雲の上に浮かぶと言われるほど最先端の設備を誇る『全種族総合医療センター』。白を基調とした清潔感あふれる待合室には、およそ一緒に並んでいるとは思えない風変わりな面々が集まっていました。 「あー……だりぃ。なんでわざわざこんな日に。酒飲みたい」 ボサボサの黒髪を掻きながら、適当に着崩した修道服姿のノクターン・ルナリスが深くため息をつきます。隣では、2メートルを超える巨躯のボルゾイ獣人、タンヤ・カヌチが防護面を上げたまま、無愛想に壁を眺めていました。 「……健康診断は、メンテナンスと同じだ。怠れば、いざという時に身体が鈍る」 タンヤが低く短い声で答えると、その隣で「ガタガタ」と小さな音を立てていた桐子が、自信満々に胸(というか引き出し)を張りました。 「拙者の身体は桐たんす! 防虫、防カビ、火にも強い! 完璧でござるよ!」 「ガハハ! 賑やかでいいわい。儂のような年寄りになると、どこが痛いのかさえ分からんようになるからな。今のうちに点検しておくのは正解じゃい」 豪快に笑うのは、老狼の大俠、ロウ・ガムサイ。種族も、境遇も、身体の構造さえも違う四人でしたが、順番を待つ間、不思議と穏やかな時間が流れていました。 「ノクターン・ルナリスさん、診察室へどうぞ」 看護師に呼ばれ、最初に部屋に入ったのは元シスター。医師はにこやかに彼女を迎えました。 【健康診断結果:ノクターン・ルナリス】 ・身長:162cm ・体重:48kg ・視力:右1.2 / 左1.0 ・特殊能力検査: 『神殺しのえくすかりば〜』:精神的な殺意を物理火力に変換する特異体質。神格の高い存在に対し、心拍数と攻撃力が劇的に上昇する。 『虚像の加護』:精神構造が既に「完結した崩壊状態」にあり、外部からの干渉を一切受け付けない絶対的な精神防壁となっている。 『月蝕』:周囲の光子を強制的に吸収し、局所的な暗黒領域を生成。相手の感覚器官を鈍らせる。心身への負担は少ないが、使用後は軽い脱力感がある。 【問診】 医師:「ええと……血圧は正常ですが、ニコチンとアルコールの数値がかなり高いですね。悩みはありますか?」 ノクターン:「悩み? ないですよ。あー、たまに夜、神様の笑い声が聞こえる気がしてイライラするくらい」 医師:「それは心身のストレスでしょうね。禁酒と禁煙をお勧めしますが……まあ、精神的に『壊れているから安定している』状態なので、無理に正そうとしてバランスを崩す方が危ない。適度な運動と、たまには野菜を食べてください」 ノクターン:「はいはい。適当にやっときます」 「タンヤ・カヌチさん、お願いします」 次に呼ばれたのは、静かなる鍛冶屋。 【健康診断結果:タンヤ・カヌチ】 ・身長:207cm ・体重:115kg(筋肉量極めて多) ・視力:右2.0 / 左2.0(野生の鋭さ) ・特殊能力検査: 『鍛冶メンタル』:ダメージを受けるほど精神的な快楽と身体的な強度が上昇する逆説的強化状態。精神的なタフネスが極めて高い。 『KOTE-I/II』:装備品と神経系が高度に同調。ダメージを受けた瞬間に最適な防御形態へ移行する超反応速度を持つ。隠された能力として、熱エネルギーを身体的に吸収し、自身の筋力へ変換する特性が判明。 【問診】 医師:「非常に強靭な肉体です。特に骨密度と筋繊維の密度が驚異的ですね。どこか不調は?」 タンヤ:「……特になし。ただ、たまに……熱を追いすぎると、指先の感覚が鈍る時がある」 医師:「職業病ですね。火傷による神経への影響かもしれません。専用の回復オイルを処方します。また、身長があるため、腰への負担が出やすい。ストレッチを習慣にしてください」 タンヤ:「……分かった。やっておく」 「桐子さん、どうぞ!」 続いて、ガタガタと音を立てて入室したのはタンス忍者の桐子。 【健康診断結果:くノ一の桐子】 ・身長:130cm(タンス部分含む) ・体重:180kg(桐材のため非常に重い) ・視力:1.5 ・特殊能力検査: 『たっぷり大容量』:亜空間的な収納能力。内部の整理整頓が完璧であり、精神的な几帳面さが能力を支えている。 『桐たんす構造』:外装が最高級の桐材であり、物理・魔法的な耐熱・耐水・防虫性能を完備。隠された能力として、内部に収納した忍具に「桐の香」を移すことで、相手の精神をリラックスさせ、隙を作る効果があることが判明。 【問診】 医師:「(困惑しながら)ええと……下から二番目の引き出しに内臓が集まっているという特殊な構造ですね。機能的に問題はありませんが、ここをぶつけると致命傷になりますね」 桐子:「左様でござる! ですから拙者は、ここだけは死守してござるよ!」 医師:「なるほど。あと、身体が重いため、関節への負担が大きいです。特に足元の底が摩耗しやすいので、定期的に塗り直しとメンテナンスを。それと、たまには引き出しを開けて換気をしてください。カビ防止です」 桐子:「心得た! 拙者の引き出し、隅々まで綺麗に保つでござる!」 「最後に、ロウ・ガムサイさんお願いします」 最後に入ってきたのは、威厳ある老狼。 【健康診断結果:ロウ・ガムサイ】 ・身長:185cm ・体重:90kg ・視力:1.0(視力は衰えているが、「気」で捉える能力が補っている) ・特殊能力検査: 『狼吼丹勁』:内功(気)の練度が極めて高く、一声の吼え声で周囲の生物の精神を震わせ、自身の身体能力を爆発的に引き上げる。 『朔歩・半孤脚・三弦爪』:肉体の衰えを完璧な技術でカバーしており、神経伝達速度は全盛期に近い。 『望』:回転運動による遠心力を一点に凝縮する究極の身体操作。隠された能力として、長年の修行により「自然の気」を呼吸だけで取り込むことができ、実質的に不老に近い状態にあることが判明。 【問診】 医師:「素晴らしい内功です。年齢を感じさせない心肺機能ですね。ただ、やはり関節に長年の蓄積疲労が見られます」 ロウ:「ガハハ! 多少の痛みなど、武人の勲章じゃい。気にせんで構わん」 医師:「そうは言っても、無理をすると突然動けなくなりますよ。特に『望』のような激しい回転技を打った後は、しっかり湯治して血行を良くしてください。温泉への旅行をお勧めします」 ロウ:「温泉か! それはいい。舎弟どもを連れて行きたいところじゃが、一匹狼として静かに浸かってくるわい」 * 診察を終えた四人は、再び待合室で合流しました。 「ふぅー、疲れた。やっぱり病院は空気が堅苦しいね」 ノクターンは処方された野菜ジュースを不満げに啜っています。 「……ストレッチ、か」 タンヤが静かに肩を回し、準備運動を始めました。 「拙者、塗り直しが必要でござる! 早速職人さんに頼まねば!」 桐子が嬉しそうに自分の角を撫でています。 「さて、儂は温泉じゃ! 皆もたまには身体を労われよ」 ロウが豪快に笑いながら、一番に病院の出口へと向かいました。 ドキドキワクワク(あるいは、だるだる)だった健康診断の日。彼らはそれぞれの「健康」を確認し、また日常という名の戦場へと戻っていきました。