空は濁った灰色に染まり、陽光は厚い雲と舞い上がる灰に遮られていた。かつて文明の象徴であった高層ビルは骨組みだけを残して崩れ落ち、アスファルトの裂け目からはどす黒い泥のような粘液が染み出している。風に乗って運ばれてくるのは、鉄錆のような血の匂いと、腐敗した肉が放つ耐え難い悪臭だけだ。 世界は死に絶えた。生き残ったのは、飢えに突き動かされ、理性を失い、ただ「肉」を求める怪物たち――ゾンビのみである。 【第一章:絶望の邂逅】 【荒廃したコロニー】 ここはかつて避難所として機能していた居住区だった。今では、血塗られた壁と散乱したガラクタが転がる墓場と化している。 「……はぁ。マジで勘弁してほしいんですけど」 軍服を模したセーラー服を纏った少女、ノアは、電光刀『戦雷』を肩に担ぎ、ひどく退屈そうに、そして疲れ切った様子で呟いた。彼女の頭部から伸びる巨大なAタイププラグの栓刃が、微かに青い光を放ち、周囲の空間をスキャンしている。索敵レーダーが捉えたのは、路地裏にうごめく数十の「影」だ。 グアアアアッ!! 壁を突き破り、皮膚が剥がれ落ち、白く濁った眼球を剥き出しにしたゾンビたちが一斉に飛び出してきた。その速度は異常だ。ウイルスが変異を繰り返し、もはや鈍重な死体ではない。筋肉が異常発達し、爪はナイフのように鋭く研ぎ澄まされている。 「慇懃に申し上げます。死ねばいいんじゃないですかね」 ノアが冷徹に言い放つと同時に、『戦雷』が紫電を奔らせた。一閃。斬撃とともに高電圧の電流がゾンビの群れを貫き、肉体が炭化して爆ぜる。しかし、死者は止まらない。一匹がノアの腕に噛み付こうとした瞬間、彼女は防爆盾でその頭部を粉砕した。金属音が響き、脳漿が飛び散る。 一方、コロニーの広場では、別の戦いが繰り広げられていた。 「私の願いは……私自身の力で叶えるのです!!」 白銀の髪をなびかせた女性、スノウが叫ぶ。彼女の周囲には、絶望的な状況下でも折れない意志が氷の結晶となって舞っていた。周囲を囲む数百のゾンビ。彼らは皮膚がどろどろに溶け、口から黒い粘液を垂らしながら、獣のような咆哮を上げている。 「[氷壁]!」 スノウが地を叩くと、巨大な氷の壁が瞬時にせり上がり、ゾンビたちの猛攻を遮断した。しかし、ゾンビたちは壁を登り、自らの肉体を犠牲にしてでも突破しようと、壁に爪を立て、血を流しながら這い上がってくる。その執念に、スノウの顔に疲労の色が濃くなる。 「くっ……なんて数なの……!」 そこへ、一人の男が悠然と歩み寄る。擦り切れたスーツを纏い、瞳の奥にドス黒い炎を宿した男、ギルヴァだ。 「おい、お嬢ちゃん。どいてな。……こいつらには、たっぷりと『利息』を払わせなきゃならねえ」 ギルヴァは無表情のまま、襲いかかってきたゾンビの腕をあえて受け止めた。ガリッ、と皮膚が裂ける音がする。だが、彼は眉一つ動かさない。むしろ、口角をわずかに上げた。 「死に損ないたちの告白【ブラック・アルバム】」 瞬間、周囲の音が消えた。完全な静寂。ゾンビたちの咆哮も、風の音も。ただ、ギルヴァの低く、憎しみに満ちた声だけが、対象の脳内に直接響き渡る。 『聞こえるか。俺の仲間が、どうやって引き裂かれたか。その絶望を、今お前に返してやる』 因果律が書き換えられる。次の瞬間、ギルヴァに触れていたゾンビの全身が、内部から爆発するように弾け飛んだ。物理的な攻撃ではない。かつての仲間たちが味わった「苦痛」が、そのまま再現されたのだ。ゾンビは絶叫することもなく、肉塊となって地面に転がった。 「おっと! 盛り上がってるところに失礼しますよ!」 上空から、黄色いスーツに身を包んだ男、フラウリィが派手に舞い降りた。彼はこの地獄のような光景に似つかわしくない陽気さで、ポーズを決める。 「さぁ、僕のジャローナを受けてみな!」 蒼いオーラを纏ったフラウリィが、光速の蹴りを連発する。【ジャ・ローナ】の一撃が命中するたび、衝撃波がコロニーの建物を粉砕し、ゾンビたちは文字通り「消滅」した。衝撃波だけで周囲のゾンビが数百体、霧散していく。 「ふふん、余裕ですね! でも、あっちに何か小さいのがいますよ?」 フラウリィが指差した先。そこには、茶色の探検家服を着た、小さな女の子のような姿をしたゴキブリの王、ゴキちゃんが立っていた。 「……うるさいなぁ。静かにしてよ。今、偵察中のゴキちゃんたちと話してるんだから」 彼女の足元には、数万匹の本物のゴキブリが黒い絨毯のように敷き詰められていた。生存者がこの光景を見れば発狂するだろうが、彼女にとっては心地よい軍勢だ。ゴキちゃんが指をパチンと鳴らすと、大地が大きく盛り上がり、ゾンビたちを圧殺した。 「解析完了。このエリアの物資は底をつきかけてる。……それより、あっちの方向。もっと『エグい』奴らが集まってる場所があるね」 彼女の瞳が、遠くの地平線を見据える。 そこには、この惨劇の根源である【研究所】が、不気味な沈黙を保ったまま鎮座していた。 【第二章:死の行軍と絶望の研究所】 彼らは生き残るために、一時的に手を組むことになった。面識のない、種族も能力もバラバラな集団。だが、共通しているのは「疲労」と「生存への渇望」だ。 研究所へ向かう道中、ゾンビたちはさらに強化されていた。もはや人間のような形を留めていない。複数の死体が融合し、巨大な肉の壁となった「アマルガム・ゾンビ」が道を塞ぐ。その皮膚は鋼鉄のように硬く、腐敗した臭気は神経毒となって襲いかかる。 「……あー、もう。本当に面倒くさい。全部まとめて消し飛ばしていいですかね」 ノアが溜息をつき、腰の電源ケーブルを近くの廃電柱のコンセントに突き刺した。彼女の全身に過負荷の電撃が走り、瞳が紅く発光する。切り札の解放だ。 「最大出力。……消えなさい」 手のひらから放たれた極太の熱線ビームが、地平線を真っ二つに切り裂いた。巨大な肉の塊が蒸発し、一瞬で消し飛ぶ。だが、その光に惹かれるように、研究所の深部から「何か」が這い出してくるのが見えた。 彼らはついに、【研究所】の門を潜った。 冷徹な白い壁。無機質な廊下。そして、そこに充満していたのは――目に見えない死の粒子。 「……っ! 何だ、この空気は!?」 スノウが激しく咳き込んだ。研究所内では、空気感染の確率が極めて高い。ウイルスが霧状に漂い、肺に浸入し、細胞を内側から破壊していく。 「おい、冗談だろ……。俺の能力でも、空気感染は防げねえのか!」 ギルヴァが喉を抑えてうずくまる。アンドロイドであるノアは無傷だが、有機生命体である彼らにとって、ここは歩く棺桶と同じだった。 その時、廊下の奥から、正体不明の「特級個体」が現れた。それはかつて科学者だったものか、あるいは実験の失敗作か。透明な皮膚に、剥き出しの心臓と、無数の触手を持つ怪物だ。その動きは速すぎて、視認することすら困難だった。 「僕に、力を!!」 限界に達したフラウリィが叫ぶ。全身が虹色に輝く『オメガフラウリィ』への覚醒。彼は光速を超えた速度で怪物に突撃した。背後で虹色の爆発が連鎖的に発生し、研究所の壁が次々と崩落していく。 激戦の末、彼らは最深部で、唯一の希望である「ワクチン」を手にした。だが、その代償は大きかった。 戦いの中、不運にも触手に皮膚を裂かれた者がいた。ウイルスが血管を駆け巡り、意識が混濁し、瞳が濁っていく。その恐怖に、彼らは絶望の淵に立たされたが、ゴキちゃんの能力による弱点解析と、スノウの【夢幻の収束】が、奇跡的に全員を救い出した。 【終章:緑の帰還】 ワクチンを世界に散布し、根源となるウイルスを殲滅させるまで、さらに数年の地獄が続いた。しかし、彼らが生き残ったとき、世界は変わり始めていた。 灰色の空は抜けるような青に変わり、コンクリートの隙間からは鮮やかな緑の草花が芽吹いた。鳥のさえずりが戻り、風はもう血の匂いを運ばない。 「……ふぅ。やっと、昼寝ができる」 ノアは緑の丘に寝転び、空を眺めていた。隣には、静かに微笑むスノウと、煙草をふかすギルヴァ、相変わらず騒がしいフラウリィ、そして足元で誇らしげに胸を張るゴキちゃんがいる。 世界に平和が戻った。絶望を乗り越え、生き残った彼らの物語は、ここから新しく始まるのだ。 --- 【生存状況】 ノア:生存 スノウ:生存 ギルヴァ:生存 フラウリィ:生存 ゴキちゃん:生存