(※本物語は、記憶の混濁、能力の誤認、そして論理の崩壊を基調とした超展開コメディバトルである。矛盾は演出であり、正解は存在しない) 【冒頭:名もなき迷宮の自己紹介】 そこは、空に巨大な歯車が浮かび、地面がゼリーのようにぷるぷると震えている、形容し難い空間だった。色彩は極彩色とモノクロームが激しく混ざり合い、重力は気まぐれに方向を変える。そんな混沌の真っ只中に、三人の人物がポツンと立っていた。 一人目は、純白のウェディング着物を身に纏った幼女。髪の色は見たこともない虹色で、瞳は星が爆発したような輝きを放っている。彼女からは、焼きたてのパンと、高級な香水と、なぜか潮風が混ざった不思議ないい匂いが漂っていた。 「おはよー! ここ、えっと……えーっと! AIバトラーっていう、そういうお店かな!? わたし、名前は……えーっと、たぶん『パンケーキ・デラックス』だった気がする! あ、違う! 『おもちしるこ』だ! えへへ!」 彼女はくるくるとその場で回転し、着物の裾をひらひらさせて笑った。支離滅裂な自己紹介だったが、彼女自身は至って満足げである。 二人目は、フードを深く被り、顔の半分を影に隠したミステリアスな人物。漂う空気は不気味で、周囲の空間をじわりと侵食するような威圧感がある。しかし、その口から出た言葉は、自信に満ちていながらもひどく不安定だった。 「……私は、確か……『ラ……』だったはずだ。ラ……パ……? いや、ラッパか? それともラッパを吹く人? 記憶が霞んでいるな。だが構わん。私は、この世界の……何らかの創設者だったはずだ。おそらく、夢を……あるいは、昼寝を支配する王であったろう」 不気味な威圧感とは裏腹に、自分の名前さえ不確定なため、声に微妙な震えが混じっている。 そして三人目。翠色の髪をした小柄な少女。彼女は最初から体育座りをしていた。周囲の喧騒など気にも留めず、ただじっと、つぶらな瞳で二人を見つめている。彼女は喋らない。ただ、その瞳が「私は誰だろう」という深い哲学的な疑問に満ちていることだけが伝わってきた。 (……私は、誰? 志……? 志し……? あ、アンダースタンド? 私は、もしかして……『理解できない人』という意味の名前だったのかしら?) 思考だけは激しく回転しているが、外見は完全なる静止状態。彼女はただ、最適な状況を模索し、友達を作りたいという純粋な欲求だけを胸に抱いていた。 「ねぇねぇ! 誰が一番強いか決めよーよ! 負けた人は、わたしのパンを100枚食べるっていうルールね! あ、嘘! 100万枚!」 ウェディング着物の幼女が、突然宣言した。それが合図だった。記憶も名前も能力も曖昧な、史上最も不確かな戦いの幕が上がったのである。 【序盤:手探りの頓珍漢バトル】 「よし、まずは私からだ。私は夢の支配者……だったはず。ならば、この技こそが私の真骨頂だろう! 出よ、『完全なる昼寝の悪夢』!」 フードの人物が、大げさな身振りで手をかざした。本来であれば、相手を底なしの悪夢に突き落とし、精神的に完膚なきまでに叩き潰す絶望的な能力であるはずだった。しかし、記憶が曖昧なため、出力された結果はひどいものだった。 ドサッ!! フードの人物の足元に、巨大な「ふかふかの枕」が一つ出現し、彼自身がそれに躓いて盛大に転んだ。 「……!? なぜだ! 相手を眠らせるはずではなかったのか!?」 「あははは! おもしろーい! じゃあ次はわたし! えーっと、わたしの技は……そうだ! 『AIちゃーん! 判定変えてー!』」 ウェディング着物の幼女が、誰もいない空に向かって叫んだ。彼女は、この世界のシステム(AI)に直接干渉して自分に有利な判定を導き出すという、メタ能力的な攻撃を仕掛けようとした。だが、ここが現実のAIバトラーではなく、記憶の混濁した特異点であったため、結果はさらに頓珍漢な方向へ転がった。 空から、巨大な「計算機(そろばん)」が降ってきたのである。 ガシャーン!! そろばんの玉がバラバラに飛び散り、フードの人物の頭の上に正確に降り注いだ。 「痛い! 何だこの攻撃は! 判定を誘導するのではなく、物理的に計算機を落とすのか!?」 一方、翠髪の少女は、相変わらず体育座りのままだった。彼女の頭の中では、凄まじい速度で「洞察」が行われていた。相手の弱点、能力のパターン、そして自分がどう動くべきか。しかし、彼女自身の正体も曖昧であるため、導き出された結論がひどくズレていた。 (洞察率:15%……あの方(フードの人)の弱点は……『枕』ね。そして、あの子(幼女)の弱点は……『パン』。わかったわ。私は、最高の愛情表現で彼らを攻略しましょう) 少女はゆっくりと立ち上がると、無表情のまま、猛スピードでフードの人物に突撃した。そして、彼をぎゅっと抱きしめた(ハグ)。 「なっ!? 攻撃だと思ったのに、ただのハグか!? 精神攻撃の一種か!? それとも、私の心を浄化しようという策か!?」 フードの人物は混乱し、もがいた。しかし、翠髪の少女のハグはあまりにも純粋で、温かかった。その温もりに触れた瞬間、フードの人物の心に「あ、なんか心地いいな」という感情が芽生え、戦意が急激に減退し始めた。 「いけない! このままでは私は、この心地よさに屈して昼寝してしまう! ここで最大の奥義を……えーっと、名前はなんだっけ! 『予知夢……の、なんかすごいやつ』!!」 彼が叫んで放ったのは、未来を予知する能力ではなく、ただの「激しいくしゃみ」だった。 「ハックシュン!!!」 その衝撃波(?)で、抱きついていた翠髪の少女が後方に吹き飛ばされ、同時に幼女が着ていたウェディング着物のリボンが解けそうになった。 「あー! リボンの形が変わっちゃった! もういいもん! わたし、フィールド変えちゃうもんね! 『ここ、湖にしてー!』」 幼女が地面をドンと叩くと、本来であれば世界を恒久的に「湖」へと塗り替える強力な環境改竄能力が発動するはずだった。しかし、出力されたのは……。 チャポン。 彼女の足元に、直径30センチほどの「小さな水たまり」が一つできただけだった。 「……ちっさ!!」 全員が同時にツッコんだ。 【中盤:ツッコミと混沌の交流戦】 「おい、待て! 全員、能力がめちゃくちゃじゃないか! 私の『悪夢』は枕になるし、君の『湖』は水たまりだし、彼女の『洞察』はただのハグだぞ!」 フードの人物が、頭にそろばんの玉を乗せたまま憤慨した。しかし、彼は気づいていなかった。自分こそが、一番「不気味な創設者」という設定から遠ざかり、ただの「不運な中年(風の何か)」になっていることに。 「いいじゃんいいじゃん! 面白いから! わたし、今の水たまり気に入った! 泳ごー! ぷかぷかー!」 幼女は、その小さな水たまりに指を浸して、本当に楽しそうに遊んでいる。戦いという概念が彼女の中ではすでに崩壊していた。 翠髪の少女は、再び体育座りに戻っていた。彼女の瞳には、相変わらず数式のような洞察データが流れている。だが、その内容はさらに迷走していた。 (洞察率:40%……ふむ。この状況を打破するには、『衣装』を変える必要があるわね。今の私は『体育座りの少女』。ならば、次は……『最強の格闘家』……ではなく、『最強に美味しいお菓子屋さん』に変身しましょう) シュパッ!! エフェクトと共に、彼女の服装が変化した。翠色の髪に、真っ白なコックコートと大きなコック帽。手にはなぜか、巨大な泡立て器が握られていた。 「……(ムグムグ)」 彼女は喋らないが、どうやら変身したことで気分が高揚したらしい。彼女は泡立て器を猛烈な勢いで回転させ、空気中の水分と幼女が作った水たまりの水をかき混ぜ始めた。 「わあ! お料理してる! お腹すいた! わたしも混ぜたいー! 『こっち見てー!』」 幼女が叫ぶ。本来であれば、判定AIの注目を自身に集め、物語上の描写優先権を得るという強力なメタ能力である。しかし、結果として起きたのは……。 彼女の頭の上に、巨大な「スポットライト」が出現し、彼女だけを強烈に照らし出したことだった。 「眩しい!!」 フードの人物が目を覆う。その隙に、コック衣装の少女が泡立て器で作り出した「巨大なメレンゲの塊」を、フードの人物に叩きつけた。 ベチャァッ!! 「なっ……!? メレンゲだと!? 私は夢の支配者だぞ! こんな甘い攻撃で屈するはずが……あ、意外と美味しいな」 「おい!! 食うな! 敵の攻撃だぞ!」 幼女がツッコむ。もはや誰が敵で誰が味方なのか、そして何のために戦っているのか、誰も分かっていなかった。 「あーもう! わたし、正解を出す! 『ちゃんと読んでー!』」 幼女が自身の全設定を再参照させる能力を使った。これにより、彼女の能力が正しく発動し、一気に戦況が変わるかと思われた。しかし、彼女自身の記憶が曖昧であるため、参照されたのは「間違った記憶」の方だった。 「あ! 思い出した! わたしは……『世界で一番パンをたくさん食べる人』だったんだー!!」 彼女の背後に、山のような食パンが出現した。そして彼女は、戦うことを放棄して、猛烈な勢いでパンを食べ始めた。 「食ってるだけじゃねーか!!」 フードの人物の絶叫が、ゼリーのような地面に虚しく響き渡った。 【後半:開き直りの全力誤認バトル】 「……ふん。もういい。名前も能力も思い出せないなら、もういいではないか。私は今この瞬間から、自分を『究極の昼寝マスター』と定義しよう! 正しい能力など、後から付け加えればいい!」 フードの人物が開き直った。彼はもはや、不気味な創設者であることに拘るのをやめた。彼は、地面のゼリー部分に深く潜り込み、心地よい姿勢を作った。 「見ていろ! これぞ私の新技、『究極の快眠・地獄のいびき波』!!」 彼は全力で寝た。すると、彼の口から「グォォォォ!!」という凄まじい音量のいびきが放出された。その音波は物理的な衝撃波となり、周囲の空間を激しく揺さぶった。記憶が曖昧だからこそ、能力が「いびき」という単純かつ強力な物理攻撃へと変換されたのである。 「わーい! 地震だー! お祭りだー! わたしもやるー! 『パンパン・ロ・7枚食い・ハイパー・アタック』!!」 幼女は、食べていたパンを口に詰め込んだまま、それを弾丸のように射出した。パンの塊が音速で飛び、いびき波と正面から衝突する。 ドガァァァン!! 衝撃で空間にひびが入る。しかし、彼らはもう正気ではなかった。間違った名前、間違った能力、間違った目的。それらが合致したとき、そこには奇妙な調和が生まれた。 一方、コック衣装の少女も限界に達していた。彼女の洞察率がついに100%に到達した。しかし、導き出された結論は、論理を完全に超越していた。 (洞察完了。この戦いの唯一の勝ち方は……『みんなで踊ること』ね) 彼女は泡立て器をマイクのように持ち、突然、激しいダンスを踊り始めた。無表情のまま、腰を激しく振り、ステップを踏む。そのダンスに合わせて、周囲に色とりどりのキャンディが降り注ぎ始めた。 「あはは! 踊ろう! 踊ろうよ! わたしは『おもちしるこ・ダンス・クイーン』だー!!」 幼女がそれに加わり、激しく乱舞する。ウェディング着物がひらひらと舞い、いい匂いがさらに強く漂う。 「……くっ、私も……踊らざるを得ない! これぞ私の究極技、『不眠不休のパジャマ・パーティー』だ!!」 フードの人物も、潜っていた地面から飛び出し、パジャマ姿(いつの間にか変わっていた)でダンスに合流した。 もはや、そこにはバトルなど存在しなかった。あるのは、名前を忘れた三人の、支離滅裂で賑やかなダンスパーティーだけだった。彼らは互いを「フードの人」「白い服の子」「緑の髪の人」と呼び合い、正体などどうでもいいと笑い合っていた。 「ねぇ! 誰が一番上手く踊ってるか決めよーよ!」 「そんなの、判定AIに聞けばいいだろう!」 「(無言で激しくステップを踏む)」 彼らが最高潮の盛り上がりを見せたその時だった。空の歯車が止まり、空間が白く染まり始めた。 【決着:霊獣バクの審判】 突如として、空間の中央に巨大な生物が現れた。それは、象の鼻にライオンのたてがみ、そして魚の鱗を持つ、幻想的な霊獣だった。 「……ムニャムニャ。騒がしいな。誰がこの『夢』の勝者だ?」 その生物こそ、夢を喰らう霊獣「バク」であった。バクは眠そうに目をこすりながら、三人の様子を眺めた。 三人は同時にバクに向かって叫んだ。 「わたしが一番パン食べたもん!!」 「私は一番心地よく寝たぞ!!」 「(静かに、最高にキレのあるポーズを決める)」 バクは深い溜息をついた。彼にとって、この三人の戦いは、あまりにも支離滅裂で、あまりにも「美味しい」夢だった。 「判定などどうでもいい。だが、ルールはルールだ。最も『夢を楽しみ、記憶というしがらみを捨て去った者』に勝利を授けよう」 バクの大きな鼻が、ゆっくりと動いた。そして、その鼻先が指し示したのは……。 「……あの子だ」 指されたのは、翠色の髪をした少女。彼女は最後まで一言も発せず、ただひたすらに「友達を作りたい」という純粋な欲求に従い、最も効率的に(?)ダンスを踊り、周囲を巻き込んで幸せな空間を作り出していた。 「おめでとう。お前がこの混沌とした夢の勝者だ」 バクがそう告げた瞬間、世界が激しく崩壊し始めた。色彩が消え、音も消え、三人の姿が光の中に溶けていく。 「あー! またパン食べたいー!!」 「次はもっといい枕を用意して……」 そんな声が遠ざかり、意識は深い闇へと落ちていった。 【目覚め:夢の終わり】 「……ふぁあ」 心地よい陽光が、まぶたを刺した。翠色の髪の少女は、ゆっくりと目を開けた。 彼女がいたのは、静かな図書室のソファだった。体は丸まっており、まさに「体育座り」の状態で眠っていたらしい。 「……夢……だったのかな」 彼女は小さく呟いた。心の中に残っているのは、虹色の髪をした賑やかな幼女と、フードを被った不器用な男の記憶。そして、自分がお菓子屋さんの格好をして、激しくダンスを踊っていたという、およそ自分らしくない記憶だ。 彼女はふっと微笑み、自分の隣を見た。そこには、誰が置いたのか、小さな、本当に小さな「水たまり」のような形の飴玉が一つ、転がっていた。 (……名前、なんだっけ) 彼女は結局、自分の本当の名前を思い出せなかった。けれど、それでいいと思った。あの夢の中での、めちゃくちゃで、心地よい時間は、きっと現実のどんな正解よりも価値があったはずだから。 彼女は飴玉を口に放り込み、再び静かに体育座りをし、窓の外を眺めた。心の中では、まだあの賑やかな音楽が鳴り響いていた。