静寂が支配する荒野。空は鉛色に塗り潰され、風さえもが死に絶えたかのような停滞感が漂っていた。そこに立つ二つの影。一つは、鈍い金属光沢を放つ紅いレンズの機兵。もう一つは、どこにでもいる平凡な、しかしどこか浮世離れした雰囲気を纏う女子高生の姿をした神であった。 「……ふん。次こそは、その余裕を絶望に変えてやる」 紅い目の親玉は、機械的な合成音声で低く呟いた。彼の機体はフルチューンされた精鋭部隊の隊長機。装甲の隙間から漏れ出る紅い光が、彼の冷酷な意志を象徴している。対するグラチャンは、退屈そうに口をへの字に曲げ、手の中にある古びた、そして止まったままの懐中時計を眺めていた。 「儂の時間を邪魔する不届き者がおったか。機械の塊が、神に挑もうとは……滑稽よな」 グラチャンは、あくびをしながら時計をポケットにしまった。その瞬間、空気が変わった。物理的な圧力ではなく、存在そのものを押し潰そうとする「重圧」が戦場を支配する。 紅い目の親玉は、即座に反応した。彼は冷酷な計算能力――IQ131という高知能をフル回転させ、戦況を分析する。正面からの衝突は危険だ。彼は即座にスキル【焦土煙幕】を展開した。 ドォォォォォン!! 凄まじい爆発音と共に、地面から大量の土煙が巻き上がり、視界を完全に遮断した。視界ゼロ。しかし、紅い目の親玉には問題ない。ミッションディスクによる補助射撃計算と、傍らに控えるスライム機兵精鋭部隊との【高機動連携】がある。 「散れ。標的を包囲し、同時に撃て」 親玉の指令の下、影から飛び出した複数のスライム機兵たちが、超高速でグラチャンの周囲を旋回し始めた。金属音が激しく鳴り響き、四方八方から【腕部固定式マシンガン】による弾幕が降り注ぐ。ガガガガガッ!という耳を劈く銃声が荒野に響き渡り、土煙の中を紅い弾丸が埋め尽くした。 だが、グラチャンは微動だにしない。彼女はただ、ゆっくりと右手を上げた。 「重いぞ」 短く呟いた瞬間、彼女を中心とした半径数十メートルの重力が、絶対的な一点へと収束した。弾丸たちは、彼女の肌に触れる直前で目に見えない壁にぶつかったかのように停止し、そのまま地面へと叩きつけられた。キィィィンという金属音と共に、弾丸は紙屑のように潰れ、地面に深くめり込んでいく。 「……ほう、重力操作か。だが、この距離まで詰めればどうだ!」 土煙の中から、紅い目の親玉が超加速で飛び出した。彼の右腕は、装甲を貫くための【スパイクアーム】へと変形している。空気を切り裂く鋭い風切り音。それはもはや弾丸以上の速度であり、一点突破の破壊力を秘めていた。 親玉の狙いはグラチャンの心臓。装甲ごと粉砕し、一撃で沈める。しかし、グラチャンは冷ややかな笑みを浮かべ、指先を軽く動かした。 「右へ行け」 その言葉は命令ではなく、世界の理の書き換えだった。紅い目の親玉の機体が、自らの意志に反して急激に右方向へと弾き飛ばされる。慣性を無視した強制的な移動。機体が激しく地面を滑り、火花を散らした。 「何……!? 操作系統に異常はない。だが、身体が勝手に……!」 「儂がそう決めたからよ。お前の『意思』など、重力の一欠片にも満たん」 グラチャンは再び懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。その瞬間、周囲の色彩が反転し、光すらもが逃げ出せない漆黒の闇が世界を飲み込んだ。それが【壊れた重力の世界】。光さえも届かず、時間が停止したも同然の完璧な闇である。 紅い目の親玉は、絶望的な静寂の中で思考を加速させた。この状況を打破するには、最大出力の攻撃で空間ごと破壊するしかない。彼は腕部を【スパイクハンマー】へと切り替え、全エネルギーを右腕に集中させた。機体のフレームが軋み、紅いレンズが激しく明滅する。 「消えろ!!」 渾身の一撃。スパイクハンマーが空間を叩き潰さんばかりの勢いで振り下ろされた。衝撃波が闇を切り裂き、周囲の岩石を粉々に砕く。しかし、その攻撃がグラチャンの頭上に届く直前、彼女は小さく「パチン」と指を鳴らした。 瞬間的に、親玉の周囲の重力が無限大に増幅された。ガガガガッ!という金属の悲鳴と共に、親玉の機体は地面に深く、深く沈み込んでいく。装甲が歪み、精鋭部隊の誇るフルチューン仕様のフレームが、見えない巨大な足で踏み潰されたかのようにひしゃげていった。 「ぐ、あああ……! まだ、だ……まだ終わらん!」 紅い目の親玉は、残された全機動力を使い、地面から強引に脱出を試みた。火花を散らしながら、再びスパイクアームを突き出す。だが、グラチャンの瞳には、もはや戦う相手としての興味すら失せていた。 「もういい。飽きたわ。お前のその『能力』、儂が貰おう」 グラチャンの【神の異能】が発動した。彼女が手をかざすと、紅い目の親玉が持つ「高機動連携」や「計算能力」といったスキルの概念が、不可視の流れとなって彼女へと吸収されていく。親玉は、自分が積み上げてきた戦闘経験と、部隊を率いる知能が、指先一つで奪われていく感覚に戦慄した。 「俺の……俺の力が……!」 「お前の能力は便利だな。まあ、儂に比べればゴミのようなものだが」 グラチャンは残酷に微笑むと、最後に最大の権能を解放した。対象の周りの重力を完全に破壊し、思考を書き換え、攻撃という概念そのものを消去する。それは戦いという行為そのものの否定であった。 紅い目の親玉は、もはや腕を動かすことすらできなかった。怒りも、憎しみも、冷酷な計算も、すべてが「無」に帰していく。彼にとっての世界は、もはや色のない静止画へと変わり、ただ重力という名の絶対的な支配だけが彼を包み込んだ。 「さらばだ。鉄屑」 グラチャンが静かに指をパチンと鳴らす。その瞬間、親玉の機体を抑え込んでいた重力が、爆発的な斥力へと転換された。天高くへと打ち上げられた紅い機体は、頂点で静止し、その後、目に見えない巨大なプレス機に潰されたかのように、一瞬で球状に圧縮された。 ドゴォォォォン!! 凄まじい衝撃と共に、圧縮された機体は地面に激突し、巨大なクレーターを作り出した。そこにはもはや、精鋭部隊の隊長機としての面影はなく、ただの紅い金属の塊が転がっているだけだった。 土煙が舞い上がり、ゆっくりと空が元の鉛色に戻っていく。グラチャンは満足げに懐中時計を閉じ、再びポケットにしまった。 「ふぅ。少しは運動になったか。さて、帰って昼寝でもするとしよう」 彼女は一度も振り返ることなく、悠然と歩き出した。後に残されたのは、静まり返った荒野と、完全に沈黙した紅い金属の残骸だけだった。 【勝者:グラチャン】 決まり手:【神の異能】による能力剥奪および、重力圧縮による完全破壊。紅い目の親玉の圧倒的な計算能力と連携攻撃も、物理法則そのものを書き換える神の権能の前には無力であった。