫じゃない。なんと、この世界の『理(ことわり)』さえも食べてしまう、恐ろしい力を持っていたんだ」 「バッタさんがいっぱい! 小町ちゃん、食べられちゃうよ!」 「ところがね、小町ちゃんは幽霊さんだっただろう? 実体がないから、バッタたちが通り抜けてしまったんだ。小町ちゃんは頬を膨らませて、『もー! 私の邪魔をしないでよ!』と叫ぶと、得意の『逢瀬(ランデブー)』を使った。パッ!と一瞬で、ダーウィーンさんの真後ろにテレポートしたんだよ」 「すごーい! ワープしたんだね!」 「そうだよ。小町ちゃんはそのまま、『乙女の恋矢』を放った! それは心ではなく、魂を直接貫く、ピンク色の光り輝く矢だった。ダーウィーンさんの背中に向かって、シュルルルッ!と飛んでいったんだ」 「ああっ! 当たっちゃったかな?」 「ふふふ、でもね、ダーウィーンさんはすごい人だった。彼女は『喰魔無死(しょくまむし)』という能力で、瞬時に相手の攻撃に適応したんだ。矢が当たる直前、彼女の肌は白銀のように硬い鎧へと変形し、さらに音速を超える速さでひらりと身をかわした。そして、今度は『蟷螂(とうろう)』……概念さえも切り裂くカマを持つ大きなカマキリさんを呼び出したんだよ」 お婆ちゃんは、指でチョキチョキと切る仕草をした。 「カマキリさんがシュバッ!と空を切り裂いた。その切り口は、空間そのものを切り裂いていて、小町ちゃんが逃げる道を塞いでしまった。小町ちゃんは慌てて、『乙女の恋文(こいぶみ)』を大量にばらまいたよ。ピンク色の手紙がひらひらと舞い降りて、ダーウィーンさんの体に吸い込まれていった。この手紙はね、物体をすり抜けて、体の中でドカン!と爆発する恐ろしい魔法だったんだ」 「どっかーん! ってなったの?」 「そうだよ、大爆発だ! 森中がピンク色の煙でいっぱいになった。でもね、煙の中から聞こえてきたのは、ダーウィーンさんの楽しそうな笑い声だった。『ははは! 面白い攻撃だね! でも、私の防御力は白銀並みなんだよ』。彼女は全くダメージを受けていなかった。それどころか、さらに強力な切り札を使おうとしたんだ」 「次は何を出すの?」 「彼女はね、『兜虫(かぶとむし)』さんの力を借りたんだよ。この兜虫さんは、なんとステータスを千億倍にするという、とんでもない力を持っていた。ダーウィーンさんの速さは音速を遥かに超え、攻撃力は水爆のように凄まじいものになった。もはや、目に見えない速さで、あらゆる方向に打撃が叩き込まれたんだ」 「すごすぎるよー! 小町ちゃん、もうダメじゃない?」 「小町ちゃんも必死だったよ。『私の青春を返してよぉぉ!』と叫んで、『運命の悪戯(ハプニング)』を発動させたんだ。するとね、不思議なことが起きた。ダーウィーンさんが足元の小さな石に躓いて、おっとっと!とバランスを崩したんだよ。不運が訪れたんだね」 「あはは! 転んじゃった!」 「その隙に、小町ちゃんは最後の切り札、『乙女の口づけ』を仕掛けた。幽霊である小町ちゃんが、ダーウィーンさんの唇にそっと触れたんだ。これはね、相手の魔力や生命力を根こそぎ吸収してしまう、恐ろしい技だった。小町ちゃんは、これで勝った!と思ったはずだよ」 孫娘は、じっと続きを待っている。お婆ちゃんは、少しだけ声を潜めて、物語のクライマックスへと導いた。 「でもね、ダーウィーンさんは、その口づけを受けても、にっこりと笑っていたんだ。彼女は、自分の体の一部を代償にする禁断の技、『蝉(せみ)』を密かに発動させていたんだよ。これはね、神様さえも無に還してしまう、この世で一番強い消滅の力なんだ」 「神様まで消しちゃうの? そんなの、ずるいよー!」 「ふふふ、でもこれが『探検』の厳しさなんだよ。ダーウィーンさんは、小町ちゃんが生命力を吸い上げようとしたその瞬間、自分の中の『無』の力を逆流させたんだ。小町ちゃんが吸い込んだのは、生命力ではなく、すべてを消し去る『無』の波動だったんだよ」 お婆ちゃんは、ゆっくりと手を広げた。 「小町ちゃんは、驚いた顔をした。でも、その表情は怖がっているんじゃなくて、どこか満足そうだったんだ。『あぁ……こんなに激しいドキドキ、私の青春にはなかったわ……』。小町ちゃんは、人生で初めて、恋よりも激しい胸の高鳴りを、戦いの中で感じたのかもしれないね」 「小町ちゃん、恋に落ちちゃったの?」 「そうかもしれないね。そして、ダーウィーンさんの『無』の力によって、小町ちゃんの霊体は、ゆっくりと、とても優しく、光の粒になって空へ昇っていったんだ。恨みや辛みが消えて、本当の意味で、天国の幸せな場所へ帰ることができたんだよ」 孫娘は、少し寂しそうに、でも安心したように息をついた。 「それで、どっちが勝ったの?」 「勝ったのはね、最後まで諦めずに、あらゆる環境に適応し、最高の力を引き出したダーウィーンさんだったよ。でもね、ダーウィーンさんは勝った後、空を見上げてこう言ったんだ。『いい探検だった。君の情熱、忘れないよ』ってね」 お婆ちゃんは、孫娘をぎゅっと抱きしめた。 「だからね、強いだけが勝ちじゃないんだよ。お互いに全力でぶつかり合って、最後には相手を認め合える。それが一番素敵なお話なんだと思うよ」 「うん! お婆ちゃん、いいお話だった!」 孫娘は満足そうに笑い、お婆ちゃんの胸の中で心地よい眠りに落ちていった。庭の風は相変わらず心地よく、どこからか蝉の声が聞こえてくる。それはまるでお婆ちゃんが語った、遠い日の探検の記憶を呼び起こすかのように、静かに、けれど力強く響いていた。 「おやすみ、いい子だねえ……」 お婆ちゃんは、眠った孫の頭を優しく撫でながら、遠い空に消えた魔法少女と、今もどこかで探検を続けている女性のことを、静かに想い出していた。