静寂に包まれた白い虚空。そこはあらゆる概念が等しく扱われる、絶対的な審判の場であった。今回の対戦ルールは至ってシンプルである。物理的な破壊ではなく、「いかに自分が勝者であるに相応しいか」を、各自の特性と実績を用いてアピールし、審判を納得させること。戦うことは禁じられているが、そのアピール方法は自由である。 審判の合図とともに、三人の異端なる存在が姿を現した。 まず口を開いたのは、豪華なフリルに身を包みながらも、その懐に冷徹な鋼鉄を忍ばせた女性、アン・ノッドレスであった。彼女は扇子で口元を隠し、淑やかな微笑を浮かべていたが、その瞳には獲物を定める軍人の鋭さが宿っていた。 「うふっ、お手柔らかにお願いいたしますわ。ですが、この場における『勝利』とは、混沌に飲み込まれることではなく、状況を完全に掌握し、最適解を導き出す知性と実行力のことではありませんこと?」 アンは優雅な動作で、背後に控えていた重機関銃をガシャリと構えた。もちろん、弾は込められていない。しかし、その構えだけで周囲に「制圧」の空気が漂う。 「私はかつて、単身で要塞化した都市を制圧いたしましたの。敵の配置を読み、最小限の弾薬で最大の混乱を招き、最終的に指揮官の喉元にナイフを突き立てる。この完璧なタクティカル・プランニングこそが、私の誇り。感情に任せて暴れるだけの獣や、自らの力に耐えられない欠陥品とは、格が違いますわ」 彼女の主張は論理的であり、実績に裏打ちされていた。洗練された戦術こそが勝利の鍵であるという、説得力のあるアピールであった。 対して、そこにいたのは圧倒的な静寂を纏う男、【強大すぎた力】ハーバス・ビー・ライイーである。彼はただ立っているだけで、空間がひび割れ、次元が悲鳴を上げていた。その威圧感は、見る者に膝を突き、絶望を強制させるほどに強大であった。 (……私は、全てを超越した……) ハーバスは口に出して喋らなかった。なぜなら、わずかに口を動かすだけで、その振動が衝撃波となり、周囲を消し飛ばしかねないからだ。彼は精神的な通信によって、その全能感を審判に叩きつけた。 (私は神さえも踏み台とした。私の視線一つで銀河は消滅し、私の思考一つで因果律は書き換えられる。実績? そんなものは不要だ。私が『勝者である』と定義した瞬間、世界はその通りに塗り替えられる。これ以上の証明が必要か) その絶対的な力への自負は、もはや議論の余地がないレベルに達していた。しかし、そんな彼の表情が不意に歪んだ。鼻先がムズムズとする。花粉症である。さらに、後頭部が猛烈に痒い。彼は耐えようとしたが、全能感よりも生理現象が勝った。彼は、我慢できずに右手を上げ、頭を掻こうと一歩踏み出した。 ――ドォォォォォン!! 爆散した。 彼が動いた瞬間、自らの強大すぎる力に肉体が耐えきれず、文字通り分子レベルで爆散したのである。衝撃で気絶し、倒れた拍子にさらに爆発し、彼は一瞬にして光の塵となって消え去った。全能の力を持ってしても、自らの「不自由さ」という最大の弱点を克服できず、文字通り自滅したのである。 残されたのは、呆気に取られたアンと、そして……ずっと奇声を上げていた男、イカれおじさんあルポであった。 「ギャアアアアアアッ!! ヒャッハハハハ!! ギギギギ!!」 あルポは浮遊しながら、不規則な軌道で空間を飛び回っていた。彼は会話という概念を捨てていた。しかし、彼のアピールは、その「狂気」という名の特異性にあった。 彼は突然、目の前の空間を無理やり引き裂き、そこから過去に彼が「狂った結果として成し遂げた事象」を映像として投影し始めた。そこには、精神攻撃を受けても笑いながら突き進み、絶望的な状況であればあるほど、発狂して速度を上げ、不可能と言われた結界を「なんとなく」破壊して突破する彼の姿があった。 「アバババ! ギュルルル!!」 彼は叫びながら、自分の腕が崩壊し始めていることに気づかず、さらに激しく踊った。彼の主張はこうだ。「正気な者がルールに縛られて敗北する世界で、私はルールを無視して生き残った。痛みに耐え、狂気に身を任せ、肉体が崩壊するまで突き進む。この『不屈の狂気』こそが、あらゆる計算と力を超越する唯一の正解である」 言葉は通じない。しかし、その行動こそが彼の実績であった。何度倒れても、肉体がバラバラになっても、奇声を上げて立ち上がり、最後には目的を達成する。その異常なまでの生存本能と突破力は、ある種の説得力を持って審判に突き刺さった。 審判は静かに口を開いた。 「判定を下す。ハーバス・ビー・ライイーは、最強の力を持ちながら自らの不自由さに敗北し、脱落した。アン・ノッドレスは完璧な知性と戦術を示したが、それは『既存のルール』の中での最適解に過ぎない。対して、あルポは……」 あルポは今や言語能力を完全に喪失し、ただ「ウヒョー!!」と叫びながら空中を回転していた。肉体は崩壊し、光の粒子となって消えかかっている。 「あルポは、ルールそのものを破壊し、絶望的な状況下でなおも前進し続ける『狂気の実績』を証明した。知能を失い、肉体が消えゆくその瞬間まで、彼は自分自身の存在を全開にしてアピールし続けた。この不屈さと異常性こそが、今回の対戦における最大の衝撃であり、説得力であったと判断する」 【勝者:イカれおじさんあルポ】 「……はぁ? 冗談でしょう!?」 アンが思わず本性を出し、絶叫した。しかし、勝者となったあルポは、最後の一声を「ギャフン!」と上げると、そのままパチンと弾けるように消滅し、満足げな余韻だけを白い虚空に残した。