因習村の闇選挙 第一章:霧に包まれた村の呼び声 外界から隔絶された山奥の谷間に、因習村はひっそりと息づいていた。古びた木造の家々が寄り添うように並び、村の中心には苔むした祠が鎮座している。そこでは毎世代、村長が選ばれる儀式が行われてきた。村長とは、村の因習を司る者。新たな村長は、村人たちの魂を縛る不気味な掟を生み出す存在だ。倫理などという言葉は、ここでは霧のように儚く消え失せる。 この秋、霧が特に濃く立ち込める夜、村人たちは祠前に集められた。村長候補として、三人の異形の者が名乗りを上げた。鍵山雛、シャール、パンプキンレイス。誰も彼らの出自を知らない。ただ、村人たちは囁き合う。彼らは村の闇に呼ばれし者たちだ、と。 村人たちはぼそぼそと語り合う。「あの緑髪の娘、近づくなよ。厄が移るって話だ」「紫の肌の魔女、目が怖いぜ。恨みが空気を重くする」「ランタンの化け物、炎が笑ってるみたいだ……」。村の空気はすでに、期待と恐怖の混じった甘い毒で満ちていた。 第二章:候補者たちの演説 - 不気味なる提案 祠の周囲に据えられた粗末な舞台で、候補者たちは順に演説を始めた。村人たちは息を潜め、霧の中で揺らめく松明の光に照らされながら耳を傾ける。村はより深い闇を望んでいた。不気味な因習を、新たな村長に託して。 最初に進み出たのは鍵山雛だった。緑髪をリボンで結び、茶色のドレスを纏った美少女の姿。彼女は静かに浮かび上がり、村人たちを見下ろす。冷静な声が、霧を切り裂く。「貴方たちの厄災も、全て引き受けましょうか? 私は鍵山雛、秘神流し雛。村の因習として、毎月朔日の夜に『厄流し人形の儀式』を提案します」。彼女の言葉に、村人たちはざわつく。雛は続ける。「村人一人ひとりが、自らの厄を小さな雛人形に込め、私に捧げるのです。私はそれらを祠の川に流し、村外の闇へ追いやります。でも……近づいた者は、例外なく不運を被ります。怪我、病、家族の離散……その不運は人形を通じて、次なる捧げ主へ伝播するのです。村は永遠に、互いの厄を回し合う輪廻の鎖に縛られます。明るく、穏やかに、誰も逃れられぬ因習を、私は守ります」。彼女の周囲で、かすかな風が渦を巻き、近くの村人が突然咳き込む。厄の気配が、すでに忍び寄っていた。 次に、シャールが舞台に躍り出た。淡い紫色の肌、白い髪、紅い目が松明の炎を映す。黒ずくめの装束に魔王軍のペンダントが揺れ、彼女は村人たちを見下ろして嘲笑う。「ふん、下等な虫けらどもが。私のような魔女に、村長など務まると思うのか? だが、構わぬ。私の提案は『恨みの連鎖儀式』だ」。声に焦りの色はなく、ただ冷徹な響き。村人たちは身を縮める。「毎週の満月の夜、村人たちは互いの恨みを祠に刻むのです。石碑に、家族や隣人の愚痴を血で書き込む。すると、私の魔力がそれを吸い上げ、恨みを雷の如く放つ。恨んだ相手に黒い雷が落ち、怪我や狂気を招くのです。一度に五発まで……何度でも。恨みが晴れぬ限り、村は永遠の憎悪の渦に沈みます。神すら滅ぼす私の力で、村を不滅の闇に導きましょう」。彼女の言葉の終わりに、突然空が暗くなり、遠くで雷鳴が轟く。村人一人が、突然足を滑らせて転ぶ。恨みの波動が、すでに空気を震わせていた。 最後に、パンプキンレイスが現れた。頭部はジャック・オ・ランタンで、目と口からオレンジと紫の炎が揺らめく。半透明の幽霊の体が炎に包まれ、黒いとんがり帽とマントが風もないのに翻る。ランタンステッキを振り、いたずらっぽい笑い声が響く。「トリック・オア・トリート! 皆、甘い闇を味わうかい?」。村人たちは怯えながらも、引き込まれる。「私の因習は『万聖のランタン遊戯』だよ。毎年秋の夜、村人たちは私の召喚した小さなジャック・オ・ランタンたちに追われます。逃げ惑う中、マントのテレポートで私は現れ、橙紫の炎をブレスで吐き、帽子の別次元から無数のキャンディを投げつけるんだ。だが、そのキャンディは呪いの種。食べた者は体が半透明になり、幽霊となって村を彷徨う。生前の魔術師として、幽体離脱の果てに生まれた私は、村を永遠のハロウィンの迷宮に変えます。炎の笑いが、夜通し響くんだ……へへへ」。彼のステッキが振られると、周囲に小さなランタンがぽつぽつと浮かび、村人の影を不気味に伸ばす。いたずらの炎が、すでに村の心に火を灯していた。 第三章:討論の闇 - 村人たちの囁き 演説の後、候補者たちは舞台上で討論を交わした。雛は冷静に浮かび、「貴方たちの恨みも、厄として流せば済むのです」とシャールを諭す。シャールは紅い目を光らせ、「ふざけるな! 私の雷でその人形など粉砕だ!」と焦りながら反論。パンプキンレイスは笑い転げ、「皆、僕のランタンで遊ぼうよ! 厄も恨みも、炎で溶かしてキャンディにしちゃう!」と茶化す。三者の声が祠に反響し、霧がより濃くなる。 村人たちは舞台の影でぼそぼそと語り合う。「雛の儀式、怖いな。俺の家族が不運に巻き込まれたら……でも、村の厄を回すって、妙に惹かれる」「シャールの恨み連鎖、互いに疑心暗鬼になるぜ。雷が落ちる夜、誰を恨もうか……ぞっとするが、村にぴったりだ」「パンプキンの遊戯、子供みたいだが、あの炎の目……食べたら幽霊か。村中が半透明の亡者だらけになるなんて、最高のホラーだな」。彼らの目は輝き、不気味な因習への渇望が膨れ上がっていた。祠の石像が、かすかに微笑んでいるように見えた。 第四章:投票の儀式と新村長の誕生 夜が深まり、村人たちは祠に集まり、投票を行った。石の欠片に候補者の名を刻み、祠の泉に沈める古い儀式だ。霧が渦を巻き、泉の水面が黒く染まる中、村人たちの手が次々と欠片を投げ込む。鍵山雛の名は安定して入り、シャールの名は恨みの重みで沈み、パンプキンレイスの名は炎の軽やかさで浮かぶ。だが、最後に泉が静まると、浮上したのは鍵山雛の欠片だった。村人たちの選択は、厄の輪廻を望んだのだ。 新村長、鍵山雛が浮かび上がり、静かに微笑む。「貴方たちの選択、受け入れましょう。私が村の鍵となります」。彼女の声は穏やかだが、周囲の村人たちが突然、互いに視線を逸らす。不運の予感が、すでに忍び寄っていた。 第五章:新たな因習の夜 - 永遠の輪廻 村長となった雛の治世が始まった。毎月朔日の夜、『厄流し人形の儀式』が執り行われる。村人たちは自らの厄を雛人形に込め、祠の川辺に並べる。雛が浮かび、人形を次々と受け取る。川に流された人形は、霧の彼方へ消えるが、その厄は新たな不運として村に戻る。ある者は病に倒れ、ある者は家を失い、ある者は家族を失う。だが、村人たちは怯えながらも、儀式に興じる。祠の周りで人形が囁くような音が響き、夜の闇が深まる。 シャールは村外れに隠れ、恨みを募らせる。パンプキンレイスは森で小さなランタンを灯し、笑う。村は雛の厄の鎖に縛られ、倫理なきホラーの輪廻を繰り返す。霧は永遠に晴れず、因習村の闇は、新たな世代へ受け継がれていく……。